第12話
光の通路を抜けた先は、学園中枢タワーの最上階。巨大な占星盤の真下に位置する円形の中枢制御室だった。
部屋の中央には天まで届きそうな巨大な水晶の柱が鎮座している。あれが占星盤の中枢装置。仕組みの中核だ。
床は全面が強化ガラスになっており、その下には銀河のように無数の光点を明滅させる占星盤の本体が広がっている。だが、今はその輝きが不気味な赤い光に侵食され、低く重い唸りを上げていた。
室内には私たちの担任教官や古代紋様学の老教官、そしてこの学園の最高責任者である初老の学園長が数人の技術者らしき者たちと共に、操作盤を前に呆然と立ち尽くしていた。
「き、君たちは、いったいどこから……!? いや、それよりも、この占星盤の異常事態は何なのだね!」
学園長が秘密の通路から現れた私たちを見て、驚愕の声を上げた。
「説明は後だ。まずはあれを黙らせるのが先だろう」
私は床の下で暴れ狂う占星盤を顎でしゃくった。
私の言葉を引き継ぐように、天沢要が学園長を静かに、しかし有無を言わせぬ迫力で押し退けながら、主操作盤へと向かった。
「ダメだ、完全に制御不能。外部から正体不明の強力なエネルギー干渉を受けている。おそらく、その発生源は地下の……」
要はそこまで言って口をつぐんだ。
だが、学園長はその言葉を聞き逃さなかった。
「地下だと!? まさか、『失われた星』のことかね! なぜ、君たちがその名を……あれはおとぎ話の中の伝説のはず……!」
学園長が狼狽える。どうやら彼もその存在だけは知っていたらしい。
「残念ながら、伝説じゃなかった。そして、私たち『イレギュラーズ』がさっき叩き起こしてやったところだ」
私が胸を張ってそう言うと、周りにいた教官たちが一斉に色めき立った。
「な、なんと、無謀なことを!」
「だから、占星盤がこんなことに……!」
やかましい外野の声を黙らせるように、私は部屋中に響き渡る声で宣言した。
「そうだ。だから、この大騒ぎを収められるのも私たちだけだ!」
その瞬間、私の頭の中にアキラとルナの声が直接響いた。
『その通りだ、我が娘よ。占星盤の中心核に直接君たちの意識を繋ぐのだ』
『北極星の資質を持つ者が、仕組みの新たな骨格を支えなさい。そして、白紙の者がその骨格に無限の新たな可能性を描き出すのです』
「要、聞こえたか?」
「ああ。やるべきことは理解した」
私と要は目配せを交わすと、制御室の中央にそびえ立つ巨大な水晶の柱――占星盤の中枢装置へと向かい合って立った。
「日野、風間、月島!」
私が振り返って三人の名前を呼ぶ。
「あんたたちは外の状況を正確に把握しろ。混乱している生徒たちの情報を可能な限り集めるんだ。そして、それをここにいる教官たちに即時に伝えろ。二次被害を絶対に防ぐんだぞ!」
「は、はい、指導者!」
「了解だ」
「任せといて!」
三人は私の指示に力強く頷くと、それぞれの能力を最大限に活用するため散開した。日野は壁に耳を当て学園中の悲鳴や騒乱の音を聞き分け始める。風間は教官の一人の肩に手を置き、学内通信の記憶を読み取り始めた。月島は操作盤に不正侵入し、各所に設置された監視装置の情報を抜き出し始めた。
彼らもまた、この短い期間ではぐれ者の集まりから、一つの機能する仲間へと大きく成長していた。
「行くぞ、天沢」
「ああ」
私と要は覚悟を決め、中枢装置の冷たく滑らかな表面に同時に手を触れた。
◆視点:天沢 要
中枢装置に手が触れた瞬間。俺の意識は肉体という窮屈な器から解き放たれ、光の激しい奔流の中へと引きずり込まれていった。
ここが占星盤の精神世界。
見渡す限り無数の星々――生徒たち一人ひとりの運命の輝きが広がっている。だが、その美しいはずの星空は今、断末魔の悲鳴を上げながら次々と砕け散り、混沌の闇へと堕ちていく地獄絵図と化していた。
これが仕組みの暴走。全ての秩序が失われ、意味をなくした情報だけが破壊的なエネルギーとなって渦巻いている。このままでは仕組みは不可逆的な損傷を負い、完全に崩壊するだろう。二度と元の美しい星空に戻ることはない。
「しっかりしろ、天沢! あんたがこのぐちゃぐちゃの世界の骨組みを立て直すんじゃなかったのか!」
混沌の渦の中で声がした。隣を見ると、星野の眩いほどの光を放つ意識体が浮いていた。彼女はこの世界の終わりのような光景を前にしても全く怯むことなく、むしろその瞳を挑戦的に輝かせている。
そうだ。俺の役目は秩序の再構築。俺は星見アキラの遺志を継ぐ者。俺自身の意識がこの世界の新たな法則となるのだ。
俺は目を閉じ、意識を集中させた。そして、強く念じた。
砕け散った星々の欠片よ、再びあるべき場所へと還れ、と。
俺の意識は無数の白銀の光の糸となり、混沌と渦巻く情報空間に寸分の狂いもない、正確で美しい新たな格子を描き出していく。崩壊した世界の土台を一から作り直す途方もない作業だ。
だが、これだけでは足りない。これではただ以前と同じ過ちを繰り返すだけだ。一つの正解だけが存在する固定化された未来に戻ってしまう。
「そこから先は私の出番だな!」
星野の意識体が一際強く輝いた。そして、彼女は俺が作り上げた白銀の格子の隙間を埋めるように、虹色の光を放ち始めた。
それは一つの決まった未来ではなかった。
無限の可能性。無数の選択肢。そして、その全てを肯定する絶対的な光。
ある生徒の星命図には『治癒師』として大成する未来だけでなく、故郷に帰り小さな花屋を営む、『音楽家』として世界中を旅する、『冒険家』となって未知の大陸を目指す、といういくつもの輝かしい未来が同時に示される。
また、別の生徒の星命図には『為政者』として頂点を極める未来と、愛する家族と食卓を囲む名もなき市民として静かに暮らすという、全く別の幸せの形が優しく示される。
これが彼女の『白紙』の真の力。運命を一つに定めず、全ての生き方を、全ての可能性を祝福し、肯定する力。
俺が築き上げた強固で美しく、だがどこか冷たく柔軟性のなかった『秩序』という白黒の世界。その世界に彼女が『自由』という無限の色彩を与えていく。
破壊ではない。これは革命だ。いや、それ以上の全く新しい世界の『創造』だ。
俺の秩序と彼女の混沌。俺の論理と彼女の直感。
その全てが混じり合い、溶け合い、俺たちの意識は完全に一つになっていった。かつて星見アキラと月詠ルナがそうであったように。
占星盤の狂ったような暴走が少しずつ鎮まっていくのが肌で感じられた。
だが、まだ終わりではなかった。
俺たちの意識が創造した新たな星空のさらに奥深く。仕組みの最深層に何か巨大な『拒絶』の意思が冷たく澱んでいるのを感じた。
それは星見アキラが最愛のルナを失った深い絶望から生み出してしまった、仕組みの哀しい『歪み』。未来を完璧に固定化してでも二度と愛する者を失うという悲劇を繰り返したくないという、彼の強すぎる負の感情の塊だった。
この仕組みの最後の番人。創設者の哀しき亡霊を解放しなければ、俺たちの本当の革命は終わらない。
俺と星野の融合した意識は、光の奔流のさらに暗く冷たい深淵へとゆっくりと引き寄せられていった。
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