第18話
◆視点:星野 命
生徒会との代理戦争が決まってから、学園の空気は一変した。
これまでの混沌とした熱狂は、二つの大きな流れへと収束し始める。
私たちの『新生評議会』が掲げる「自由と創造」を支持する革新派。
そして、橘生徒会長率いる『生徒会』が掲げる「秩序と伝統」を支持する保守派。
学園の至る所で、生徒たちが自分たちの未来について真剣に語り合う姿が見られるようになった。
それは、これまでのように星命図に示された未来をただ受け入れるだけの議論ではない。
どんな未来を自分たちの手で創り上げていくべきか、という能動的で熱い議論だった。
「面白いことになってきたじゃないか」
私は、そんな学園の様子を観測室の窓から眺めながら呟いた。
私たちの起こした革命は、ただの破壊ではなかった。
それは、生徒一人ひとりが自分の未来の当事者になるための、産みの苦しみだったのだ。
「さて、諸君! 私たちの出し物について、本格的に作戦会議を始めるぞ!」
私が円卓を囲むメンバーに向かってそう言うと、全員が待ってましたとばかりに顔を上げた。
一番最初に口火を切ったのは詩織だ。
「やっぱり、私は私が書いた物語を、演劇として発表したいな。新しい時代の、新しい希望の物語を」
彼女はそう言うと、一冊のノートをテーブルの上に置いた。
表紙には、『白紙の地図を広げて』と、彼女らしい少しだけ照れくさそうな文字で書かれている。
「いいじゃないか! 最高のタイトルだ!」
私がそう言うと、月島が身を乗り出してきた。
「その演劇で使う小道具とか舞台装置とか、私が全部作ってやるよ! 例えば、物語のクライマックスで主人公が希望の光を見つけるシーンがあるなら、その光を虹色に輝く特殊な結晶で作るとか! 私の『物質同定』の力を使えば、誰も見たことがないような不思議な物質を作り出せる!」
月島のアイデアに、日野も続いた。
「そ、それなら僕が音響を担当します! ただの音楽や効果音だけじゃなくて、会場全体がまるで物語の世界になったみたいに感じられるような、特別な音響空間を作ってみせます! 僕の『音響定位』の力で、壁や天井、床、あらゆる場所から囁き声や風の音、遠くの足音なんかが聞こえてくるようにできるはずです!」
日野の言葉に、これまで黙って腕を組んでいた風間が、ふんと鼻を鳴らした。
「なるほどな。視覚と聴覚で、観客を物語の世界に引きずり込む、か。……なら、俺は、その仕上げを担当してやる」
風間は、冷めた目をしながらも、その口元には楽しそうな笑みが浮かんでいた。
「俺の『記憶再現』の力を使えば、観客の脳に直接イメージを送り込むことができる。例えば、物語の主人公が見ている風景や感じている感情。それを映像として、観客の記憶の中に断片的に再生させる。そうすれば、ただの観劇じゃなく、物語の『体験』になるだろう」
詩織の物語を、月島が物質化し、日野が音で包み込み、風間が記憶に刻み込む。
私たち『イレギュラーズ』の、はぐれ者の才能が、一つの目的のために完璧に組み合わさろうとしていた。
これだけでも、生徒会の連中が作るであろう古臭い演劇には絶対に負けないだろう。
だが、私はそれだけでは満足できなかった。
どうせやるなら、誰も想像したことがないような、全く新しいものをこの世界に創り出したい。
「……なあ、みんな。ただの演劇じゃ、つまらないと思わないか?」
私の言葉に、それまで盛り上がっていた四人が、きょとんとした顔でこちらを見た。
「どういうことだ、星野? これ以上に面白い演劇なんてないと思うが」
風間が、訝しげに尋ねる。
「だから、演劇じゃないんだよ! これは、観客が自分自身で物語を創り出す、全く新しいエンターテイメントだ!」
私はテーブルの上に身を乗り出し、熱っぽく語り始めた。
「演劇の途中で、物語がいくつかの選択肢に分岐するんだ。例えば、『主人公は、右の道へ行くべきか、左の道へ行くべきか』とか、『目の前の敵と、戦うべきか、それとも対話で解決すべきか』とか。そして、その選択を観客全員の投票で決める!」
「観客の投票で!?」
詩織が、驚きの声を上げる。
「そうだ! 観客はただの傍観者じゃない。物語の未来を決める参加者になるんだ! みんなの選択によって、物語の展開がリアルタイムで変わり、結末も毎回違うものになる!」
私の壮大なアイデアに、観測室は再び静まり返った。
日野と詩織は、あんぐりと口を開けている。月島は、目を丸くして何やら面白そうに考え込んでいる。風間は、「無茶苦茶だ」とでも言いたげな顔でこめかみを押さえていた。
そして、最後に、要。
彼は、腕を組んだまま、静かに私の言葉を聞いていた。
◆視点:天沢 要
星野命のアイデアは、いつものことながら常識の範疇を遥かに超えていた。
観客参加型の、インタラクティブな演劇。結末が毎回変わる物語。
非現実的だ。あまりにも、無茶苦茶だ。
「……馬鹿なことを言うな。そんなもの、どうやって実現するつもりだ。観客全員の意思をリアルタイムで集計し、それを舞台上の役者の演技や、装置、音響、映像に即座に反映させるなど、物理的に不可能だ」
俺は、冷静にその計画の欠点を指摘した。
技術的なハードルが高すぎる。準備にかかる時間も労力も膨大になるだろう。
何より、物語の品質を一定に保つことができない。観客の選択次第では、支離滅裂でつまらない結末になる可能性だってある。
リスクが、あまりにも大きすぎた。
だが、星野は俺の正論にも全く怯まなかった。
「不可能かどうかは、やってみなければわからないだろう、参謀。あんたのその優秀な頭脳は、不可能を可能にするためにあるんじゃないのか?」
彼女は、挑戦的な目で俺をまっすぐに見ていた。
その瞳の奥には、何の疑いもない絶対的な確信の光が宿っていた。
この女は、本気でこの荒唐無稽な計画が成功すると信じている。
俺は、大きく息を吐いた。
そして、頭の中で高速で思考を巡らせ始める。
不可能だ。だが、もし仮に実現できたとしたら?
それは、間違いなくこの学園の、いや、世界の誰も見たことがない革命的なエンターテイメントになるだろう。
旧体制の価値観を根底から覆す、圧倒的な破壊力を持つ切り札に。
……面白い。
そのリスクを冒す価値は、あるかもしれない。
俺は、観測室の隅に置いてあった巨大な白板を、円卓の中心まで引きずってきた。
そして、一本のマーカーを手に取り、無言で複雑な図を描き始めた。
「……要?」
星野が、訝しげに俺の名前を呼ぶ。
俺は、振り返らずに答えた。
「不可能を、可能にするための、設計図だ」
俺の頭の中では、すでにそのための完璧なシステムが構築され始めていた。
学園の中央管理ネットワーク。
そして、俺たちが新たな管理者となった、占星盤の膨大な演算能力。
それらを完全に掌握し、連動させることができれば。
「観客には個人の端末から直接投票してもらう。投票結果は即座に中央システムで集計。その結果に基づき、舞台裏の複数のシナリオパターンの中から最適なものを自動で選択する」
俺は、白板にシステムの構成図を猛烈な勢いで書き出していく。
「選択されたシナリオは、即座に舞台上の役者が装着する小型のイヤホンに、台詞と指示として送信される。同時に、月島が作る舞台装置、日野が制御する音響システム、そして風間が操作する記憶投影装置。それら全ての動きを、ミリ秒単位で完全に同期させる」
俺の言葉に、最初は呆然としていたメンバーたちの顔が、次第に驚愕と、そして興奮の色に変わっていくのが背中で感じられた。
「……できるのか、天沢。本当に、そんなことが……」
風間の、かすかに震える声が聞こえた。
「できる。いや、やってみせる」
俺は、振り返り、彼らを、そして星野命をまっすぐに見た。
「これは、もはやただの演劇ではない。俺たちの全ての能力を結集して創り上げる、一つの巨大な『世界創造システム』だ。プロジェクト名は、『ジェネシス』としよう」
俺の宣言に、観測室は再び静まり返った。
だが、それは先ほどまでの戸惑いの沈黙ではなかった。
これから始まる、とてつもない挑戦を前にした、武者震いのような心地よい緊張感に満ちた静寂だった。
俺は、再び白板に向き直った。
やるべきことは山積みだ。
まずは、詩織が書いた物語を分岐するシナリオへと再構築する必要がある。
それから役者の選定、舞台設計。そして、何よりもこの巨大なシステムをゼロから作り上げなければならない。
俺は、白板に大きな文字で最初のタスクを書き出した。
『脚本会議、開始』。
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