命を捧げる
地鳴りがした。
次の瞬間、魔王の足元から爆ぜた衝撃波が、荒れ狂う風となって二人を襲う。
視界がぐるりと反転し、土と空とがめまぐるしく入れ替わった。
背中から地面に叩きつけられ、肺の空気が一気に抜ける。
「……ッ、ぐ……!」
耳鳴りが止まらない。ぼやけた視界の中で、漆黒の巨影がゆっくりと腕を掲げていた。
魔王は低く笑い、その背後に虚空の裂け目を作り出す。
――門だ。
そこから、獣の咆哮や羽ばたき、金属の擦れる音が溢れ出す。
そして次々と、魔物たちが姿を現した。
角を持つ巨人、鎧を着た骸骨、空を舞う黒翼の獣――街はたちまち地獄と化す。
人々は叫び声を上げ、我先にと逃げ惑う。
兵士すら武器を捨て、背を向けていた。
そんな中、アランだけは立ち上がっていた。
土埃にまみれ、額から血を流しながらも、その目には一切の迷いがなかった。
「……フィオナ」
振り返った彼の声は、意外なほど穏やかだった。
「今までの忠節、本当にご苦労であった」
その言葉に、胸の奥が強くざわめく。
嫌な予感がした。
「フィオナは……ここで逃げてほしい」
その瞬間、息が詰まった。
アランの背中が、まるで別れを告げるためだけに立っているように見えた。
彼は本気で、自分ひとりであの化け物に挑むつもりなのだ。
「……そんなの、できません」
声が震える。だが、その震えは恐怖からではなかった。
アランは静かに首を振った。
「これは私の戦いだ。お前を巻き込むわけには――」
「アラン様が立ち向かうのに、私だけ逃げるわけがないじゃないですか!」
気づけば、叫んでいた。
喉が熱く、胸が締め付けられる。
「私は……あなたに命を捧げますから!」
アランの目がわずかに見開かれた。
それは驚きでもあり、嬉しさでもあり、そして……覚悟を共有された戦士の目だった。
彼はゆっくりと頷く。
「……ならば、共に行こう」
フィオナは剣を握り直す。手のひらには汗がにじむが、不思議と足は前へと動いた。
街を覆う混乱の中、二人だけが逆流するように魔王へ向かう。
門から溢れる魔物の群れが、咆哮と共に迫ってきた。
けれど、もう迷いはなかった。
――二人の影が、魔王の巨体へとまっすぐ伸びていく。
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