第20話

 葛木清一郎と芦田満の対戦が鬼の出現により水を差され、鬼は確保されたがまだ問題があるかもしれないため、今回の会場の防衛や安全の確保を行っていた物部はその責任と安全が本当に取れているか再確認に一門総出で当たっていた。

 全てを万全に準備はしていたが、破られた。

 事実はそれだけだ。


 物部当主である物部謙は事実を受け止めつつ、今取れる最善手を必死で考え対応していた。

 反省も詫びも全ては安全を確保し、この大会が終わった後だ。我が身、我が命をかけてでも卜部だけは守り通す、との信念で卜部の元へと向かっていた。


「悪い徹、俺の失態だ。だがお前たちは何があっても守る、やらかした身だが信じて欲しい」

「分かっている、すまんが頼む」

「任された。芦屋、いざという時は俺を切れ、葛木の邪魔になる気は無い」

「委細、承知しました。

 ですが、清一郎様が物部様に任せれば問題ないと、私共は念の為の戦力です」

「それにしては過剰だな」


 苦笑する物部に、芦屋は意味深に紗雪に視線を向ける。

 それに卜部も物部も頷く。当主たちの間では葛木清一郎の執着は周知だ。あの男は紗雪に関しては万が一さえも許さないだろうことは想像に易いが、だからと言って防御の要の物部は手を抜けない。


 そうして、物部謙は迷うこと無く自分の命をチップに物部の秘技である全方位の結界を卜部のエリアにかけた。


 それは物部自身が解除するまで誰も入れないし出られない結界。

 結界に攻撃したものは問答無用で簀巻きにされ、とある場所に転移する。

 また物部が死んだ場合、その生命エネルギーの代償として物部が決めた対象者をまた別の安全が確保された場所へと転移させる強固なもの。

 この結界を維持している間、物部謙は何も出来なくなるため、結界の要として卜部と共に籠った。


 また結界内には卜部と共に芦屋湊と共に葛木清一郎直属の部隊の半数が警護に当たっている。

 卜部を失うことも、特に紗雪を奪われる訳にもいかない。油断は1ミリもない。



 同時刻、会場の結界の見直しは他の物部のベテランと、九十九も協力して調査に当たっていた。



 九十九の双子は蓮斗と対戦した物部喜一に協力を申し出で、物部当主に代わり指揮を取っていた多部祐希の許可を得るために走っていた。


「多部さん!」

「なんだ喜一、緊急で無ければ後にしろ」

「魂替え中の俺の目には霊力の流れがハッキリと視える、調査に役立てると思う。

 参加させて欲しい」

「九十九の許可は?」

「もちろん、了承済みだ。千姫もだ!」

「舞台周りを任せた。喜一、配下10人だ。すぐにかかれ」

「かしこまりました!」


 蓮斗と悠斗が喜一にニヤっと笑うと、短く呪言を唱え、2人の様子が一変する。


「2度目だが、凄いな」

「悠斗、どうだ?」

「舞台は一見変わりなく見えるが、小さな綻びが無数にあるな。

 喜一さん、これ塞いで行くのと貼り直すのどっちがいい?」

「貼り直す!一気に吹き飛ばしてくれ!」

「おーけー、派手に行くぞ!!」



カッッ!」


 蓮斗の掛け声と共に地震のように地面から衝撃があり、紗雪の目には何かが千々に破れたように視えた。


「多重保護結界!急急キュウキュウ如律令ニョリツレイ

「蓮斗!」

「はいよ!多面結界、起動!」


 いつの間にか蓮斗と悠斗は戻っており、喜一の隣で悠斗が笑う。


「参ったなぁ、結界に集中してたとはいえ分からなかったよ。

 君たちは自由に魂替えが出来るんだね」

「ああ、でも替えの一瞬は魂が無防備になるし、蓮斗が多少手薄になるから危ないんだ。

 だからさ、喜一さん、オレたちと組んでよ。

 喜一さんの結界と蓮斗の呪具があれば半日は堪えられる」


 悠斗のスカウトに喜一は想定外で驚いたが、ついで破顔した。


「君たちにそんなに評価をされていたなんて、有難いな。

 この大会が終わったら詳しく話しを聞きたい」

「勿論、喜んで。

 因みにさっきのは千姫考案の霊的だけでなく、次元、時間からの攻撃を受け流す補助的な結界だよ」

「次元的って、まさか?」

「試作品だそうだよ。千姫曰く、嫌がらせにはなるだろうと」

「はぁ〜 流石九十九だな、今度それも論理について詳しく話しを聞きたいな」


 そう話しつつ3人は去り、残りの物部の護りても全ての確認を終えると舞台を後にした。




 舞台以外の場所にも巧妙に隠されたそれらしい多数のフェイクと共に、複数のトラップが発見された。

 全ての確認にた2時間かかったが、全て多部と物部一門、そして九十九の協力の元解除と安全確保が行われた。


 しかし、一つだけ解除出来ないトラップが残り、多部は頭を下げて葛木に助力を乞うた。


「へぇ、これねえ。うん、よく出来てるわねえ!

 むしろ流石物部、良くこのトラップを見つけ出したわね?」

「雑巾がけと一緒です。総洗いにしただけです」

「それをこの短時間で出来るのが流石なのよ。

 それにしても、アタシがそんなに憎いのね、これを仕掛けた人」


 そう、このトラップのターゲットはただ一人、葛木清一郎だった。

 清一郎はにこにこと嬉しそうにトラップを解析しているのを多部は冷や汗をかきながら待っていた。


「うーん、残念だけどアタシでも解除は無理そうねぇ」

「っ!!では大会は中止に?」

「まさかぁ、続行よ? 当たり前でしょう?

 アタシはまだ紗雪ちゃんに勇姿を見せてないんだもの、こんな小者の為に諦めたりしないわ。

 大体アタシを狙ってるんだもの、アタシが勝つまでは安全よ」

「……はあ、仕方ないですね。他の五家に説明して来ます」

「あら、ありがとう。よろしくねぇ」


 多部は愛想もなく一礼すると走っていった。


「さあて、アタシも準備しましょ。

 おいたをした子のお仕置も見届けないと、ねぇ〜」


 そう独りごちながら、控え室に向かった。

 神崎の次期当主は若いながらも、中々やる。


 控え室から出てきた葛木はライダースジャケットのような上着に、ゴツめのブーツとピッタリとしたパンツ姿だった。

 茶髪の長い髪は邪魔にならないように緩く編んで垂らしている。


 葛木が舞台に着くと、如月玄一と神崎昂大はもう待っていた。


「あら、ごめんなさい。お待たせしたわぁ」

「よろしくお願いします、葛木当主」

「ええ、こちらこそよろしくね。神崎次期当主様」


 笑顔で煽りあい始めそうな2人に如月当主玄一は面倒になる前にと、開始の宣言をする。


「葛木さん、一つ聞いてもいいですか?」

「あら、なあに?」

「それ、ウィグですよね?」

「……へえ、良く気付いたわねぇ。そうよお、そろそろイメチェンしようと思って、ね?」

「ふーん、禿げたのかと思っちゃいましたよ」

「あらぁ、失礼な坊やだこと。デリカシーないとモテないわよぉ?」


 そう話しつつも神崎は刀で切りつけ、葛木は神崎を嘲笑うように素手であしらっていた。

 葛木が強いことは分かっていたが、自分も子ども扱いで武器すら取ってもらえないのに神崎のプライドは傷ついていたので何としても吠え面かかせてやるとむきになっていた。

 普段の神崎であればありえない失態だとすぐに気付き、葛木から距離を取ると大きく息を吐いた。


 相手は今代最強と呼ばれる護りてだ、そして自分は神崎の次期当主として侮られることも、軽くあしらわれることも許されない。

 深呼吸しながら葛木を観察し、心身を整え、いつでも攻撃に移れるよう適度な緊張感を保ちつつ、力まない。言うは簡単だが、中々難しい。だが神崎は徐々に集中が増し、雑音が消えていく。


「いい眼、いい集中ね。いいわ、まずは木刀から。

 さあ、アタシに真剣をとらせて見せてねぇ……」


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