第17話
◆視点:星野 命
私の部屋の空気は、招かれざる客の登場によって一瞬で凍りついた。
目の前に立つのは、生徒会の腕章をつけた三人組。中心にいる男、生徒会長の橘征四郎は、値踏みするような冷たい目つきで私を見下ろしている。彼の後ろに立つ二人の取り巻きも、同じように険しい表情だ。
私の背後では、詩織が小さな悲鳴を押し殺し、怯えた子犬のように震えている。無理もない。この男たちから放たれる圧力は尋常ではなかった。
「君が星野命だな。少し話がある」
橘の低く、よく通る声が静かな部屋に響いた。
「君と天沢要の独断によって、この星見森学園の伝統と秩序は今、崩壊の危機に瀕している。我々生徒会は、君たちの革命ごっこを断じて認めるわけにはいかない」
革命ごっこ、ね。ずいぶんな言い草だ。
だが、その言葉に腹は立たない。むしろ予想通りの反応に、私の口元には自然と笑みが浮かんだ。
「それで? 生徒会長様がわざわざこんな一年生の部屋まで何の用だ? 私に説教でもしに来たのか?」
私は腕を組み、挑発するように言い返した。
私の不遜な態度に、橘の後ろにいた男の一人の眉がぴくりと動いたが、橘自身は表情を一切変えない。
「説教ではない。要求だ。君たちが引き起こした愚かな騒動を即刻中止し、占星盤を旧体制に戻すよう、学園長に働きかけてもらいたい」
「断る」
私は間髪入れずに答えた。
「なぜだ。星命図という絶対的な指針を失った生徒たちが、どれだけ混乱し、不安に思っているか君にはわからないのか。あれは個人の才能を最大限に引き出し、最も幸福な未来へと導くための、学園創設以来の偉大な仕組みだった。それを破壊した君たちの罪は重い」
彼の言葉は、どこまでも正しく、論理的に聞こえる。
だが、その正しさは古い世界の正しさに過ぎない。
「あんたたちの言う秩序ってのは、ただの窮屈な檻だ。未来を一つに決めつけられて、本当にやりたいことを諦めなきゃいけないのが、正しい道だって本気で言っているのか?」
「秩序なくして自由はない。無限の可能性があるなどという耳障りのいい言葉は、結局のところ、何の指針も持たない者たちを無責任に荒野へ放り出すのと同じことだ。彼らは道に迷い、途方に暮れ、やがて自分の無力さに絶望するだろう。我々が守ってきた秩序は、彼らをそうした不幸から守るためのものだった」
彼の言葉には確固たる信念が感じられた。
こいつは、ただの頭の固い優等生じゃない。本気で自分の正義を信じている。
面白い。だからこそ、叩き潰す価値がある。
私がさらに反論しようとした、その時だった。
私の後ろで震えていた詩織が、おずおずと一歩前に出た。
「……そ、それは、違います」
小さな、しかし凛とした声だった。
橘たちの視線が、一斉に詩織へと注がれる。
「私は……私はずっと、星命図に示された『物語の紡ぎ手』という役割に縛られていました。みんなが期待するような、王道で面白い物語を書かなければいけないって。でも、本当はもっと違う、私だけの物語が書きたかった……。それを、命ちゃんが気づかせてくれたんです」
詩織は震えながらも、必死に言葉を紡ぐ。
「未来が見えなくなるのは、怖いことかもしれません。でも、自分の好きな未来を自分で選べるっていうのは、もっと、ずっと、素敵なことだと思います! だから、私は、命ちゃんたちが作ってくれた、この新しい世界の方が好きです!」
詩織の、魂からの叫び。
その言葉は、橘の完璧な論理に、小さくも確実な亀裂を入れたようだった。
彼の表情が初めてわずかに揺らいだのを、私は見逃さなかった。
「……なるほど。君のような生徒もいる、ということか」
橘は詩織から私へと視線を戻し、少しだけ何かを考えるように黙り込む。
そして、やがて意外な言葉を口にした。
「……わかった。ならば、言葉で議論を続けても平行線を辿るだけだろう。どちらのやり方が、より多くの生徒たちにとって有益なのか。それを証明する場を設けようじゃないか」
「証明する場?」
「そうだ。君たちが開催しようとしている、新生星創祭。その舞台で、我々生徒会チームと、君たち新生評議会チームが、それぞれ『旧体制の価値観』と『新体制の価値観』を体現する出し物で競い合う」
橘は、冷たい瞳の奥に闘志の炎を燃やしながら言った。
「そして、全校生徒による投票で、より多くの支持を集めた方が、今後の学園運営の主導権を握る。どうだね? この『代理戦争』、受けて立つ勇気は、あるかな?」
代理戦争。面白いじゃないか。
私が望んでいた展開、そのものだ。
「いいだろう! 受けて立ってやる! あんたたちのその古臭い価値観が、私たちの新しい時代の熱狂の前にいかに無力か、思い知らせてやる!」
私は、満面の笑みで彼の挑戦を受け入れた。
「……交渉成立だな。では、楽しみにしているよ。星野命」
橘はそう言うと、私に背を向けた。
彼らが部屋から出ていくと、場の緊張の糸がぷつりと切れたように、詩織がへなへなと座り込む。
「こ、怖かった……。私、とんでもないこと、言っちゃった……」
「最高だったぞ、詩織! あんた、すごくかっこよかった!」
私は彼女の手を引いて立ち上がらせると、その背中を力強く叩いた。
そして、私は窓の外に広がる学園を見下ろす。
新しい時代の幕開けを告げる、最高のお祭りが始まろうとしていた。
「詩織、行くぞ! 観測室に! あの参謀殿に、最高のニュースを報告してやらなくちゃな!」
私は詩織の腕を掴むと、部屋を飛び出した。
◆視点:天沢 要
観測室の白板は、俺が書き出した新生星創祭の運営計画でびっしりと埋め尽くされていた。
日野と月島、風間は、それぞれの役割分担について具体的なアイデアを出し合っている。
この混沌とした状況を、新たな秩序へと導くための設計図は、着実に完成に近づいていた。
その時、観測室の扉が勢いよく開かれた。
息を切らして飛び込んできたのは、もちろん星野命と、彼女に引きずられるようにしてやってきた鈴原だった。
「大変だ、要! 面白いことになったぞ!」
星野は、興奮を隠しきれない様子で、先ほどの生徒会長、橘征四郎とのやり取りを一気にまくし立てた。
代理戦争。星創祭の舞台での、旧体制と新体制の全面対決。
「……なるほどな」
俺は、彼女の話を聞き終えると、腕を組んで静かに頷いた。
「どうだ、要! 面白くなってきただろう! あいつら、正面から叩き潰してやる!」
「落ち着け、星野。事はそう単純ではない」
俺は手元の端末を操作し、学園のデータベースからある情報を引き出した。
生徒会長、橘征四郎。星命図、『法の守護者』。
そして、彼が率いる生徒会の役員たちのデータ。
『絶対なる盾』の異名を持つ、守備戦術の天才。
『神の旋律』と謳われる、音楽の才能を持つ者。
『百年の記憶』と称される、学園の歴史の全てを暗記している生き字引のような男。
「……なんだ、こいつら。結構、すごい奴らじゃないか」
俺が映し出したデータを見て、風間が面白くなさそうに呟いた。
「その通りだ。橘征四郎という男は、君が思うような、ただの頭の固い保守派ではない。彼は極めて優秀で、計画的だ。そして何より、彼には『秩序の回復』という大義名分がある」
俺は、白板に向き直るとマーカーを手に取った。
「奴の狙いはこうだ。星創祭という公式の場で、俺たちの『混沌』と、自分たちの『秩序』を対比させてみせる。そして、現状に不安を覚えている大多数の生徒たちに、『やはり、旧体制の方が安定していて、安心できる』と思わせ、彼らの支持を一気に集めるつもりだ」
俺は、二つの対立軸を白板に書き出した。
「これは、単なる出し物の出来を競う戦いではない。学園の未来のイデオロギー闘争だ。甘く見れば、俺たちは足元をすくわれるぞ」
俺の分析に、観測室の空気は先ほどまでの和やかな雰囲気から一変し、ぴりりとした緊張感に包まれた。
だが、その緊張を打ち破る者がいた。
「……僕、やります!」
声を上げたのは、意外にも日野だった。
彼は、いつもよりずっと大きな声で、はっきりと宣言する。
「僕、この勝負、絶対に勝ちたいです! 星野さんが作ってくれたこの新しい世界が、僕みたいな人間でも胸を張って生きていける場所なんだって、証明したいです! だから、僕のこの力、全部使ってください!」
日野の勇気ある言葉に、他のメンバーも次々と続いた。
「いいねえ。旧体制の連中が、どんなつまらないものを見せてくれるのか楽しみになってきた。私の最高の技術で、彼らの常識を原子レベルで粉々にしてやるよ」
月島は、目をきらきらと輝かせている。
「ふん。せいぜい、退屈させないでほしいもんだぜ。俺が本気を出す価値があるような、面白いものを見せてくれるんだろうな、生徒会長さんよ」
風間も、不敵な笑みを浮かべていた。
「私も……! 私も、戦います! 私の物語で、新しい時代の、新しい夢の形をみんなに伝えます!」
詩織も、もう怯えてはいなかった。
そして、最後に星野命。
彼女は、仲間たちの決意を満足そうに見渡すと、俺に向かってにやりと笑った。
「だってさ、参謀。みんなやる気満々だ。あんたも、最高の作戦を立ててくれるんだろうな?」
俺は、大きくため息をついた。
だが、その口元には自分でも気づかないうちに笑みが浮かんでいた。
「……当然だ。俺の計画に、敗北の二文字はない」
俺は、マーカーを強く握りしめた。
白板の上に、俺たちの勝利へと至る完璧な設計図を描き出すために。
チーム『イレギュラーズ』改め、『新生評議会』。
俺たちの、本当の戦いが今、始まる。
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