ご主人様がドン・キホーテなんです!

@007NYASU

風車に挑むご主人様

私は、うちのご主人様を愛している──と、胸を張って言えるほど聖人でもなければ、頭のネジが抜けているわけでもない。




だから正直に言う。


アラン様は、顔はいい。剣も強い。背も高く、立っているだけで絵になる。


……だが、頭の中は完全に別世界でできている。




今日もその証拠が、目の前にそびえ立っている。




「フィオナ、見ろ……あれだ……!」


アラン様は鋭い視線を遠くに送る。


私も視線をたどると、そこには大きな風車が回っていた。


青い空を背景に、のどかな丘の上でのんびりと羽根を回している。


どう見ても、ただの風車である。




「……あれがどうかしましたか」


「見ればわかるだろう。あれは魔王の擬態だ」


「わかりません」


「羽根は腕だ。あの回転は、我らを威嚇しているのだ!」




いや、威嚇じゃなくて風を受けて穀物を挽いてるだけだと思うんですが。


こういうとき、私は大体止めるか、諦めるかの二択を迫られる。


止められる時は止める。でも、アラン様が剣に手をかけた瞬間、それはもう諦め時だ。




「行くぞ!」


「行かないでくださ──ああもう!」




馬が疾走を始めた。


ああ、今日もやってしまうのか……。




アラン様は、かつては大名家の跡取り息子だった。


だが家は没落し、家臣も全員去ってしまい、残ったのは我がスミス家だけ。


両親は現実を受け入れられず、彼を「世界を救う英雄」に育て上げるべく、教育という名の洗脳を施した。


そして、その監視役──もとい従者として私がつけられたのだ。




だから私は今も、こうして後ろから必死に馬を追い、風車の主に平謝りする未来を予感している。




「くらえ、魔王め!」


アラン様が剣を振りかざす。


金属の光が日差しに反射して眩しい。


だが相手は風車だ。風車は何もしてこない。


その羽根がぐるん、と回って、アラン様を直撃──するわけはなく、馬の足元の地面が少しえぐれただけ。


……と、思ったらアラン様の足場が崩れ、馬から投げ出された。




「きゃ──! アラン様!」


私は駆け寄り、土埃の中からご主人様を引きずり出す。


彼は顔や髪に土をつけたまま、満足げに笑っていた。




「ふ、ふ……さすがだ……あれほどの威力……やはり魔王だ」


「どこをどう見たらそうなるんですか! 相手は風車です! 穀物を挽く、ただの!」


「偽装だ。奴はこの地の人間を油断させているのだ」




もう話が通じない。


私がため息をつく間に、風車の持ち主と思しき農夫が駆け寄ってきた。


怒鳴られるのは私の役目だ。


「すみませんすみません、弁償しますから……!」と頭を下げ続け、アラン様を小突きながらその場を離れる。




夕方。丘のふもとを歩きながら、私はまだぼやいていた。


「ご主人様、いつか本当に命を落としますよ」


「案ずるな、フィオナ。私はこの剣で世界を救う運命なのだ」


「……運命はもうちょっと慎重に歩んでください」




そんな私の言葉に、アラン様は笑って前を向く。


どこまでも真っ直ぐな背中。


……ああもう、だから余計に手がかかるんだ。




これが、私の日常である。

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