バレンタインデーの何か
@airly
荒野を歩く者たち
荒野に一人歩いていた。ただ一人の少女が歩いていた。いや少し違う。少女の近くに、何かとも知れない使い魔のようなものが浮いていた。彼女はボサボサの銀髪だった。服は汚れ、その様はその通り、荒野を歩くものに相応しいものだった。
彼女が少し大きめの岩の脇を通った時、彼女はふと倒れ込んでいる二十代ほどの男に気づいた。しかし、彼女は素通りした。こんな荒野の中で人助けをする余裕などないのだ。
彼女はそこから数歩歩き続けた。するとピタリと止まった。やはり少し気になってきたのだ。
「……」
ビタンッ
彼女はその男に近づくと、思いっきり顔を引っ叩いた。心配蘇生と人工呼吸はプライドが許さなかった。
しかし、この男は全く反応を示さなかった。
彼女はムッとすると、使い魔に数語話しかけた。すると、使い魔がスッと近づくとパッと男に手をかざした。
ほのかに男の体が緑色に輝き、ほんのわずかに体が動いた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
数時間が過ぎ、太陽の光がほんのわずかに空を照らすようになってきた時、彼は目を覚ました。
「うっっっ」
彼は頭をおさえながら起き上がると、自分にかかった毛布とパチパチと爆ぜる
火の粉を不思議そうに見つめた。
「起きた?」
少女は、ただそれだけ呟いた。
「あぁ、君が助けてくれたのか?」
彼は、まさか少女に助けられるとは思わなかったのか、ゆっくりとそう尋ねた。
「うん。あなたがそこで倒れていたから」
少女は例の岩を指差して答えた。
「助かった。盗賊に襲われてしまったんだ。本当にありがとう」
彼は自分の意識をはっきりさせるように言った。
「そう」
彼女は特に反応も示さず、コーヒーの入ったマグカップを持ちながらぼーっと空を見つめていた。
「あっ、自己紹介忘れてたな。俺はエルバーナ。君は?」
エルバーナは聞いた。
「私は……」
彼女はぼやっとする掴みどころのない声で答えた。
「君はここを一人で歩いているの?」
「そう、そして私は私たちのイストワールを探している」
彼女は平坦な声で答えた。
「そうか・・・・・・」
そしてエルバーナは彼女の髪の色を見て、納得がいったように呟いた。
「君もしかして銀狼種?」
「そう。……もしかして私に助けられたの嫌だった?」
彼女はほんの少し逡巡するような仕草を見せながら言った。
「とんでもないよ。命の恩人にそんなことは言わないさ。別に俺は君たちのこと迫害しないよ」
エルバーナは心外そうに答えた。そして、
「それにだってほら、そこにいる君の使い魔は見えるし」
「あなた、どうして」
彼女は少しの驚きを含めながらも、やはり声色は変わらなかった。
「神様からのギフトってヤツ?」
エルバーナは自分の髪をいじりながらそう言った。
「じゃあ、私のこと変に見ない?」
「当たり前だよ。使い魔が見えない人間は、心底君たちのことを気味悪がっているそうだけどね」
「そうなのね」
彼女は落ち着きながら答えた。
ほんの数分沈黙が続き、
「そう言えば俺、なんで旅してるか言ってなかったな」
エルバーナは空白を埋めるように、そう言って焚き火に薪を一本投げ入れた。
「俺は奇術師なんだ。科学的な魔法を見せるやつ。残念ながら人間は魔法が
使えないからね」
彼は当たり障りのないように気をつけて言った。
「どんなのができるの」
彼女は少し興味を示した。
「よしっ。じゃあせっかくのお礼に色々見せてあげよう」
少し待っててね、とエルバーナが鞄の中をゴソゴソして、
「はい、これね。お金しか取られなくてよかったよ」
謎の水と謎の粉を二種類を取り出した。
「いったいそれは何?」
彼女は身を乗り出して聞いた。
「これはだな、特殊な炭と鉄の粉、それに食塩水だ」
エルバーナが二種類の粉を陶器製の容器の中で混ぜ込み、焚き火の隣に
置いてあった机に乗せた。
「この中にこれを三滴垂らしてごらん」
エルバーナがそう促すと、彼女はそれに従ってぽとぽとと三滴食塩水を垂らした。
それから数分経ち、
「これ持ってみて」
と、エルバーナが差し出した。彼女はそれを受け取り、
「あつい!」
思わず叫んでしまった。
ハハハハハハハ、とエルバーナはひとしきり笑った後、
「これはね、これらのものが持っているエネルギーを利用したものなんだ」
と説明した。
「そんなものがこの世の中に・・・・・・」
続けて
「なんだか魔法の熱さとは違う、優しい温かさね」
彼女はそう言ってほのかに口角を上げて、両手で容器を優しく握りしめた。
エルバーナはニコニコしながら、それを見ていた。
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朝になり出発の時間になった。
二人は大して美味しくない携帯食料を食べて、最後の別れをする。
「今回はありがとうな!」
エルバーナが屈託のない笑みでそう言った。
「うん。どういたしまして」
彼女は結局普段と変わらない仏頂面に戻っていた。
「それじゃあ」
彼女がそう言って立ち去ろうとして、
「ちょっと待って!」
エルバーナが慌てて駆け寄った
「せっかくだからこれをあげようと思って」
エルバーナは茶色い何かを取り出してこう言った。
「これはいったい?」
「これはチョコレートという外国のお菓子なんだ。せっかくだしあげたいなって」
エルバーナがニコニコしながら言った。
「お礼なら昨日、あなたからもらったわ」
淡々と事実を述べ上げるように言った。
「うーん、これはね。」
一瞬考えるような仕草を見せて、
「今日は何月何日か知ってるか?」
そう彼女に尋ねた。
「二月十四日。」
彼女は淡々と答えた。
「この日はな、女性が好きな男性にチョコを贈る日らしいんだ。」
エルバーナが少し目を逸らしながらそう言った。
「あなたは男性のはず。」
彼女はついそう答えてしまったが、
「と、とにかく受け取ってくれ。」
そう言ってエルバーナはチョコを押し付けると、
「それじゃあな!」
瞬く間に走り出し、行ってしまった。
「あ、、、」
彼女はエルバーナの後ろ姿を見て、そして手元のチョコを見つめた。
荒野に一人歩いていた。その隣には、使い魔がぷかぷか浮かんでいた。彼女たちはいつも通りに歩いていた。いや、少し違う。彼女は一度だけ、たった一度だけ立ち止まって後ろを振り返った。それを何故したか、彼女には分からなかった。ただ、口の中に残った暖かい甘さとほんの少しのほろ苦さは決して嘘ではない。それだけはわかった。
バレンタインデーの何か @airly
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