修羅番 ~宿命を背負いし七人の少女たち~

久遠 地影

プロローグ 【序章①】拳に宿るは、一族の誇り

修羅国――そこは、力こそが唯一の正義とされる地。


 この国の頂点に立つ者を決めるのは、法でも血筋でもない。

 決めるのはただひとつ――番付。


 選ばれしは、七人の少女たち。

 

 頂点を目指すには、下位を打ち倒すしかない。

 この闘いの名は、『修羅番しゅらばん』。

 

 これは、少女たちが『番』を巡って繰り広げる、血と絆の記録である。


 


 ***


 

 

 補佐役の琴音ことねは、修羅番達しゅらばんたち専用の屋外稽古場に厳しい視線を向けていた。

 

 修羅歴しゅられき三百三十八年一月十日、今日は第十回の修羅番の番付けが発表される日である。

 

 その為か、琴音の前で組手をする三組の少女達は、いつもと違った緊張感を漂わせていた。

 

 琴音は、一番近くで組手をしている二人の大柄な少女に目を向ける。

 

 琴音と同じ純白の修練着を着た一際大柄な少女が、切れ長の目で相手を睨みつけた。

 

 その銀色の長髪が風にたなびくのと同時に、彼女の両の手に淡く揺らめく光が集まり始める。


 それは修羅国の戦士にとって、戦いの根幹とも言える力――覇紋はもん

 

 内なる気を意識的に操り、肉体の一部に宿すこの技術は、修羅の戦士の証ともいえるものだ。

 その使い方は一族や戦士によって多種多様だが、彼女はそれを拳に集めた。


「はっ!」

 

 少女が気合とともに拳を突き出す。

 

 覇紋が凝縮されたその一撃は、空気を砕き、風を巻き、まるで山をも穿うがつかのような迫力を放つ。


 これこそが修羅国独自の戦闘術、鉄拳てっけん

 

 覇紋を拳に集中させ、その質量と威力を極限まで高めて放つ一撃必殺の拳技だ。

 鍛えられた鉄の鎧も盾も、その拳を前にしては無意味に等しい。

 

 一方の大柄な少女は、咄嗟とっさに両手を体の前に構えた。

 

 その手のひらに、淡く青白い光が揺れる。


 まるで空気の層が歪むように、障壁が形成されていく――覇紋の壁はもんのかべ


 覇紋の力を前方に集中させ、気の流れを『面』として形作るこの技は、修羅国における基本かつ最重要の防御術だ。

 

 この技は、覇紋を生み出す『手の中心』に近いほど厚く、強くなる。

 つまり壁を生かすには、相手の攻撃線に対して、出来るだけ手のひらを近づける必要がある。


 しかし――少女の防御はわずかにずれていた。


「……っ!」


 次の瞬間、銀髪の少女が放った鉄拳が壁を打ち砕く。

 

 パキン、と乾いた音を立てて障壁が割れ、残響のように細かい光が飛び散る。

 拳はそのまま黒い修練着の肩をかすめ、衝撃が少女の身体を揺らした。


 思わず顔を歪める――だが倒れはしない。

 覇紋の壁は破られたが、完全には貫かせなかった。


 それを見ていた琴音は、厳しい表情のまま大声で叱咤する。

 

「ほら! 摩耶まや! 相手の鉄拳に対して壁の中心が遠いんだ! だから破られるんだ!」

 

「は、はい!」

 摩耶は、必死の形相で覇紋の壁を作って返事をする。

 

 それにしても、すいの攻撃は重くて強い。

 彼女は琴音と同じ天一族であり、師範も同じである。

 

 そう思うと、琴音は自身が修羅番だった頃を思い返し、自分の十四歳の時とどちらが強いだろうかなどと思いを巡らせながら、純白の修練着を着ている銀色の髪の少女を見つめていた。


 しばらくすると、琴音は隣の組手の少女に目を向ける。

 

 赤い修練着を着た少女が、真っ赤な癖毛をふわりと揺らしながら、頭上で何かをくるくると回していた。

 

 その手に握られているのは、灼けるような紅蓮の棒――火棒ひぼう


 覇紋の力を媒介に、内なる炎を棒状に凝縮・成形する技。

 

 火一族に代々伝わる基本の型でありながら、その扱いには高い集中力と精妙な気の操作が求められる。

 

 火棒は単なる『炎の棒』ではない。

 実体を持ちながらも揺らぎ、触れれば確かに熱く、しかも鋭い。


 振り回せば軌跡が残り、突けば火の衝撃が貫く――火一族の象徴とも言える武器だ。


「そらっ!」

 

 少女が声を上げ、ペロッと舌を出してから火棒を一閃。

 火の尾を引いたそれが、一直線に相手へと突き出される。

 

 楽しげな仕草とは裏腹に、その動きには迷いもためらいもなかった。

 

 相手の少女は冷静に覇紋の壁の中心を火棒に向け、確実に受け止めると、すかさず反撃に転じて鉄拳を放った。

 背中までかかった黒髪がふわりと舞い、滑らかに横へと流れる。

 

「うわっち!」

 赤い修練着を着た少女は、相手の鉄拳を慌ててヒョイと避けた。

 

「こら! あかつき! 火棒ばっか振り回してないで、鈴香すずかの攻撃を見極めて、しっかりと防御姿勢を取れ!」

 

 暁は、ちらりと琴音に視線を向けると、すぐに組手の相手である緑の修練着を着た鈴香へと向き直り、不機嫌そうな表情を浮かべながら「うるさいな〜」とぼそりと呟いた。

 

「こら! 聞こえているぞ!」

 琴音は目を吊り上げながら大声を張り上げたが――彼女の横に立っていた橙色の修練着を着た少女が無邪気にケラケラと笑った。

 

「おい、あおい……何がおかしい」

 

 琴音にジロリと睨まれた葵は、悪びれる様子も見せず、高めにひとつ結びをした藍色の髪を揺らせながら、隣にいる琴音の方を向いた。

 

「だって、補佐役である母上にあんなことを言えるのは、あいつくらいでしょ?」

 

「ふん、あいつには目上の者に対する礼儀を教えんといかんな……それと、修羅番の稽古場では母上と呼ぶな。お前はもう頭首であるみやびの養子になったんだから」

 

「は〜い」

 葵は、母親譲りの大きな栗色の瞳を上に向けながら、気のない声で応じた。

 

 琴音は、視線を稽古場に戻すと、一番遠くで組手をしている少女に目を向ける――こちらの二人の少女は、共に一際小さかった。

 

 紫色の修練着を着た癖っ毛金髪の少女が『龍白掌りゅうはくしょう!』と叫ぶと、腕の周りに白い渦ができた。

 

 この技は、龍一族の鉄拳技だ。

 鉄拳の腕の周りに白い渦を作り鉄拳の威力を増加させ、鉄拳を止められても、白い渦を当てることによって相手に傷を負わせる強力な技だ。

 

立華りっかのやつ、結構さまになっているじゃないか」

 

 琴音は、その技を見て感心する。

 ここにいる修羅番達は、全員が今年十四歳になる者ばかりだ。

 各々の一族の技を習得していくのはこれからである。


 しかし、龍一族の立華は、既に技を一つものにしようとしていた。

 

 彼女は背丈は低いものの、金色の髪と、左が青、右が赤という異なる色の瞳を持ち、修羅番の中でもひときわ目を引く存在だ。

 

 立華の組手相手である、紺色の修練着を着た少女は龍白掌を受ける為、覇紋の壁を作るがパキンと割れる。

 彼女は間一髪で龍白掌を交わすと、一気に後方へと跳ねて距離をとった。

 

 そして手に覇紋を溜めると、高めに二つ結びをした青色の髪を大きく揺らせて勢いよく腕を振り、覇紋を遠方へと放つ技――『たま』を飛ばす。


「うん、月乃つきのも上手く反撃まで持って行った」

 琴音は、紺色の修練着を着た少女を見ながら納得した表情で頷く。

 

 すると、琴音の横で組手を見ていた葵が、物欲しそうな表情で琴音の方を向いた。

「母う……いや琴音様、そろそろ私も組手に加わりたいのですが」

 

「まあ、ちょっと待て……先に修羅番の番付けを発表する」

 

 琴音の言葉に、葵は不満そうに「ブ〜」と呟くと、ほっぺを膨らませた。

 

「よし! みんな一度集まれ!」


 琴音は葵の不満を軽くいなすと、大きな声で修羅番たちに呼びかけた。

 

 呼ばれた七人は素早く動き、琴音の前に横一列に並ぶ。


 その場に、静かな緊張が走る。

 

 琴音の声から察したのだ――今、この場で重大なことが告げられると。

 

 

 

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