『わたしの幸せな結婚』二次創作小説

すまげんちゃんねる

木漏れ日の下、あなたと

第一章:腕の中の目覚めと朝の約束


意識がゆっくりと浮上する。

美世は温かい何かに包まれていた。

硬すぎない。柔らかすぎない。確かな感触。

規則正しい鼓動が穏やかに響く。

そして微かに香る陽だまりの匂い。凛とした檀香。

それが敬愛する夫 久堂清霞のものだと気づく。

もう時間はかからない。


そろりと目を開けた。

逞しい腕が自分の身体をしっかり抱き寄せていた。

至近距離には無防備な夫の寝顔。

普段は見ることのできないその姿。

長く整った睫毛が頬に影を落とす。

静かな寝息が聞こえた。


(旦那様の 腕の中…)


いつの間にこうなったのだろう。

眠る前はいつも通り少し距離を置いていたはずだ。

自分が無意識にすり寄ったのかもしれない。

彼が引き寄せてくれたのかもしれない。

どちらにせよ幸福感が全身を満たしていた。

実家の冷たい布団で独り震えた夜が嘘のようだ。


この温もりも静かな朝もすべてこの人がくれた。

自分は虐げられた存在だった。

誰にも必要とされないと諦めていた。

清霞はそんな美世の世界を塗り替えた。

太陽のような唯一無二の存在。


じっと見つめている。

彼の長い睫毛がぴくりと震えた。

ゆっくりと瞼が持ち上がる。

深い青みがかった瞳が現れた。

覚醒しきらない少し潤んだ瞳。

その瞳がすぐ目の前の美世を捉えた。


「…みよ」


掠れた甘い声が鼓膜を震わす。

自分の名前を呼ぶ声。

それだけで胸がきゅんと高鳴った。


「おはようございます 旦那様」


声が少しだけ上ずる。

腕の中から抜け出そうと身じろぎした。

すると抱きしめる力がわずかに強まる。


「…どこへ行く」

「あの 朝餉の支度を…」

「まだ早い」


清霞はそう言った。

美世の額に自分の額をこつんと合わせる。

子供にするようなその仕草。

美世の心臓はさらに大きく跳ねた。

間近で見つめられる。

視線のやり場に困ってしまう。


「今日は非番だ」

「えっ…」

「一日 お前と過ごせる」


その言葉はどんな甘い囁きよりも美世を喜ばせた。

多忙な彼の貴重な休日。

それを自分と一緒に過ごしてくれるという。

「嬉しいです…」

か細い声で答えるのが精一杯だった。


いつも与えてもらうばかりの自分。

今日だけはこの人のために何かをしたい。

ささやかでもいい。心のこもった何かを。


「あの 旦那様」

「なんだ?」

「本日何か召し上がりたいものはございますか。私に作れるものでしたら…」


精一杯の勇気を振り絞って尋ねた。

清霞は美世の頬に柔らかな口づけを落とす。

そしてふっと息を吐き出すように笑った。


「お前が作ったものなら何でもいい」


その答えに美世の胸は幸福で満たされた。

彼の好きな甘いお菓子を作ろう。

今日という特別な一日を最高の日にしよう。

美世は心に固く誓うのだった。


第二章:甘い香りと優しい時間


朝餉が終わった。

清霞は書斎で軽く仕事の確認をしている。

その間美世はゆり江と共に台所に立っていた。


「まぁ美世様。旦那様のためにカステラを?」


美世の計画を聞いたゆり江は顔をほころばせた。

自分のことのように喜んでいる。

「素晴らしいですわ。旦那様きっとお喜びになりますよ」


ゆり江は作り方を丁寧に教えてくれる。

美世は慣れない手つきで泡だて器を動かし始めた。

卵を割る。砂糖を加える。

一心不乱にかき混ぜていく。

単純な作業だ。

でも清霞の喜ぶ顔を思い浮かべると自然と力が入った。


(旦那様 驚いてくださるかしら…)

(美味しいと 言ってくださるといいな…)


期待と少しの不安が入り混じる。

しばらくすると甘く香ばしい匂いが台所に広がった。

焼き上がったカステラは見事な黄金色だ。

粗熱を取り丁寧に切り分ける。

そこへひょっこりと五道が顔を出した。


「お なんだかいい匂いがしますねぇ奥様。隊長へのおやつですか?」

「五道さん。はい カステラを焼いてみました」

「それは素晴らしい! 隊長きっと喜びのあまり卒倒しちまいますよ!」


五道は軽口を叩く。でもその目はとても優しい。

この屋敷に来てから出会う人々は皆が温かい。

その中心にはいつも清霞がいる。


ゆり江が美しい盆を用意してくれた。

切り分けたカステラと緑茶を乗せる。

「さぁ美世様。旦那様にお持ちして差し上げてくださいな」

「はい…!」


少しだけ手が震えた。緊張している。

美世は盆を受け取り書斎へ向かった。


障子の前で一度深呼吸する。

そして声をかけた。

「旦那様 美世です」

「あぁ 入れ」


中から落ち着いた声が返ってくる。

そっと障子を開けた。

清霞は美世の姿を認め真剣な表情をふわりと和らげた。


「あの…おやつをお持ちしました。甘いものですがいかがでしょうか」

おずおずと盆を差し出す。

清霞はカステラを見てわずかに目を見開いた。


「これは…お前が作ったのか?」

「はい。ゆり江さんに教わって…。お口に合えばいいのですが」

「こっちへ来い。一緒に食べよう」


清霞は美世を手招きした。

そして自分の隣に座らせる。

彼はまず一口カステラを口に運んだ。

ゆっくりと咀嚼する。

その間美世は生きた心地がしなかった。


「…どうでしょうか…?」


恐る恐る尋ねる。

清霞はしばし沈黙した。

そしてぽつりと言った。


「…甘いな」


その言葉に美世の肩がびくりと震える。

甘すぎたのだろうか。失敗してしまったのか。

俯いてしまう美世。

その頭に清霞の大きな手がぽんと置かれた。


「…だが優しい甘さだ。お前によく似ている」

「え…」

「美味い。ありがとう 美世」


顔を上げた。

そこには慈愛に満ちた瞳で微笑む清霞がいた。

その微笑みだけで全ての不安が吹き飛ぶ。

喜びで胸がいっぱいになった。

目頭が熱くなるのを感じる。


「よかった…!」

「泣くことではないだろう」


清霞は苦笑した。

美世の涙を指でそっと拭う。

その指の温かさが名残惜しい。

美世は思わず彼の手を両手で包んだ。

普段の美世からは考えられない大胆な行動。

清霞の肩が少し揺れた。


「旦那様の手 大きくて温かいです」


触れたい。ただ純粋にそう思った。

清霞は何も言わない。

ただ美世の手を優しく握り返した。

そのまま二人は言葉少なにお茶をすする。

満ち足りた時間が静かに流れていった。


第三章:縁側の膝枕と心の距離


午後の陽光は庭の木々を柔らかく照らす。

二人は縁側に腰を下ろしていた。


「私の話ばかりだな。お前は何か変わったことはあったか?」

「いいえ。私は毎日穏やかに過ごさせていただいております。それだけで十分すぎるほど幸せです」


それは正直な気持ちだった。

けれど清霞は少しだけ寂しそうな顔をしたように見えた。


「…そうか。だがもし何か望みがあれば遠慮なく言え。お前の望みはできる限り叶えてやりたい」


彼の言葉が美世の勇気を後押しした。

先ほどのカステラのことで少しだけ自信が湧いている。


「あの 旦那様…。ひとつだけお願いしてもよろしいでしょうか」

「我儘ではないだろう」清霞は促す。


美世はごくりと唾を飲み込んだ。

意を決して口を開く。


「ひざまくら…を して差し上げたいです」


言った瞬間顔に火が噴きそうになる。

はしたないことを言ってしまった。

けれど清霞は少し気まずそうに視線を逸らした。

そして「…あぁ」と短く肯定する。

彼は美世の膝にゆっくりと頭を乗せた。


初めて感じる愛しい人の重み。

美世はどうしていいか分からず固まってしまう。

清霞もまた慣れない状況に落ち着かない様子だった。

ただじっと空を見上げている。


「…髪を 撫でても?」


沈黙に耐えきれず尋ねた。

清霞は小さく頷く。

美世はそっと彼のかんばせに手を伸ばした。

柔らかい髪に指を差し入れる。

サラサラとした感触が心地よい。

指の腹で優しく梳くように撫でる。

清霞の身体からふっと力が抜けるのが分かった。


「…お前の手は 小さいな」

「旦那様の手が 大きいのです」


清霞がゆっくりと目を閉じる。

日差しは暖かく心地よい風が吹いていた。

美世はただ無心に彼の髪を撫で続ける。


しばらくそうしていると清霞がぽつりと呟いた。

「初めてだ」

「え?」

「人に膝枕などしてもらうのは」


その言葉に美世の胸がきゅっと締め付けられる。

この人はきっと誰にも甘えることなく生きてきた。

強く気高くそして孤独に。


「旦那様。これからもお疲れの時はいつでも…。私がこうして差し上げますから」

「…あぁ」

「甘えてください。私にだけは…弱いところを見せてくれてもいいのですから」


震える声で告げる。

清霞は答えなかった。

でも美世の膝に寄せられた彼の顔が少しだけ安心したように見えた。

美世の着物を彼の手がぎゅっと弱々しく掴む。

それが彼の精一杯の甘え方なのだと分かる。

溢れそうになる愛しさを堪えながら美世はただ優しく彼の頭を撫で続けた。

木漏れ日が寄り添う二人を祝福するようにきらきらと輝いていた。


終章:夜の帳に誓う永遠


夕餉を終える。

寝室で美世は日記をつけていた。

背後から清霞が優しく彼女を抱きしめる。


「まだ終わらないのか」

「あ はい。もうすぐ…」

「明日にしろ」


有無を言わせぬ声だ。

清霞は美世から筆を取り上げた。

そしてそのまま彼女を抱き上げて寝台へ運ぶ。


「旦那様…!」

「今日は一日お前に振り回されっぱなしだったな」


布団の上に優しく降ろされる。

隣に横たわった清霞が楽しそうに言った。

「カステラを焼き膝枕を強請り…。いつの間にそんなに大胆になったんだ」

「そ れは…旦那様に喜んでいただきたくて…」

「あぁ 喜んだ。とてもな」


清霞の眼差しは昼間よりもずっと熱を帯びている。

美世は直視することができない。


「美世。俺はお前と出会えて本当に幸せだ。お前のいない人生などもう考えられん」


真っ直ぐな言葉が美世の心の奥深くまで沁み込んでいく。

「私もです。旦那様と出会えて…私の世界は色を取り戻しました」


「これからもずっと俺のそばにいろ。どこにも行くな」

「はい。どこへも行きません。ずっと旦那様のおそばに」


二人は見つめ合った。

どちらからともなく顔を寄せる。

唇が触れ合うだけの優しい口づけ。


「愛している 美世」


もう一度名前を呼ばれる。

その声は熱っぽく掠れていた。

これから始まる夫婦だけの甘い時間を予感させる。

美世は恥ずかしさに頬を染めた。

そしてこくりと頷く。


「私も…清霞さん。あなたを愛しています」


初めて旦那様ではなく名前で呼んだ。

清霞は驚いたように目を見開く。

次の瞬間壊れ物を抱きしめるように強く優しく美世を抱きしめた。


夜の帳が二人を優しく包み込んでいく。

この幸せが永遠に続くことを信じて。

二人は静かに深くお互いの存在を確かめ合うのだった。

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