第3話 商業都市のセキュリティホール

ベルハイムは想像以上に活気あふれる都市だった。

大通りには商人たちの声が響き、魔法で動く荷車が行き交い、空中には配達用の魔法の鳥たちが飛び回っている。まさに魔法と商業が融合した近未来都市のようだった。

「すごい活気ですね」エリアが目を輝かせている。

「魔法の恩恵を最大限活用した都市だからな」リオンが得意げに説明した。「物流も通信も魔法で自動化されている。だからこそ、魔法システムが停止すれば……」

「大混乱になる」拓海が険しい表情で続けた。

調査団は院長、拓海、エリア、リオン、そして護衛の騎士が2名という構成だった。彼らはまず市長に面会し、状況を説明した。

「そんな馬鹿な!我が都市の魔法防御システムは最高級ですぞ!」

市長のグスタフ・バウマンは、典型的な商人といった風貌の中年男性だった。彼は拓海の予測を信じようとしなかった。

「しかし実際に、他の都市では魔法システムの異常が……」院長が説明を始めたが、市長は手を振った。

「それはあちらの管理が悪いからです。我々は違う」

その時、拓海が口を開いた。

「では、システムの監査をさせていただけませんか?もし問題がなければ、それで安心できますし」

「監査?」

「システムの安全性をチェックすることです。脆弱性がないかどうかを」

市長は渋い顔をしたが、院長の説得もあって最終的に同意した。

ベルハイム市の魔法管理センターは、拓海が元いた世界のデータセンターを思わせる施設だった。魔法の結晶で作られたサーバーのような装置が整然と並んでいる。

「これが我々の魔法制御システム『マギックス・コア』です」

システム管理者のハンス・ミュラーが説明した。彼は魔法技師の資格を持つ専門家らしい。

「ふむ……」拓海は装置を見回しながら分析プログラムを起動した。

「コード実行:SystemScan.full_check(target:magic_core)」

すると、拓海の視界にシステムの詳細情報が流れ始めた。魔力の流れ、制御プロトコル、セキュリティ設定……

「あ……これは」

拓海の顔が青ざめた。

「どうしました?」院長が心配そうに尋ねる。

「既に侵入されています。それも、かなり前から」

「何ですって!?」ハンスが驚愕の声を上げた。

拓海は手を装置にかざし、さらに詳しい解析を行った。

「コード実行:TrackingSystem.trace_intrusion()」

「犯人は……3週間前に侵入を開始。バックドアを仕掛けて、システムの深部に潜んでいます。そして明日の午後2時に、大規模な攻撃を実行する予定です」

「そんな……我々のセキュリティシステムは完璧のはずだったのに」

「いえ、完璧なセキュリティなんて存在しません」拓海は振り返った。「ただし、これは阻止できます」

拓海は装置の前に座り込み、本格的なデバッグ作業を開始した。

「皆さん、少し時間をください。マルウェアを除去します」

「我々も手伝いましょうか?」ハンスが申し出たが、拓海は首を振った。

「この手口は……おそらく僕と同じスキルを持つ人間の仕業です。普通の魔法技師では対処できません」

拓海は深く集中し、頭の中で複雑なプログラムを組み立て始めた。

「まず、マルウェアの本体を特定……found it」

「次に、感染経路を遮断……access denied to unauthorized processes」

「そして、バックドアを閉鎖……security patch applied」

数時間にわたる作業の末、ついにシステムクリーンが完了した。

「やった……除去完了です」

拓海がほっと息をついた時、突然警報が鳴り響いた。

「緊急事態!魔法システムに異常発生!」

慌ててコントロールパネルを確認すると、システムが完全停止していた。

「おかしい……除去は成功したはずなのに」

その時、システムに謎のメッセージが表示された。

『よくやった、システムマジシャン。だが、これは始まりに過ぎない』

『真の目的は別にある。会いたければ、明日の夜、古い遺跡で待っている』

『来なければ、この都市の住民全員が……』

メッセージはそこで途切れ、システムは完全にダウンした。

「くそ!罠だったのか!」

拓海は歯ぎしりした。マルウェアの除去は成功したが、それがトリガーとなって別のプログラムが起動したのだ。

街中から悲鳴が聞こえ始めた。魔法で動いていた全てのシステムが停止し、都市機能が麻痺している。

「拓海さん、どうすれば……」エリアが不安そうに尋ねた。

「とりあえず応急処置をします。完全復旧は無理ですが、最低限の機能は回復できるはず」

拓海は再び集中し、緊急復旧プログラムを実行した。1時間後、なんとか都市の基本機能だけは回復した。

「すまない……完全に相手の策にはまってしまった」

「いえ、拓海さんのおかげで最悪の事態は避けられました」院長が慰めた。

「でも、犯人と会わなければならないようですね」リオンが言った。

拓海は決意を固めた。相手が誰なのか、何が目的なのか、直接確かめる必要がある。

「明日の夜、遺跡に行きます」

「危険すぎる!」エリアが反対した。

「でも、このままじゃ街の人たちが……」

拓海は窓から街を見下ろした。混乱は収まったものの、人々の表情は不安に満ちている。

「大丈夫、一人で行くつもりはありません」

拓海は仲間たちを見渡した。

「皆さん、協力してもらえますか?」

「もちろんです!」エリアが真っ先に答えた。

「当然だ」リオンも頷いた。

「では、作戦を立てましょう」院長が立ち上がった。

こうして、拓海たちは謎の敵との最初の直接対決に向けて準備を始めた。相手が何者なのか、その答えは明日の夜に明らかになる。

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