舞踏会の夜

 魔王討伐の知らせは瞬く間に国中へと広まり、アランとフィオナは城へと招かれた。


 門前では兵士たちが整列し、楽団のファンファーレが二人を迎える。


 フィオナは緊張で背筋を固くしながら、これが本当に自分たちへの歓迎なのかと半信半疑だった。




 「ほら、胸を張れ。今日の主役は俺たちだ」


 隣のアランは、戦場のときと同じ堂々とした足取りで赤い絨毯を進んでいる。


 ――この人、本当に場慣れしてる……いや、もしかして鈍感なだけ?


 フィオナは内心でため息をつくが、歩幅を合わせた。




 着替えのため、侍女たちに案内された控室。


 用意されたドレスは深いエメラルド色で、露出は控えめながら胸元や袖に繊細な刺繍が施されている。


 「……これ、私が着るんですか」


 鏡に映る自分は、見慣れぬほど華やかで、どこか落ち着かない。




 舞踏会場に足を踏み入れると、きらめくシャンデリアの下で貴族たちが談笑し、笑い声と音楽が混ざり合っていた。


 そして、アランの姿を見つけた女性たちが一斉に群がる。


 「アラン様、ぜひ最初の一曲を!」


 「私と踊っていただけませんか?」


 まるで蜂蜜に集る蜂のような勢いだ。




 フィオナは少し離れた場所からそれを眺め、口元を引き結ぶ。


 ――ああ、またこれか。前にも似た光景を見たな……。




 しかし、次の瞬間、アランが堂々と告げた。


 「悪いが、俺のパートナーは彼女だけだ」


 指差された先――それは、目を丸くしたフィオナだった。




 「えっ、わ、私ですか!?」


 周囲の視線が一斉に集まり、耳まで熱くなる。


 それでも、アランは当たり前のように手を差し出していた。


 「当然だろ。俺の従者であり、戦友だ」




 フィオナは深呼吸を一つして、その手を取った。


 音楽が始まり、二人はゆっくりとステップを踏む。


 慣れない踊りに足元がおぼつかないが、アランの手がしっかりと支えてくれる。




 ――戦場とは違うけれど、この人の隣はやっぱり安心する。


 胸の奥がじんわりと温かくなり、ぎこちなかった笑みが自然とこぼれた。




 曲が終わり、拍手が響く。


 フィオナは心の中で認めざるを得なかった。


 ――このひと時、私は幸せだった。

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