25.勝者の顔をする者

「おいしい! フェリシア様、このタルトもマドレーヌも、いくらでも食べられます!」



ライラが目を輝かせ、頬をゆるませながら次々と口に運んでいく。



「フェリは本当に器用ね。ああ、幸せ」



 ヴィアが、紅茶を手にうっとりと微笑む。普段は涼しげな彼女が、こんなふうに分かりやすく表情を緩めるのは珍しい。


 その反応に、私はつい笑みをこぼしてしまった。



「本当? 嬉しいわ。お菓子作りってすごく楽しいの。でも……結婚したら、さすがに作るのは無理ね。残念だわ」



 少しだけ視線を落とし、つぶやく。


 王太子妃が厨房に立つ──そんなこと、宮中では許されるはずがない。ましてや、火や刃物のある場所など、王妃候補の身が出入りするなど前代未聞だ。



「公爵令嬢でも無理だったでしょう? あなたのお父上、よく許可を出したわね」



ヴィアが半ば呆れたように言った。もっともだ。



「だいぶごねられたわ。でも……“負けたくない方がいるのです”って言ったら、“とことんやれ”と、あっさり許可してくれたの」



 思い返せば、拍子抜けするほどだった。



「お父様、意外と脳筋ですもの」



 冗談めかして言えば、ライラとヴィアが笑いだす。



「今はフロランタンにも挑戦しているの」



 そう口にすると、すかさずライラが身を乗り出した。



「フェリシア様、それ、私の好物です! 是非、できあがったら──!」


「もちろんよ。持ってくるわ」


「嬉しいです!!」



ライラがぱっと花が咲くような笑顔を見せる。


 その横で、ヴィアがやれやれといった顔をして紅茶を啜っているけれど──私は知っている。あなたも、フロランタンは好きでしょう?


 けれど、和やかな空気は、ふとした一言で一変した。




「それはそうと、フェリ。噂は……なくなるどころか、加速しているわ」



ヴィアが、紅茶を置き、真剣な目でこちらを見据えて言った。



「そうですわね。私が耳にしたものは……王太子殿下が、国王陛下から命を受けた“世話係”の任を無理やり自分に引き寄せて、その立場を利用して精霊姫に厳しく当たっている、と」



ライラが静かに言葉を続ける。その声には、怒りと侮蔑が滲んでいた。


 ──おおむね正しい。けれど、真実を語る者は誰もいない。



「噂を流している者たちは、あの人たちよ。私の後ろ、角のあたり。こちらを見ながら、ひそひそ話している“精霊姫のご友人方”」



ヴィアは後ろを振り向きもしなかったが、口調にははっきりとした軽蔑が混じっていた。


ヴィアはどこに目がついているのかしら? と、思わず苦笑してしまう。




「私のせいで、ルキウス様に近づく機会を失ったのだもの。無理もないわ」



 噂の真意はそこにある。もし、ベス様が王太子妃にでもなれば、きっと御しやすい。自分たちはその取り巻きとして、側室、寵愛、権力──欲望のすべてを分け与えてもらえると、そう信じているのだ。



「身の程知らずなのですよ。あの人たち」



ライラが拳を握りながら、小さく吐き捨てる。その背に、静かな怒気が宿っていた。



「それで、フェリはどうするの?」



ヴィアの問いは、まるで何か愉快な遊びを見つけたような声音だった。


 私はゆっくりと笑う。



「もちろん。期待されているのなら、もっと“厳しく”してあげないといけませんわね」



明日は、王宮に行く日だったから、ちょうどいいわ。




 *****




「あ! フェリ、来ていたのか」



 ルキウス様が驚いたように、けれど、どこか嬉しげな声音で呼びかけてくださった。


 広間の中央には、彼とベス様が並び、軽く手を取り合っている。なるほど、練習は始まったばかりのようだわ。



「ええ。王妃陛下にご挨拶に伺ったところ、今日はダンスの練習日だとうかがいましたので」



 そう言ったけれど──本当は、随分前から知っていたのだ。


 王太子殿下と“精霊姫”の初お披露目で踊るダンス、その練習が今日あるというのは、私がわざわざ調べた情報。

 けれど、あくまでも自然に、偶然を装ってここに来たのだ。




「フェリシア様。お披露目の会では、ルキウス殿下とダンスを披露する場面があるのです。だから、あの……」




 ベス様が、少しだけルキウス様の後ろに隠れるような仕草で言う。


 あら、まるで“邪魔しないで”と言わんばかりの口調ですこと。



「ええ、存じておりますわ。邪魔しに来たわけではありませんの。ただ、少し見学させていただいてもよろしくて?」


 言葉には柔らかさを込めた。けれどその奥には、きちんと棘を仕込んで。



「そういうことなら……」



 ベス様が、視線を逸らした。


 でも、私は一瞬浮かんだ彼女の“勝ち誇った顔”を見逃さなかった。


 頬の筋肉がわずかに緩み、唇が不自然に持ち上がる。あれを笑顔と呼ぶには、あまりにも稚拙。


 ルキウス様の目にはどう映っているかしら。




 やがて、ダンスの練習が再開された。


 ベス様が、ルキウス様の手を取り、一歩、また一歩と踊り出す。けれど──その動きにはぎこちなさが残り、数歩進むごとに足がもつれ、何度も殿下に寄りかかる。


 お披露目会に間に合うのかしら……それとも、もしかして、わざと?


 私の視線が痛いほど刺さっていることを知りながら、こうして“守られる姿”を見せつけようとしている。



 ──では、私はどんな顔を見せてあげるべきかしら? 悔しそうな顔? それとも……悲しそうな顔?



 きっと今の彼女が欲しいのは、後者。そうね、少しだけ目を伏せて、口元を震わせてみましょうか。



 ほんのわずかに表情を沈ませた私に、案の定、ベス様がこちらをちらりと見た。



 ほら、ほら。思った通り、目に映った私への“勝利”に酔っている顔。




 ふふ、その勝ち誇った笑み、隠せていませんわよ。




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