第22話

◆視点:星野 命


私たちのリハーサルは、最終的に伝説となった。

橘生徒会長による妨害工作は、結果的に私たちのプロジェクト『ジェネシス』の真の力を覚醒させる引き金になったのだ。

制御不能な混沌さえも取り込んで、より高次元のエンターテイメントへと昇華させる。

その圧倒的な光景を目の当たりにした観客役の詩織たちは、ただ言葉を失っていた。


リハーサルが終わった時、講堂は奇妙な静寂に包まれていた。

そして、一番最初に沈黙を破ったのは意外にも、からくり人形使いの鉄はじめだった。

「……すげえ。俺、あんたたちに一生ついていくぜ」

彼は、興奮で目をきらきらさせながらそう言った。

その言葉を皮切りに、動物使いの小鳥遊さんも、植物使いの双葉さんも、そして他の『はぐれ者』の仲間たちも次々と称賛の声を上げた。

「私の鳩たちが、生まれて初めて見るものを見たって興奮してます!」

「私のお花たちも、喜んでます……! すごく、楽しかったって……!」


そして、詩織。

彼女は、涙を流していた。

「……すごかった。すごかったよ、命ちゃん、みんな……! 私の書いた小さな物語が、こんなにも大きくてキラキラした世界になるなんて……! 私、本当に、本当に嬉しい……!」

仲間たちの言葉が、私の胸を熱くする。

そうだ。私たちはもうただのはぐれ者の集まりじゃない。

新しい世界を創り出す、唯一無二のチームなんだ。


その夜、観測室で最後の作戦会議が開かれた。

議題は一つ。

「本番では、橘たちの妨害工作にどう対処するか」

要が、制御室のモニターにリハーセル中に繰り広げられたシステム上の攻防のログデータを映し出した。

「奴らの攻撃は、本番ではさらに激しく巧妙になるだろう。今回のように、アドリブで乗り切れるとは限らない」

要の冷静な分析に、メンバーたちの顔に緊張が走る。


「対策はあるのか、天沢」

風間が尋ねると、要は静かに頷いた。

「ああ。二つある」

彼は、端末を操作し白板に二つの計画案を映し出した。

「プランA。『完全なる盾』。俺が橘の思考パターンを完全に読み切り、奴が仕掛けてくるであろう全ての攻撃パターンを予測する。そして、それら全てに対応する防御プログラムを事前にシステムに組み込んでおく。奴の攻撃は俺が作った完璧な盾の前で、全て無力化されるだろう」


完璧な盾。

いかにも、こいつらしい緻密で論理的な作戦だ。

これなら、本番でシステムが暴走する心配はない。

安定した最高のパフォーマンスを、観客に見せることができるだろう。


「……そして、プランBだ」

要は一度言葉を切ると、少しだけ楽しそうな、悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「プランB。『混沌との共演』」

「混沌との、共演?」

私が聞き返す。

「そうだ。リハーサルの時のように、奴らの妨害工作を拒絶するのではなく全て受け入れる。そして、その妨害さえも演出の一部としてリアルタイムで我々の物語に取り込み続ける。もはや、どこまでが脚本でどこからがハプニングなのか誰にもわからない。観客だけでなく、演じている我々自身でさえも結末が予測不能な、完全な即興劇を創り出す」


そのあまりにも無謀で刺激的な提案に、観測室は再び静まり返った。

プランAは、確実な勝利を目指すための守りの作戦。

プランBは、勝利すらも超越した未知の領域を目指すための攻めの作戦。


「……リスクは、プランBの方が遥かに高い。下手をすれば物語が途中で完全に破綻し、ただの放送事故になる可能性もある。だが」

要は、俺をまっすぐに見た。

「成功すれば、我々は橘たちの『完璧な儀式』を遥かに凌駕する、神話の領域に触れることができるだろう。どちらを選ぶかは君が決めるんだ、星野命。このプロジェクトの、リーダーとして」


選択を、委ねられた。

私の答えは、もちろん決まっていた。

「決まってるだろう」

私は、満面の笑みで答えた。

「面白そうな方だ!」

こうして、私たちの運命はプランB、『混沌との共演』に託されることになった。


そして、星創祭当日がやってきた。

学園全体が、朝から異様な熱気に包まれている。

今日、この学園の未来が決まるのだ。

旧体制か、新体制か。

秩序か、混沌か。

その歴史的な瞬間に立ち会おうと、生徒だけでなく多くの教官や学園関係者、さらには外部の招待客までが大講堂へと詰めかけていた。


先に舞台に立ったのは、橘征四郎率いる生徒会だった。

彼らの出し物は、橘が宣言した通りまさに『荘厳な儀式』だった。

演目は、学園の創設神話をテーマにした壮大な叙事詩。

舞台装置は寸分の狂いもなく配置され、寸分の狂いもなく動く。

役者たちの演技は完璧に訓練され、一分の隙もない。

音楽はプロのオーケストラが奏でる、心を揺さぶるクラシック。

それは、美しかった。

あまりにも完璧で、荘厳で、美しい。

旧体制が築き上げてきた、秩序と伝統の最高の到達点だ。

観客は、その圧倒的な完成度の前にただ息を飲み、魅了されていた。


物語が終わった時、講堂は割れんばかりの拍手と称賛の声に包まれた。

「素晴らしい……!」

「これぞ、星見森学園だ!」

「やはり、伝統の力は偉大だな……」

多くの生徒が、その完璧な美しさの前に心を奪われていた。

革新派を名乗っていた生徒たちの中にも、明らかに動揺の色が広がっている。

「……すごい。私たち、勝てるのかな……」

これから始まる自分たちの舞台の準備をしながら、舞台袖でその光景を見ていた詩織が不安そうな声を漏らした。

他のメンバーたちも、言葉を失っていた。

橘たちの舞台は、それほどまでに圧倒的だったのだ。


「どうした、みんな。もう終わりか?」

私は、混沌の女王の衣装を身に纏いながら仲間たちの顔をぐるりと見回した。

「最高のライバルじゃないか。あんなにすごいものを見せられた後で、私たちの舞台に立てるなんて、最高にわくわくするだろう?」

私の言葉に、みんなの顔に少しだけいつもの光が戻った。

そうだ。

私たちは、完璧なものを作りに来たんじゃない。

誰も見たことがない、めちゃくちゃで予測不能な、新しい世界を創りに来たんだ。


私のイヤホンから、制御室にいる要の冷静な声が聞こえてきた。

「準備はいいか、星野。観客の期待値は最高潮だ。そして、橘のシステムへの侵入もすでに始まっている」

私は、舞台の幕が上がるその向こう側を見た。

眩い光と、何千人もの観客の期待と不安が渦巻く巨大な気配。

私は、マイクを握りしめ不敵に笑った。


「当たり前だ、参謀」

私はイヤホンに向かって答える。

「始めようぜ。私たちの、最高に面白い革命ごっこを」

舞台の幕が、ゆっくりと上がっていく。

眩いスポットライトが、私を照らし出す。

地鳴りのような大歓声が、私の全身を包み込んだ。

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