第28話

◆視点:天沢 要


プロジェクト『アカシャ』の始動から数日が経過した。

俺は観測室の一角を改造し、星野命専用のダイブシステムを構築していた。

医療用のカプセルのような形状をした装置で、内部には彼女の脳波、心拍数、血圧など、あらゆる生体情報をリアルタイムで監視するためのセンサーがびっしりと取り付けられている。


「なんだ、これ。ますます怪しい実験室みたいになってきたな」


星野は、完成した装置を眺めながら、面白そうに言った。

彼女には、これから行われることの危険性が、いまいち理解できていないようだった。

いや、理解した上で、それを楽しんでいるのかもしれない。


「準備はいいか、星野。これから、第一回目の公式ダイブ実験を開始する」

「いつでもいいぞ!」


彼女は、何の躊躇もなくカプセルの中に入り、横になった。

俺は、外部のメインコンソールで、彼女の生体データが安定していることを確認する。

そして、中枢制御室の占星盤と、このダイブシステムを接続した。


「意識を集中しろ。これから、君の意識を、再びあの領域へと導く」


俺の言葉に、彼女はこくりと頷き、ゆっくりと目を閉じた。

俺は、慎重にコンソールのレバーを操作する。

彼女の脳波が、徐々に特殊なパターンへと変化していくのがモニターに表示された。

現実世界と、あの根源的な領域との境界線が、曖昧になっていく。


「……どうだ。何か見えるか?」

「……ああ。見える。星が、いっぱいだ」


彼女の、少しだけうわ言のような声が、スピーカーから聞こえてきた。

ダイブは、成功したようだった。

俺は、自分の意識も、ごく浅いレベルで彼女とリンクさせ、彼女が見ている光景をモニターに映し出す。

そこには、あの無限の宇宙空間と、無数の魂の記録が浮かんでいた。


「よし。今回は、深入りはしない。まずは、一つの星に軽く触れて、その情報を記録するだけだ。いいな」

「わかってるって」


彼女の意識体が、目の前に浮かんでいた、ひときわ青く輝く星に、そっと手を伸ばした。

その瞬間、モニターに膨大な情報が流れ込んでくる。

俺は、それを必死に記録していく。


それは、この星見森学園が創設される、さらに数百年も前の、この土地の記憶だった。

そこには、高度な文明を築いた、古代の民が存在した。

彼らは、星々の運行を読み解き、自然の力を操る、特殊な技術を持っていた。

そして、彼らが崇めていたのが、空から降ってきたという、一つの巨大な『星の欠片』。

その欠片は、未来を映し出す力を持っていたという。

間違いない。

占星盤の、原型だ。

俺たちの学園は、偶然この場所に建てられたわけではなかったのだ。


「……すごい。なあ、要。もっと見てみようぜ!」


星野が、さらに深く記憶へと潜ろうとする。


「ダメだ!」


俺は、慌てて叫んだ。

モニターに表示された彼女の脳波が、危険な領域へと突入しかけている。


「そこまでだ、星野! 戻ってこい!」


俺は、強制的にダイブシステムを停止させた。

カプセルの蓋が開き、星野がゆっくりと身を起こす。

彼女の額には、びっしょりと汗が浮かんでいた。


「……ちぇっ。いいところだったのに」

「無茶を言うな。今の数分間のダイブで、君の精神は、フルマラソンを走り切ったのと同じくらいの負荷を受けているんだぞ」


俺の言葉に、彼女は「へえ」と、他人事のように呟いた。

プロジェクト『アカシャ』。

この計画は、俺が想像していた以上に、危険なものになるかもしれない。

だが、同時に、とてつもない発見をもたらしてくれることも、また事実だった。


ダイブ実験を終えた後、俺たちは評議会のメンバーに、今回の発見を報告した。

占星盤の原型。

古代文明の存在。

仲間たちは、その壮大な話に、ただ息を飲んでいた。


「……だとしたら、この学園の地下には、まだ私たちの知らない、古代の遺跡が眠っているのかもしれないね」


月島が、探究者の目で床を見つめている。


「もし、そうだとしたら……。学園の歴史が、根底から覆ることになるわね」


詩織も、物語の紡ぎ手として、その事実に興奮を隠せないようだった。

俺たちの革命は、学園の仕組みを書き換えるだけでは終わらない。

この学園の、そして世界の過去の歴史さえも、書き換えることになるのかもしれない。

俺は、これから始まるであろう、さらなる混沌の予感に、身震いを抑えることができなかった。


◆視点:星野 命


天沢要との秘密の宇宙旅行、もとい『星空ダイブ』は、私の新しい日課になった。

要が作った怪しいカプセルに入るのは少しだけ気乗りしないが、あの無限の星空に飛び込めるのなら、どうってことない。

私たちは、ダイブのたびに、この世界の新しい秘密を、一つ、また一つと暴いていった。


ある時は、数百年前の、この学園の生徒たちの記憶を覗いた。

今とは全く違う、厳格な規則に縛られた、暗い学園生活。

その中で、密かに星に願いをかけ、未来を変えようとした、名もなき生徒たちの、小さな反逆の物語。


またある時は、未来の記憶の欠片に触れた。

それは、ほんの一瞬の映像だった。

私たちが卒業した後の、ずっと未来の星見森学園。

生徒たちは、誰もが当たり前のように、自分の好きな未来を選び、創造し、笑い合っていた。

私たちが創り上げた、新しい世界が、確かにそこにはあった。

その光景を見た時、私は、柄にもなく少しだけ泣きそうになった。


学園の日常は、平和そのものだった。

私たちの評議会が打ち出した、新しいカリキュラムは大成功を収め、学園はこれまでにない活気に満ち溢れていた。

小鳥遊さんの『動物語講座』は、生徒たちが連れてきたペットでいつも満員だったし、鉄くんの『からくり人形講座』からは、毎日楽しそうな爆発音が聞こえてきた。

詩織は、あの演劇の続編、『白紙の地図のその先へ』を学園の掲示板で連載し、大人気作家になっていた。


私も、もちろん自分の授業を始めていた。

その名も、『不可能を可能にする! 星野流・世界革命入門』だ。

内容は、毎回違う。

ある時は、生徒全員で、絶対に登れないと言われていた裏山の崖を登り、山頂でラーメンを食べた。

またある時は、絶対に開かないと言われていた、旧図書館の開かずの扉を、みんなで力を合わせてこじ開けた。

要するに、ただの無茶苦茶な冒険だ。

だが、その授業は、なぜか学園で一番の人気講座になっていた。


「いいか、お前ら! 常識なんてものは、誰かが勝手に作った壁だ! ぶっ壊して、前に進め! それが、革命の第一歩だ!」


私がそう叫ぶと、生徒たちが「うおおおお!」と雄叫びを上げる。

そんな毎日が、最高に楽しかった。

私たちは、確かに、この学園を変えたのだ。

そんな平和な日常が、永遠に続くかのように思えた、ある日の午後。

その予兆は、突然やってきた。


その日も、私は要と共に、ダイブ実験を行っていた。

いつものように、星々の記憶の海を漂い、面白そうな星を探していた、その時。

私の目の前に、これまで見たこともない、ひときわ大きく、そして不気味なほどに真っ黒な星が、現れたのだ。


それは、他の星々のように輝いてはいなかった。

むしろ、周りの光を全て吸い込んでしまうような、絶対的な闇の塊。

『拒絶』の意思。

星見アキラの亡霊と対峙した時と似ている。

だが、これは、一個人の絶望などではない。

もっと、ずっと巨大で、冷たい何か。


「……なんだ、これ」


私が、その黒い星に、警戒しながらも近づこうとした、その時だった。

私の頭の中に、直接、声が響いた。

それは、男でも、女でもない。

年老いても、若くもない。

感情というものが一切感じられない、無機質な声だった。


『観測者ヲ、確認』

『世界ノ理ニ、介入スル、異分子ヲ、確認』

『警告スル。直チニ、ソノ行為ヲ、中止セヨ』

『繰リ返ス。コレハ、最終警告デアル』


その声と同時に、私と要の意識は、星々の記憶の海から、強制的に弾き出された。

カプセルの中で目を覚ました私は、全身に鳥肌が立っているのを感じた。

隣のコンソールでは、要が血の気の引いた顔で、モニターを睨みつけている。

画面には、たった一言だけ、赤い文字で表示されていた。


『監視者(ウォッチャー)』


彼の完璧な計画に、初めて現れた、予測不能なノイズ。

いや、これは、ノイズなどという生易しいものではない。

俺たちの革命を、そしてこの世界のあり方そのものを、根底から否定する、絶対的な『敵』の出現だった。

俺は自分の指先が、かすかに震えていることに気づいた。

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