第8話

 葛木は白藤に依頼され武術大会の開催と参加者の選定をしながら、ここ数日での変化の激しさに目が回りそうだな、と思っていた。


 葛木が紗雪を見つけたのは偶然ではあった。


 護りての中でも特に血が濃く、戦闘に長けた葛木の当主となったのは5年前。

 清一郎がまだ18歳の時に先代に挑戦状を叩きつけ、見事勝ち取った。清一郎も既に何度も挑戦状を受け取っているが、全て返り討ちにしている。


 切っ掛けは5年前、卜部の姫巫女である白藤が「我が吾子を探してほしい」と護りて全体に依頼を出したのだった。

 その時清一郎は言葉では説明し難い衝動に駆られた。


 葛木の祖である妖狐の血は稀に直感で逃してはならないものを教えてくれる。

 白藤の吾子は探さねばならない、とは言え18は一応法律上は成人であるがまだ半人前だ。清一郎は「まだ未成年の立場を満喫するつもりだったんだけどな」と思いつつも当主に挑戦することに獰猛な笑みを浮かべていた。


 本来の清一郎はかなり好戦的なので、当主になってから本性を抑える意味で始めたのが女装だった。思いの外似合ってしまったのと、本人も性に合ったようで、今では気に入ってしている。とは言え性同一性障害などではないので、あくまでもファッションの一環でしかなかった。


 閑話休題


 当主の座をもぎ取り、清一郎も白藤の吾子の調査に回ったが、依頼から半年経ってもめぼしい情報を誰も掴むことができなかった。

 そして1年経ち、2年経ち、5年が経過した今、半分忘れ去られていた。

 死んだのだろうとも思われていたのだが、紗雪を見かけた瞬間全身が紗雪に惹き付けられた。


 初対面の感想は、なんだこの女、だ。

 鬼の血が濃い葛木とは言え、人である。なのに紗雪は芳しく、本能を刺激する。


『旨そうだ』


 それは認めたくも無いが、血に潜む鬼、妖狐の本能が訴えた一言だ。


 無理矢理本能を抑えつけてもう一度良く紗雪を見る。

 かなり抑え込まれた霊力は美しく、だが様々色が混ざっている。混ざりもの、人間に憑依した鬼かもしれないと思いつつ、信じてなかった。

 そして紗雪に絡もうとしている小鬼にイラッとした。『ソレハオレノモノダ』と本能が訴える。

 それを無視して良く見ると、知り合いによく似ている。そうか、アレが探していた娘だと直感する。逃してはならないと。


 捕獲して話してみれば、紗雪は面白い子だった。驚くほどに何も知らず、でも子気味いい受け答えで有希姫にまで気に入られた。

 まだ結論は出ていなかったが、清一郎は確信していた。紗雪が白藤の子だと。そして、この子は自分の番だ、と。


 だが、紗雪は護りてのことも何も知らない。焦って手に入れ損なってはならない、無邪気な笑顔を装って清一郎はじっとりと策を練っていく。

 紗雪が面食いなのも運が良かった。自分の顔がこんな所で役に立つとは思わぬ僥倖だ、最大限活用しよう。有希姫も使おうと心に決め、白藤へと会わせた後の紗雪の覚醒後の変化は眩い程だった。

 文字通り蛹が蝶になるように、素晴らしい霊力が解放された事で肌はきめ細やかなになり、髪は解いただけでさらりと波打つ亜麻色。そこに力を使った際には飴色のような瞳が紫に輝く。


 思わず魅了される清一郎に卜部が2度ほど咳払いするほど見蕩れていた。

 くしゃりと笑うと可愛い。疑われることも無く慕われる気持ちの良さに清一郎は気を良くしたのも束の間、最悪の宣言がされる。


 紗雪の番を選べと、自分以外許せる訳が無い。いや、自分が選ばれれば問題ないか。

 だが、白藤と卜部の手前不正は出来ないが、全部オレが下してやろう、と決める。当代最強が伊達でないと見せつけてやろう。

 大体、白藤は紗雪の番がオレなのを分かっていた節がある。ならば実力を示し、紗雪の心を射止めろという事だろう。面白い。


 さあ、オレと紗雪のために全員踏み台にさせて貰おう。


 こうして葛木から日本国内の護りてたちに最大限に煽った武術大会への招待状が届く。

 ただし、水卜家には単なる観覧の招待として、紗雪に家族と会える機会を作ろうと動いていた。


 そう、紗雪に対して以外は仕事は早く的確、気遣いもできる有能さを発揮する男なのだ。

 だが、紗雪に関してはどこまでも狭量で粘着質で真っ黒でべっとりとしているのに無駄に有能な取り扱い要注意な危険物となることを、紗雪はまだ気付いていない。

 清一郎の部下は紗雪が受け入れてくれるよう、心から願っている。


 紗雪の未来に幸あらんことを――。

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