首吊り人形
月浦影ノ介
首吊り人形
多崎さんという女性から伺った話だ。
多崎さんは毎朝、駅までの道のりを歩いて通勤している。ある朝、その途中で妙なモノを見付けた。
アパートの二階、ベランダの物干し竿に何かがぶら下がっている。
人形だった。とある女の子向けアニメのキャラクター人形が、首に紐を巻かれた状態で、物干し竿にぶら下がっているのだ。
それは多崎さんに「首吊り」を連想させた。
「⋯⋯何あれ、気持ち悪い」
その部屋はどうやら空き部屋のようだった。カーテンもなく、部屋の中は真っ暗だ。入居者がやったのでないとしたら、あの人形をぶら下げたのは誰の仕業なのだろう。まさか管理人?
悪趣味なことをするなぁと、多崎さんはなんだか不快な気分でその場を通り過ぎた。
翌日もそのまた翌日も、人形は相変わらずアパート二階のベランダにぶら下がっていた。
微かな風に揺れる様が、首吊り死体を連想させて不気味である。
多崎さんは、なるべくそれを見ないようにして通り過ぎた。
それから二週間ほど経った頃のことである。
例の人形がぶら下がっていたアパートの二階に、どうやら入居者があったようだった。
紺色のカーテンが窓を覆い、物干し竿には人形の代わりに洗濯物が掛けられてある。
新しい住人が入ったのね、と多崎さんは何故かホッとしたような気持ちになった。
それからさらに三ヶ月ほどが過ぎた頃のこと。
多崎さんがいつものように駅までの道のりを歩いていると、向こうに人だかりが出来ていた。道路脇に停められたパトカーが赤色灯を回している。
それは例のアパートの真ん前だった。二階のベランダに、刑事ドラマなどでよく見る鑑識官の姿がある。
―――あの人形がぶら下がっていた部屋だ!
驚いた多崎さんは、近くにいた野次馬らしき年配の女性に話し掛けていた。
「⋯⋯あの、何か事件でもあったんですか?」
年配の女性が、少し興奮気味に答える。
「事件っていうか、どうやら自殺らしいわよ」
「自殺?」
「ベランダで男の人が首吊ってたんだって。なかなか部屋が埋まらなくて、最近になってようやく入ってくれたって、大家さん喜んでたのにねぇ⋯⋯」
その話を聞いて、例の首に紐を巻かれてぶら下げられた人形の姿を思い出し、多崎さんは背筋がゾワッと寒くなるのを覚えた。
あの「首吊り人形」は、このことを予言していたのだろうか?
その翌日から、多崎さんは通勤の道を変えた。
なので、例のアパートの部屋が現在どうなっているか、何も知らないという。
(了)
首吊り人形 月浦影ノ介 @tukinokage
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