017沖縄縦断ウルトラクイズ!!……になってない!!!
矢久勝基@修行中。百篇予定
017沖縄縦断ウルトラクイズ!!……になってない!!!
とあるネットの掲示板に、このようなスレッドが立っていた。
『沖縄に行きたいかーーー!!』
なんのクイズ企画だよと思ってたら本当にクイズイベントらしく、暇だったので申し込んでみたら当たってしまった。
何を隠そう僕はプロの自宅警備員だ。その道三年のベテランだが、残念ながら資格も収入もあるわけではないので、素人のプロという領域を出ない。とはいえ、そんじょそこらの警備員には負けないくらい、自宅内のことには精通している。……ちなみに、そんな僕の得意分野はクイズだ。小さい頃いろいろななぞなぞ図鑑に目を通し、答えを丸暗記した僕に死角はない。
まぁ、クイズイベントなどはやった事がないが、まず沖縄という響きに惹かれた。
いやなにせ五年前、楽しみにしていた修学旅行がコロナで中止となったため、振り上げた拳が下ろせないまま今日まできていた。
理由が、修学旅行中『こうこうこうして、好きな子に告白してやろう計画』を一年立てていた矢先(?)の中止だったってものなので、今さら関係ないんだが、一応その〝沖縄〟の文字だけが頭の片隅でくすぶってる状態と言えた。
ともあれ、沖縄までのパスポートを得て優勝して、スタイル抜群のギャルをとっかえひっかえするようなヒーローとなれば、コロナ下での負け分は取り返せるというもの。
さらに、テレビからはひっきりなしに出演依頼が来て、ドラマの主役とかにも抜擢され、本を出せばすべてがベストセラーとなり、一万円札の次の肖像画は僕になるとまであるかもしれない。そう思えば人生が楽しみになってきた!
さて、予選会場は関内、横浜スタジアムらしい。電車代がないので埼玉からママチャリこいで現地入り。同情するなら金をくれ。
せめて参加費がタダだったのはグッジョブだ。僕はゼッケン3875番を渡されると広いグラウンドの中へと足を踏み入れた。
球場の端には一段高いステージが設けられていて、ギャルというにはあまりに幼い感じの小柄な女性が立っている。
その女性が、時間になるとにわかに声を張った。
『沖縄に行きたいかーーー!!』
応!!という反響は、僕のゼッケンが4000番近いだけあって数えきれない。
『ちょっと自己紹介させてね。あたしは、まっくら森のちょこ美。よろしくー!』
まっくら森? ちょこ美?
……よく分からない肩書きだが、童顔ながらかなりの美人だ。なんかキツネの耳とキツネの尻尾がついていて、何かのゲームのコスプレ衣装みたいな、ちょっと現代社会ではあまり見ない姿をしている。
そのちょこ美がマイクを片手に叫ぶ。
『じゃあ早速第一つ目の関門だぞ!』
一転、静まり返る場内。ちょこ美の声はその静寂に衝撃の言葉を与えた。
『ハピコ』
「……?」
『さぁ、どうだ!?』
沈黙……からの、
えーーーーーーーーーーーーーー!?
ざわつく会場。いまのは果たして問題だったのか。
『はい、1408番、1466番……』
おもむろにゼッケン番号を読み上げるちょこ美。その数は50名を超えて、さらに読み上げられる。
『5330番、8224番。……以上の人は合格だよ!!』
…………
……
……僕、落ちとるやんけーーーーーー!!!!
「ちょっと待たんかい!!」
僕は思わず声を上げた。
「納得できるかぃ!! 今のはどんな基準で選んだんじゃい!!」
もちろん僕だけではない。暴徒と化した落選者が、バスティーユ牢獄を襲撃せんばかりの勢いで、ステージに立つちょこ美に押し寄せる。が、彼女は落ち着いたものだ。
『只今の68名の合格者は専用ジェット機で沖縄直通のグッドラッカーってだけだよ。あとは全員お帰りください……というわけではないから」
……途端に漏れる安堵のため息。僕もだが、人間というものは単純なものだ。
『納得いきましたら次の問題いくよー!』
会場はまた静まり返り、誰もがちょこ美の声を待つ形となる。
『物価高騰、少子高齢化、離島の領有権……』
どうやら三択らしい。それを数千人を相手にどのような形式で返答をさせるつもりなのか。……ちょこ美の声は、静かに響いた。
『どれも現在の日本が抱える、大きな問題だね』
確かにどれも看過できないし、簡単に解決できる問題ではない。それらからどのようなアプローチがされるのか。
『以上!!』
「どんな問題じゃーーーーー!!!」
『え、だから、いずれも日本の抱える大きな問題だよね』
むしろ問題というか、クイズ的には答えを言ってるぞそれは!!
『はい、356番、590番、632番……』
「だから何でそれで合否が出るんじゃあ!!」
ヤジを飛ばし続ける僕だが、あるところで黙る。
『3773番、3875番、3915番……』
読み上げの番号に、僕の番号が含まれていたからだ。ゲンキンなもので、選ばれたとなれば文句はない。
『……以上の方は不合格です! 残念でしたぁぁ!!』
「なんでじゃあ~~!!!」
『ただし! 敗者復活戦がアルヨ!』
ちょこ美の声が、三度(みたび)僕たちを黙らせる。が、僕たちはもう騙されない。僕はステージの女を見上げてヤジった。
「歯医者復活とかいうなよ!?」
『……』
「……」
『……』
「……なんだこの沈黙は……」
『歯医者を復活させることなんて、このイベントには関係ないでしょ? だいたいどこの歯医者を復活させるというの?』
「いきなりまともなこと言うな!!」
『敗者復活は敗者復活なんだって。あなた方のような惨めな負け犬を救済してやろうっていう主催者側からの神対応……』
「言いかた言いかた!!」
『具体的には、三種類の方法のいずれかを選択し、見事たどり着いたヤツを復活とする仕組みだよ!』
「……」
僕たちは懲りずに耳を傾ける。ちょこ美は背後にある巨大モニターに、一つ目の画像を映し出した。色とりどりの風船から垂れている糸の末端をつかみ、得意げに浮いている男がこっちに向けてピースしているイラストだが、まさか……
『まず一つ目は、空飛ぶ風船で沖縄まで移動!!』
「できるかぁぁ!!」
『心配いらないよ。ちゃんとヘリウムガスを用いた風船を使用するから浮けるっ!!』
「死人が出るわ!!」
『まぁ、途中キツツキなどに風船を割られてしまうアクシデントに見舞われたらその可能性もあるけどな!!』
「キツツキ以前の問題じゃーー!!」
『もちろんこの方法を選ぶも選ばないもあなた次第っっだよーーー!!』
都市伝説かよ!!
てか、そんな手段で沖縄行ったら、それこそが都市伝説になりそうだ。
『二つ目!』
そうこうしている間にも、ちょこ美は悪びれる様子もなく次へと向かう。モニターには巨大な船が映し出された。
『船で沖縄!!』
「まともな手段があるんやないかい!!」
しかし、その船はどことなく古い。いや、どことなくというか、パイレーツオブカリビアンに出てくるんじゃないかという、なんというか時代を数世紀さかのぼったような代物だ。
誰かが言った。
「まさか、この帆船を自分たちで操って行けってこと……?」
『さすがに、資格のない方々にそんなことをさせてはコンプライアンス違反になるからね』
コイツにいまさらコンプライアンス違反とか語られたくない。
『ちゃんとクルーも揃っているとは聞いたから大丈夫!』
「聞いただけ?」
『あたしが確かめたわけじゃないからな。詳細は乗り組む方に別個説明があるんじゃない?』
あやしい。もはや額面通りに受け取るという素直さは、今この話を聞いている衆目には皆無となっている。だいたい、さっきコイツは『見事たどり着いたヤツは……』と言っていた。船に乗って『見事たどり着けない』ことなどあるんだろうか。
という疑問(疑惑?)が、僕の口を開かせた。
「どんな裏があるんだよ!! ちゃんと説明しろ!!」
『お、このイベントが分かってきたね~~!』
得意げな表情のちょこ美。ばっと手をモニターにかざすと、
『こちらは一九三九年に旧帝国海軍が、対馬海峡に漂流していた幽霊船を拿捕したものなのよん。なのでクルーは全員幽霊様となっておる仕組み!!』
「うそこけーーー!!」
『……と思う人はぜひ、二番目のこちらを選べばいいとおもうよ!』
「……」
また、会場が静まり返る。いや、確かにあんな船はネズミーランド以外では芦ノ湖の海賊船くらいでしか見たことがない。それもよく見ればマストの古ぼけ方とか半端なく、幽霊かどうかは別にして、確かにあんぜんな運航は期待できそうもない。
『一九三九年以降、乗り込んだ人はみな、トイレの花子さんになってしまったという逸話付き!!』
「トイレの花子さんってそんなにたくさんいるのかよ!!」
『そりゃ、少ないと全国の小学校に供給できないでしょ?』
「……」
まさかの花子さん幽霊船から誕生説……。
『はい、あと三番目の発表だぞ!!』
「……」
なんかもう、なにも期待ができなくなってしまったが、とりあえず埼玉から自転車で来た労力の手前、聞いてみることにする。
『三番目の方法とは!!』
かつてのひっぱりコメンテーター、みのまんたばりのもったいぶりかたをしたちょこ美は、首をコキコキならして時間稼ぎをしている。
『三番目の方法とは……』
「はやくしろ!」
ヤジの飛ぶ中、ちょこ美は言った。
『生き残った人が、通過……だよ?』
「はぁ?」
「なにいってんだ。ボラボラしてんじゃねーよ!!」
ボラボラってなんだかよく分からないが、よく分からないヤジが飛ぶほど、会場は民度が低下している。無理もないとは思う。ちなみに実際はもっといろんな言葉が飛んでいるがレーディングに引っかかりそうなので割愛だ。
だが、ちょこ美の声が徐々に据わっていくにつれて、喧騒はまた、静寂へと移っていった。
『敗者復活を賭けた皆さんはこれから全力で生き残っていただくよ。死ぬか……殺されたら負けですよ~……』
静寂がピークに達していったのは、どうやったか知らないがちょこ美が一瞬でステージから消えた時だ。そして次の瞬間、球場の四方から大量の水が場内に流れ始めた。これはまさか……。
おちゃらけた雰囲気が一変する。誰もがデスゲームであることを理解した瞬間だった。
多くの人数が慌てて各通用口へと殺到するが、すべての扉は向こう側からカギがかかっているらしい。
観客席によじ登ろうとする者もいる。しかし、フェンスにはいつの間にか電流が流れているようで、一瞬硬直しては、落ちてきた。
「待てよ!! 聞いてないぞ!!」
徐々に水位の上がるグラウンドで、先ほど言いたい放題言ってた奴らが悲鳴を上げている。いや、僕ももちろん冷静ではいられなかったが、右に行っても左に行ってもパニクってる人込みだらけで、しかも誰もどうにもできていない。途方に暮れているしかないのだ。
水は脛の辺りまでを濡らし始めた。ちょこ美の声がうろたえる会場を嘲笑う。
『さぁ! メインゲストが登場だよ!! 皆様、せいぜい生き残ってな!』
「えええええーーーー!?」
ざぶんと放たれた〝それ〟を見て、誰もが悲鳴を上げた。なんとそれは、海のギャングと恐れられる巨大なシャチだったのだ。それも東西南北のゲートから一匹ずつ、計四匹。
「うわぁぁ!!」
水を跳ね上げ逃げ惑う。だが会場にはまだ三千人以上が残っている。どこに行くにも窮屈で、もはや人を生贄にして腹いっぱいにさせ、とりあえず襲ってこないようにするしかない。
……そのように考えたのは、もちろん僕だけではなかった。我先にと奥の方へもみ合っていく人々に負ける者がシャチの方へシャチの方へと弾かれていく。
実は、僕もどっちかいうと弾かれる方だった。なんというか、力というより体格というより、執念だ。生への執着が強い者ほどなりふり構わず逃げようとする。そういう生存本能に負けて、僕はシャチの方へと追いやられていった。
「うわわわわぁぁ!!ぁぁ……ああああ……?」
しかし、悲鳴を上げる僕のトーンは、あるところから疑問形に変わっていく。
シャチが、間近に見えても襲ってはこないのだ。いや、それどころか、なんか、ビチビチやってるばかりで、逆に苦しそうにも見える。
「……」
理由は簡単だった。水位だ。
言うてまだ人間の膝下の水位しかないのに、あんなでかいシャチが自在に泳げるはずもなく、もちろん脅威にもなりえない。なんというか、逆に動けないシャチがかわいそうになってきた。
『……』
なんかちょこ美も黙ってる。まさか予想外だったのか?
水が、引いた。
シャチも、回収された。
気まずい雰囲気が流れる中、怒ってる奴は声をがならせているが、スタッフたちはただのエキストラなので事情もよく分かってない。
やがて処理が終わると、どこからともなくちょこ美の声が響いた。
『さすが……と言っておけばいいかな?』
「なにがだ!!」
『ただ、これで勝ったなんて思わないでね』
なんか、口調までデスゲーム的(?)になってる気がするが、誰もなんの影響もない現状、それがうすら寂しくさえ聞こえる。
いや、正確には喧嘩になってるカップルとかがいる。今のパニックで本性が見えた男女がもつれているらしい。知らんけど。
「僕らは生き残った。合格なんか!?」
僕はどこに向けたらいいか分からないまま叫んだ。すると、ちょこ美はいっちょ前に『アハハハハ』と無邪気に笑う。
『そうは問屋が卸さない』
「お前が生き残れば合格って言ったんやんけ!!」
『今の震撼のシャチ地獄だけで安心してもらっては困るのよ。何を隠そう、次こそが本題だからな!!』
「というか、お前は僕らを殺すつもりなんかい!!」
『えーーー? 皆さんを沖縄に送って、本戦を戦ってほしいと願ってるに決まってんじゃーん』
「答えになっとらんわ!」
『余興だよ余興。楽しめた?』
「動物愛護団体からクレーム来そうなことすな!!」
『はい、じゃあ次次! ……まず、皆さんには定番のアイテムをつけていただくよ!』
言われた途端、首に違和感を感じ、反射的に手を持っていく。
『おっと、無理に取り外そうとすると爆発するからね?』
それは、デスゲームの定番ともいえる、爆発装置付きのチョーカーのようだった。
……などと冷静に語ってる場合じゃない。
「おい! これはなんじゃ!!」
『ゲームを面白くするための装飾品だよ。……はい、これから皆さんには巨大な切り株を一人につき三キロを十分以内に食べてもらいまーす』
「無理に決まってんだろがーー!!」
『無理でもやるの。間に合わなかった人はみんなBANだからね』
「そもそもなんだ〝巨大な切り株〟ってのは!!」
『見ればわかるから大丈夫! 切り株はステージに湧いてくるから。三キロ食べた時点でチョーカーは勝手に外れる仕組み!』
「待て! ホントに殺すつもりかぃ!!」
『殺すつもりなんてないから、全力で応援してあげる!!』
「どこにいるんだ! 出てこい!!」
だが、誰かのその声が反抗的に牙をむいた時、チョーカーから煙が噴き出し、そのまま倒れて息絶える。
「……」
その男は僕から離れたところにいたため詳細は分からない。だが、倒れた男がピクリとも動かなくなったのは間違いないし、デスゲームの流れでいえば、それは死んだと思っていい。
「マジかよ……」
皆、息をのんで倒れた男を見ていたが、近寄って介抱しようという者はいない。
「お、おい!! 本気か!?」
つい、叫んでしまったのが僕だ。ちょこ美の声がケラケラと聞こえているが、答える気はないらしい。ステージの方へと目を向ければ確かに切り株が置いてある。
切り株って木の根っこだろ。どうやって食うんだ!
と心でキレる僕をよそに、ステージに近いところにいた男が一人、ステージに躍り出た。そしておもむろに、切り株にかじりつく。
「これ、食えるぞ!!」
彼はステージ上からそれを高々と掲げて見せる。
確かに、切り株は歯形に消えていった。それでまた誰かが言った。
「お菓子なのか!?」
どうやらきのこの山、たけのこの里、のような、スナックチョコのお菓子らしい。それが超巨大。とにかく超巨大。
てか、あれ一つで三キロじゃないかってくらい超巨大。
食えるとなると、すぐにステージは押し合いへし合いの大混乱となった。すかさずちょこ美がフォローをいれる。
『慌てなくてもいいよ。一かじりしたところからゲームスタートだから、順番に受け取ってね』
もう一息で後ろから迫りくる奴らに踏み潰されるかと思ったが、とりあえずちょこ美の一言でそれが収まると、無事そのスナック菓子を手に取ることができた。
しかし、三キロだ。誰にでも食べきれるものではない。昔COCO壱の『完食できたら無料』が、二〇分で一三〇〇グラムだったことを考えると、一〇分で三〇〇〇グラムというのはとんでもない。
ともかくも僕は無我夢中になって巨大切り株にがっついた。できるできないではない。やらなければ、先ほどの男のようになる。いや……
そうこうしている間にも首から煙を吹いて崩れていく人が横目から消えていく。僕よりも先に切り株に手を付けた人たちが次々とタイムリミットを向かえているのだ。
「無理に決まっとるんじゃ!!」
悪態をつきつつも、切り株を無理やり頬張る僕。が、全体の十分の一で早くも胸がもたれてきた。
バターの風味とチョコが重く胃にのしかかり、目の前の食材がただの気持ち悪い何かにしか見えなくなってくる。ホントに、どんな食べ物も楽しめる範囲で食べるべきだ。苦しんで食べるもんじゃない。
えずく食道の嘶きを堪えつつ、とにかく目の前の凶器に無理やりがっつく。周囲がどんどん倒れていく中で、僕の進捗状況は三〇パーセント。残り五分、無理だ。
どこかに逃げれば助かるかとも一瞬考えた。一〇分以内に完食すれば自動的に機能が停止するなら遠隔操作だろう。ならば電波の届かないところまで走れば、あるいは助かるはず。
が、今日び横浜の関内で電波の届かないところなんかあるはずもなく、この短時間で圏外に出るなら筋斗雲とか武空術とかが必要になる。
「おいちょこ美! お前ふざけんなや!!」
もう叫ぶしか、この胸のむかつきを抑える方法がない。それでも切り株を飲み込もうとする僕の胃が拒絶反応を起こし、もうほんとに手が止まる。
気持ち悪い。もう、とにかく気持ち悪い。好きに言葉にしていいなら、「気持ち悪い!!」だけを何億回も言い続けたいくらい、気持ち悪い以外の感情が湧いてこない。
タイムリミットが刻一刻と迫る。しかし完全に止まってしまった僕の脳。喉ではない。食道ではない。脳が、切り株を一ミリも認めない。
「おい! なんで僕が死なにゃならんのじゃ!! お前になにしたってんじゃい!? おい!!」
叫ぶしかない。しかしその声は届かない。
僕は今、その他大勢なのだ。誰もが死に瀕しているのに、僕だけを特別同情してくれる者がいるはずもなかった。
それだけに、なりふりを構っていられない。あの女狐が実際どこにいるのかも分からないまま、ただただ僕の喉は絶叫する。
「死にたくねぇ!! お願いじゃ!! なんでもする! なんでもするから!!」
しかし、無情にもチョーカーから煙が吹き出し始めた。僕はまるで、それに魂を連れていかれたかのようにへたり込む。
徐々に身体から力が抜け、僕は自分の死を実感した。
目の前に、いつのまにかちょこ美が立っている。
無邪気そうな表情で目を細め、
『人間って面白いよね』
何が面白いんだよ……って言いたいけど声がでない。当たり前だ。死んだんだから。
『死んだと思うと、ホントに死んじゃうんだもん』
「……」
『それより……』とちょこ美は、僕の目線に合わせてちょっこりしゃがむ。
『楽しかった?』
「楽しいわけあるかーー!!」
『あら残念』
「あれ……?」
声が出る。ふるふるっと辺りを見回せば、別に黄泉の国でも三途の川でもない。横浜スタジアムだ。肺に力を込めれば気管支から吐き出された空気は、はっきりした音になって喉を揺らした。ちょこ美がケタケタ笑っている。
「生きてる……?」
『あたしは一度も死んだとは言ってないからな』
「……」
……人間、思い込みって恐ろしい。自分の中では、今の数分、本気で死んでいた。
『ともかく、本題ね』
ちょこ美の目が怪しく光る。
『さっき、何でもするって言ったよな?』
「は? ふざけんな。死なんだら何もせんわ」
すると、ちょこ美は少しムッとした。
『は?……はこっちだよ……。自分で何でもするって言ったのに、生きてるってわかった途端に約束を反故にするとか、どこの自民党総裁?』
「む……」
公約だったのか、給付金を出すと選挙活動中にぼやいて票集めに走り、参議院選挙に負けた途端話をお首にも出さなくなった某与党のトップには、確かに僕もモノ申したい。
「じゃあ……なにをすればいいんじゃ」
ちょこ美は再び微笑んだ。
『なんでもしてくれるんならさ……たまにはあたしのお墓に、参りにきてよ』
「へ…………?」
『お盆だしさ。たまには……な?』
呆気にとられて見上げる僕の記憶に、こんな女狐はいない。
「誰なんじゃ……」
『ちょこ美だよ』
「そんな奴は知らんが」
『みぃ……って言ったら分かるかな?』
「みぃ……」
記憶が、巻き戻る。みぃという友達、みぃという同級生。みぃという親族……。
みぃという……ネコ……。
「みぃ!?」
『みぃだよ。キミがチョコをたべさせてくれて、死んじゃった〝みぃ〟』
「ええっ!?」
ネコにチョコはダメだ。中毒を起こしてしまい、最悪死に至る。そんなことは常識だ。
……大人にもなれば……。
『恨んでないよ。キミは自分がほんとにおいしいと思ったから、あたしにこっそり持ってきてくれたんだから』
「……」
『ホント、うれしかった。ありがとう』
みぃと名付けたのは僕。ウチでは飼えなかったから、エサをやりに行ってたのも僕。
『でも……キミはお墓に、二度と足を運んでくれることはなかった。飼われてたわけじゃないから、そんなモンかもしれないけどな』
目を眇めたちょこ美のまつげが寂しげに揺れる。
『……だからね。今日のこれは、冗談も本気もぜんぶ……あたしの気持ち』
「でも、どうして今になって……」
『あたし、やっと生まれ変われることが決まったんだよ。もう、全部忘れちゃうから、最後にさ……』
ちょこ美は軽やかに立ち上がった。
その手元に現れる盆。それに載ったホールのショートケーキ。
『キミ、今日誕生日だね。おめでとう』
差し出されたそれには、〝お誕生日おめでとう21〟と、チョコで書いてある。21は、誕生日を迎えた僕の年齢だ。
「覚えてたんか……」
僕ですら、忘れていた。確かに今日は誕生日だった。
立ち上がり、それを受け取った僕は、まだキツネにつままれたような表情のままだ。
だってあり得ないだろ。ネコが人間(耳と尻尾があるけど)に化けて、横浜スタジアムを借り切って四〇〇〇名からの人員を集めて、やった事がこれだ。
「これは……全部お前が仕組んだことなんか?」
『うん。キミがあの掲示板見るの、知ってたしな』
僕は辺りを見回す。いつの間にか、僕とちょこ美を中心に、全員が輪になってこちらを見ていた。
「こいつらは……?」
『あたしが〝あっち〟で募集してきた協力者たちだよ。だからホントは全員死んでるけどな!』
僕の視線は驚愕に満ちて、改めてもう一周した。
『お盆だから協力してくれる人多くて助かった。みんなすっごい役者だったでしょ?』
「……なぜ、沖縄を選んだ」
『キミが沖縄に行きたがってたから』
「……やっぱり、知ってたんかぃ」
『あっちからは何でも見えるからな!』
それは修学旅行の頃の話なのだ。ずっと、ずっとみぃは、僕のことを見ていたってこと。コイツはずっと……僕を見ていた。
『……キミを沖縄には連れていけないけどね。……見て、ホラ』
今度はちょこ美の目が一周する。それに伴い、数千もの人々の手が、繋がれた。それが一周繋がって……
『……みんなが、キミのために作ってくれた、〝おおきな、わ〟』
「……」
『あはは! お後がよろしいようで』
僕はその時……ケタケタ無邪気に笑ってるちょこ美と目が合わせられなった。
茶番だ。大いなる茶番だった。元ネコの引き起こした、ひたすらに無邪気なパーティ。
くだらない。くだらないんだが、そりゃ、相手はみぃだ。ただの子ネコのみぃなんだから、そりゃそうだろう。だけど……だからこそ……
みぃのことを思い出した。あの頃の、純粋な気持ちを思い出した。
「ありがとう……」
『どういたまして』
墓参りに行こう。僕は誓って、ショートケーキを食べ……
……そこまでいって、自分の胃が切り株に埋まってることを思い出した。
「ははっ」
笑うしかない。
コイツは、あくまで感謝半分、恨み半分なのだろう。もう笑うしかなかった。
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