第36話 やる気が起きない~ハード視点~

「ハード、最近元気ないな。まあ、気持ちもわかるよ。急に副騎士隊長になるための試験が中止になったのだから。副隊長たちも酷いよな。やっぱりしばらくは続けると言い出すだなんて」


 俺と同じく、副隊長の試験を受ける予定だった同期が怒っている。まさか今回の試験が中止になるだなんて。アテナを陥れてまで、挑もうとしていた試験だったのに。


 アテナ…


 アテナが騎士団を去った時、俺はものすごく嬉しかった。アテナは昔から非常に努力家で、女なのに強くて優しくて、仲間たちからの信頼も非常にあつかった。俺だって、何度もアテナに助けられたことがあった。


 ただ俺は、そんなアテナが気に入らなかった。女なのに男社会で大きな顔をして。がさつで品のかけらもないくせに、俺に好意を抱いていたアテナに、無性に腹を立てていたのだ。


 俺はアテナに激しい嫉妬心を抱いていた。だから俺の手で、アテナを蹴落とせたことがうれしくてたまらなかった。


 騎士団まで辞めるのは想定外だった。今の隊長は事なかれ主義で、アテナの事だって数日謹慎させて、何事もなかったかのように復帰させるだろうと踏んでいたのだ。


 でもアテナは、自ら騎士団を去って行った。あいつには騎士団しか居場所がないのに、変なプライドのせいで居場所まで失って、本当にバカな奴だな、そう思っていた。


 ただ…


 月日が経つにつれ、アテナが騎士団にとっても、俺にとってもどれほど大切な存在だったのか気付かされた。


 アテナはいつも周りを気遣い、進んで嫌な仕事もこなしてくれた。言いにくい事もはっきり言うアテナに、同じ隊の隊員たちは、アテナに頼り切っていたのだ。アテナが辞めたことで、一気に隊の空気も重苦しいものになり、喧嘩も頻繁に起こるようになっていった。


「ハード、俺、騎士団を辞めることにしたんだ。今の騎士団の空気、最悪だろう。喧嘩だって絶えないし。アテナがいてくれた頃は、皆生き生きと稽古をしていたのにな」


 そう呟きながら、1人、また1人と騎士団を去っていく仲間たち。その中には、この国の第4王子、クロノスの姿もあった。


 クロノスはアテナの事を慕っており、女性がもっと騎士団で活躍できるように動いていた人物だ。


 アテナ、今頃どうしているのかな?もしかしてクロノスの手助けを受けて、他国の騎士団に入団していたりして…


 アテナは騎士団を辞めてから、全くと言っていいほど情報がはいってこないのだ。もともと社交界にも顔を出さなかった為、どうしているのか全く分からない。


 アテナ…


 あれほどまでに副隊長になりたかったのに、今ではどうでもよくなってしまった。正直今、空気が悪くなってしまった騎士団が楽しいとは、全く思えないのだ。


 アテナがいた時は、毎日が充実していて楽しくてたまらなかったのに…


 何もかもやる気が起きなくなった俺は、あんなに頻繁に参加していた夜会にも参加しなくなった。というよりも、なぜかどんな令嬢を見ても、何とも思えなくなったのだ。


 完全に無気力になってしまった。


 こんな気持ちのまま、騎士団を続けていても意味がない。


 いっその事、俺も騎士団を辞めようかな…


 とはいえ、俺には侯爵家の次男だから、侯爵位を継ぐことはできない。勉学も苦手だし…


 結局俺の居場所は、この騎士団しかないのだよな。このまま適当に騎士団員として、暮らすしかないのかな。

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