エルフの女性、生命の選択をする
大濠泉
第1話
中央大陸の奥に、万物の生命を生み出す大樹がありました。
〈生命の樹〉といわれる、神様が植えられた、神々しい樹木です。
その樹は黄金色に輝き、まばゆく光る枝々には赤や緑の実がなり、その実の中には、あらゆる生命の元が入っていました。
あらゆる種族の生命をつかさどる、その大樹を求めてやって来る種族は、後を絶たちません。
ある日ーー。
〈生命の樹〉のところへ、エルフの女性がやってきました。
彼女は子供を欲していました。
エルフは長命ながら、繁殖力が弱い種族です。
そのうえ、人間や魔物によって、たびたび生活圏が侵され、どんどん殺されていき、種族が少なくなっていました。
現に、このエルフの女性も、森から森へと旅をしながら、
かれこれ三百年ほども同じような暮らしをしてきたので、弓矢や刀剣を扱う技術に
人間や動物たちが家族で暮らすさまを垣間見ては、赤ん坊を育てるのも悪くない、と思い立ったのです。
かといって、自分たち女性に比して生活力がなく、そのくせ腕力だけが強い
彼女は、男性を頼みにして、子供を産む気にはなれなかったのです。
彼女に限らず、エルフ族はもともと性欲に乏しい種族でした。
それでも、彼女は子供は欲しいと思ったのです。
どうせ長く生きているのだから、気長に旅を続けて森を分け入り、赤ん坊を育ててみたいーーそう思い立ってから十五年が経ちました。
いくつかの渓谷を踏み越えて、彼女はようやく〈生命の樹〉に辿り着いたのでした。
「これが生命の樹……」
エルフの女性は、矢筒から矢を取り出して射撃します。
ちょうど枝と実の間に延びる茎を射ちました。
狙い通り、ひとつの実がボトンと落ちました。
桃のような形をした、赤い実でした。
これにナイフを入れ、殻を割ってみます。
すると、実の中に、小さな子供が入っていました。
「おぎゃああ、おぎゃああ!」
生まれたての赤ん坊は、大声で泣きました。
女性が手を差し伸べると、赤ん坊は泣き止み、胸に飛び込んできます。
赤ん坊を見ると、たしかに、耳が長い。
彼女と同じエルフ族のようです。
でも、男の子でした。
彼女はつぶやきました。
「男の子かぁ。できれば女の子が欲しいな……」
続けて実を射ち落とします。
次は緑の実でした。
それでも、割ってみると、中に入っていたのは、再び男の子でした。
エルフ族は総じて、しつこい性格をしています。
彼女は二人の赤ん坊を足下に置くと、さらに矢を構えて、もう一度射ました。
今度は数少ない青い実でした。
ところが、またも男の子が入っていました。
女性エルフは額の汗を
「いったい、どの実が女の子のなのよ?」
すると、〈生命の樹〉が一際白く輝いたかと思うと、樹木の幹の中から、人の姿をした存在が現われました。
白く輝くその姿は、男とも女ともつかず、気品に満ち溢れ、端正な顔立ちをしています。
耳が長く、彼女と同じエルフに似てはいますが、エルフではありません。
もちろん人間や魔物といった
背中から白と黒の羽根が二本生えていました。
「あなたは?」
エルフの女性の問いかけに、その存在は答えました。
「ワタシか?
ワタシは、この〈生命の樹〉の精霊と思っていただければ良い。
性別は特にないですよ」
エルフの女性は片膝立ちになって、
神々しい存在に対して礼儀正しいのも、エルフ族の特徴です。
「この〈生命の樹〉は、じつにありがたい。
我々エルフのような、繁殖力の弱い種族にとっては救いの主です。
とはいえ、どうして男の子の実ばかりなのですか?
女の子が欲しいんですけど、どの実にあるか教えていただけませんか?」
エルフの訴えを聞いて、精霊は首を振りました。
「あなたは誤解してます。実の中に入っている生命には性別はありません。
どの種族がその実を手に取るかによって、性別が分かれるんです。
男の子、女の子が生まれる確率も、そのときに決まるんです。
あなたはエルフですから、9対1の確率で、男の子が生まれてくるだけなんですよ。
その確率をいじることは、我々にもできません。
だから、エルフが受け取る実のたいていが男の子ですよ」
「どうして?」
「調整です。
我々が仕える〈生命の神〉のご意思では、ぜひ、各種族の自力による繁殖を求めているのです。
〈生命の樹〉から直接、子供を授かるというのは、まさにイレギュラー。
本来、あってはならない特例なんです。
要するに、あなたたちエルフに必要なのは、男性なんです」
エルフの女性はムッとしました。
なるほど、頭では理解できなくもない。
実際、人間や魔物を相手に戦って、まず殺されるのは男性です。
さらわれるのは女性の方が多いですが、殺されないで生かされていたりします。
奴隷となって人間社会で生活しているうちに逃げ出したり、人間との混血児を産んだりするのもいます。
とにかく、エルフ族は9対1ほどで女性が多いのが現状らしい。
ですから、10個実を落としたところで、そのうちの9つは男の子だろうと〈生命の樹〉から出てきた精霊は言うのです。
エルフの女性は呆然としました。
さらに実を落としても、その中の生命が女の子になってくれればいいけど、また男の子だったらどうしよう?
すでに男の子が3人もいます。
これ以上ーーいや、すでに3人も子育てできる気がしません。
〈生命の樹〉から出てきた精霊は、エルフの女性に問いかけました。
「もしや、あなたは後悔しているのですか? この子たちを手に入れたことを」
「……」
答えに詰まっているうちにも、
顔を見ればそれぞれ可愛いけど、生活上の現実があります。
エルフの女性は溜息混じりに答えました。
「さすがに3人も育てることはできません。
今現在でも、森から森へ旅する生活なのです」
精霊は微笑みながら、うなずきました。
「それだったら、選びなさい。あなたはどの子が欲しいのですか?」
「え? 選ぶ?」
「そうですよ」
「選ばなかった子供は……?」
「あなたからの庇護は受けられませんからーーそうですねぇ、ここら辺にポイッと放っておきますかね」
「お乳は?」
「心配はいりませんよ。運良く動物の雌がいたら、乳をわけてくれるかも。
知ってます?
人間やエルフなんかに比べたら、四つ足の獣の方がよほど乳を分け与えて、赤ん坊を育ててくれるんですよ。それこそ種族にとらわれず、赤ん坊ならなんでも!
凄いと思いませんか?」
「はあ」
「とにかく、今、あなたがなすべきことは、どの子の母親になるか、ということです」
「どの子の……」
改めて足下に集まってきた赤子の顔を見詰めました。
それぞれよく見たら、顔が違います。
目がくるくると大きい子もいれば、唇が厚い子、えくぼが可愛い子、三人三様の笑顔がありました。
エルフ女性はふと思いました。
考えてみれば、成人男子は好まないけど、子供なら男の子もかわいい。
子供のうちなら、女の子と変わらないと思うくらいでした。
それでも、自分が選ばなかった子供は、森に放置されてしまうといいます。
そんな子は、おそらくは遠からず死んでしまうでしょう。
精霊は、「獣の方が子育てする」と言うけど、とうていアテになる話とは思われません。
つまり、一人だけを助けて、あとの二人を殺せ、と言っているようなものでした。
彼女は涙を溜めて、精霊の方を振り返りました。
「ごめんなさい。私には、選べない……」
「そうですか。なら仕方ありませんね」
〈生命の樹〉の精霊は、いつの間にか、大きな鎌を手にしていました。
「まさか、その鎌で……?」
「そうです。生命を絶つのです。
なぁに、一瞬ですよ。痛みを感じることもないでしょう。
あなたが選べないということなら、処分ということで」
女性は慌てて両手を振りました。
「わかった! わかりました。私が選べばいいんでしょう?
私が選べば、選んだ子だけは助かるんですよね?」
「もちろん」
緊迫した状況を察知したのか、赤ん坊たちが泣き始めました。
「わあああん、わあああん!」
エルフ女性の脚に
(やっぱり、選べない……!)
エルフの女性は唇を
「時間切れです」
精霊は笑顔のままに、大鎌を振るいました。
ザンッと鈍い音がして、首が落とされました。
首を駆られたのは、男の赤ん坊たちではありませんでした。
大人のエルフの女性でした。
赤子たちはヒクッと喉を詰まらせて、まじまじと首が切れた大人の女性を見詰めます。
それから、しばらくして、一斉に火がついたように泣き出しました。
「わああん、わあああん!」
精霊は肩をすくめます。
「やれやれ。うるさくて困ったものです。
やはり、この子たちは、このまま森に捨てていくしかないでしょう。
でも、このエルフ族の女は、いったい何を考えてたんでしょうね?
〈生命の樹〉としての観点から言って、最も価値が高い生命は、当然、生まれたばかりの生命であろうのに。
もう何百年も生きた生命なんて、さしたる価値は無いんですよ。
新たな生命に場所を譲ってもらいたいものです」
そう独白して、白く輝く精霊は、そのまま〈生命の樹〉の中に姿を消したのでした。
(了)
エルフの女性、生命の選択をする 大濠泉 @hasu777
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