第6話 入隊

「ハッ……!」


 目覚めると、僕は保健室であろう場所にいた。錆びた鉄と消毒液の香りがする。


「おい、起きたか!?」

「あっ……愛鈴、さん…?」

「隊長!湊が起きました!」


 愛鈴さんが声を張り上げると、千衣子さんがこちらへ歩み寄って来た。


「よく生きて戻ってきたでちね。三次試験も合格。きさまは晴れて、廃魚漁猟隊の隊員でち」


 千衣子さんはそう言って僕に笑いかける。僕は千衣子さんに一つの疑問をぶつけた。


「さ、よかさんは……?」

「紗代香は…、廃魚との戦いで死んだでち」


 あぁ、やはり見間違いではなかった。紗代香さんは、もう死んでしまっていた。


「まさか、突然変異体が出てくるとは思わなかったでち」

「突然、変異……?」

「そうでち。貴様が討伐した廃魚はオニオコゼではないでち。オニダルマオコゼ。オコゼの中で最も毒が強い種でち」


 一瞬、理解ができなかった。僕が討伐した廃魚はオニオコゼではない?どういうことだ。


「どういう原理かは不明でちが、稀に、突然変異する廃魚が出現するんでち。解剖の結果、あの廃魚は能力と知能が非常に向上していたことがわかったでち。その代わり、元来の獰猛さは消えていたでちね。突然変異によってあの廃魚のレベルははバチペラジックレベルにまで上がっていたでち」


 バチペラジックレベル。それは僕を追いかけてきたシュモクザメよりも上。そういうことだったのか。少し、納得してしまった自分がいた。


「……。きさまは加工班から武器をもらってくるといいでち。愛鈴、連れて行ってやるでち」

「はい、隊長」


 愛鈴さんは動けない僕を車椅子に乗せ、また別の部屋へ連れて行った。あれは木工室だろうか。


「あっ、連れてきたん?まだ安静にせなあかんよ」


 中にいたのは下めのツインテールをした女性。この人が加工班の方なのだろうか。


「この子が新人さんやね。えらい可愛らしい子やな。うちは宝坂 環木たからざか たまき。この部隊で裏方作業をやってんねん」

「そうなんですね。よろしくお願いします」


 やはりこの人がそうだったか。だが、他の人達はどこにいるのだろう。


「ふふっ、他の人はどこやろって顔しとるな。実は裏方はうちだけなんよ。武器の加工、怪我人の治療とかの裏作業は全部うちの仕事やね」

「えっ」


 裏作業を一人で!?表で活動する人も大変ではあるが、その人々が活動できるのは裏方の人がいるからこそだ。その作業を一人でするだなんて本来ならできることではない。


「あんた危なかったんよ。毒が全身に回ってもうてたから解毒も大変やったし。無理やって思うたらちゃんと逃げな」

「……今逃げたら、ダメだと思ったんです」


 環木さんの言葉に、気づけば僕は反論していた。


「あの時逃げてたら、あの廃魚が変異体だとわからなかった。僕が仕留めなかったら、また別の人が犠牲になっていたかもしれない。だから、逃げなかったんです」


 環木さんはぼくの話を黙って聞いていた。ある程度話終わると、環木さんはおもむろに口を開いた。


「あんたはうちらのことも考えてくれとったんやね。嬉しいけど、自分の身を守ることが優先やよ。本当は怖かったんやろ。体、震えてんで」

「あっ……」


 指摘されるまで気が付かなかった。ずっと気を張っていたのだろう。


 そうだ、怖かった。目の前で人が死ぬのを見て、毒で腕が腫れ上がって、初めてちゃんとした武器を扱った。全てが恐ろしかった。もうそれに我慢しなくて良いとわかった途端、堰を切ったように涙が出てきた。


「よしよし、怖かったな。よう頑張った。そんな怖い思いしたんや。試験に合格したからって無理に隊員にならんでええんよ」

「いえ、なります。僕は紗代香さんの代わりに頑張りたいんです」

「そっか。なら、腕によりをかけて武器を加工するな。待ってて、うちなら三分でできるわ」


 僕の言葉を聞き、環木さんは席を離れた。裏の方からすごい音が聞こえるが、あまり気にしないでおこう。


 数分経って環木さんが出てきた時、手にしていたものは、紗代香さんのクロスボウだった。


「こ、これって紗代香さんの……」

「せやで。元々これはアカエイで作っとったんやが、これの矢をオニダルマオコゼの針にしたんよ。攻撃力パワーアップ!色々微調整しとるからしっくりくるんちゃうか。あんたが紗代香の代わりに使うて」


 そう言ってクロスボウを僕に渡してきた。確かにもともと僕のものだったかの様にしっくりくる。


「うちにできるんはここまで。何か困ったことがあったらまた言うてな」

「はい。ありがとうございました」


 愛鈴さんがまた車椅子を押し、部屋を後にする。ほんの少しだけ晴れやかな気持ちになれた気がした。

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