第6話
◆視点:星野 命
こうして、私、星野命が率いる、はぐれ者たちのチーム『イレギュラーズ』が結成された。メンバーは、極度の人見知り『音響定位』の日野陽太、マイペースな探究者『物質同定』の月島静、そして皮肉屋で協調性ゼロの『記憶再現』風間隼人。
まさに、前途多難という言葉がぴったりの船出だった。
最初のチームミーティングは、学園のはずれにある、今は使われていない古い観測室で行われた。天沢要が「ここなら誰にも邪魔されん」と、ご丁寧に手配してくれた場所だ。
円卓を囲んで座ったものの、そこにチームらしい一体感は皆無だった。日野は、椅子の半分くらいしか腰掛けず、今にも逃げ出しそうな勢いで俯いている。月島は、持参した謎の鉱石をルーペで熱心に観察していて、こちらの話を聞いているのかいないのか。風間は、窓の外を眺めながら、腕を組んで、あからさまに退屈そうな態度だ。
「……さて、諸君」
私が咳払いをして、無理やりリーダーらしく振る舞おうとした。
「我々は、星創祭で優勝する。そのための作戦会議を始める」
私の宣言に、反応は三者三様だった。日野はびくりと肩を揺らし、月島は鉱石から一瞬だけ目を離して「へえ」と呟き、風間は鼻で笑った。
「作戦、ねえ。寄せ集めの俺たちに、何ができるってんだ?」
風間の言葉は、この場の空気を的確に表していた。
「何でもできる。あんたたちの力は、単体では評価されてこなかったかもしれないが、組み合わせれば、学園の誰も見たことがないような、とんでもないことが起こせる。私には、その未来が見える」
「未来、か。あんたのその根拠のない自信は、どこから湧いてくるんだか」
「根拠なら、これから作ればいいだろう。まずは、互いの力を理解することからだ。日野、あんたの『音響定位』は、どこまで聞こえる? 月島、あんたの『物質同定』で、分析できないものはあるのか? 風間、あんたの『記憶再現』に、何か制約は?」
私が矢継ぎ早に質問を投げかけるが、三人の反応は鈍い。日野はもごもごと何か言っているが、声が小さすぎて聞き取れない。月島は「さあ? やってみないとわかんない」と興味なさげだ。風間に至っては、完全に無視している。
これは、思った以上に手強い。私のいつもの「とにかくやれ」というやり方では、このバラバラの集団を一つにまとめることはできそうになかった。彼らは、私に引っ張られるのを待っているわけではない。それぞれが、強すぎる個性の持ち主だった。
私が頭を抱えていると、観測室の扉がゆっくりと開いた。そこに立っていたのは、もちろん、天沢要だった。
「やはり、烏合の衆だな。予想通りの惨状だ」
彼は、室内の様子を一瞥するなり、ため息をついた。
「うるさい、参謀。あんたは黙って見ていろと言ったはずだ」
「君がリーダーとして機能不全に陥っている以上、参謀として助言するのは当然の責務だ。君たちには、まず、チームとして行動することがどういうことか、体で覚えてもらう必要がある」
要はそう言うと、一枚のカードをテーブルの上に置いた。
「簡単な訓練だ。この観測室のある旧校舎エリアに、特殊な音波を発信する装置を三つ、隠した。日野の力でそれらを探し出し、月島が装置の表面に塗布された特殊な物質を特定し、風間が、装置を設置した用務員から『設置場所の記憶』を読み取る。三つの情報を統合し、四つ目の、最後の装置の場所を突き止めろ。制限時間は、一時間だ」
それは、まさに彼らの能力を使うことを前提とした、実践的な課題だった。
「面白い。やってやろうじゃないか」
私が言うと、風間が「なんで俺たちが、あんたの作ったゲームに付き合わなきゃならないんだ」と、反発した。
「ゲームではない。君たちの力を、客観的に評価するためのテストだ。もし、この程度の課題もクリアできないようなら、星創祭で優勝するなど、夢のまた夢だな」
要の挑発するような言葉に、風間の眉がぴくりと動いた。月島も、特殊な物質と聞いて、少し興味が湧いたようだった。
「……いいだろう。やってやるよ。ただし、これで俺たちの力が証明されたら、あんたは二度と俺たちの前に現れるな」
風間がそう言うと、私たちは早速、旧校舎の探索を開始した。
しかし、結果は、要の言った通り、惨状だった。
日野は、人通りのある廊下に出るのを怖がり、なかなか観測室から動こうとしない。月島は、興味のあるものを見つけると、すぐにそちらに気を取られて、目的を忘れてしまう。そして、風間は「用務員を探すのが面倒だ」と言って、非協力的な態度を崩さなかった。
私たちは、互いに連携することなく、バラバラに行動し、時間だけが過ぎていった。
「もうやめだ! やってられるか!」
最初に音を上げたのは、風間だった。
「こいつらは、やる気もなければ、能力もない。こんなチーム、時間の無駄だ」
彼の言葉に、日野はますます縮こまり、月島は「えー、これから面白くなりそうだったのに」と、空気を読まない発言をする。
チームは、早くも空中分解寸前だった。
私は、強い苛立ちと、そして、初めて感じる無力感に襲われていた。私の行動力も、直感も、このバラバラな個性の前では、何の意味もなさない。リーダーとは、ただ先頭を走るだけではダメなのか。
私は、初めて、本気で彼らと向き合わなければならないと悟った。
その夜、私は一人ずつ、彼らの元を訪れた。まずは、寮の自室に引きこもっている日野の部屋のドアを、ためらいなく開けた。
「な、な、なんでいるんですか、星野さん!」
「話がある。あんたは、なぜそんなに人を怖がる?」
私の直接的な問いに、彼は狼狽えた。
「それは……。僕の耳が、人の声に含まれる、嘘とか、悪意とかを、感じ取ってしまうから……。みんな、口では優しいことを言っていても、心の中では、僕のことを見下したり、馬鹿にしたりしているのが、わかっちゃうんです……。それが、怖くて……」
彼の告白は、衝撃的だった。彼の能力は、ただ音を聞くだけではなかったのだ。
「そうか。だが、日野。私の声からは、何が聞こえる?」
私は、彼の目をまっすぐに見つめた。彼は、おそるおそる、私の顔を見た。
「……星野さんの声は……。まっすぐで、何も混ざってなくて……。ただ、すごく大きな音がする……。星が、爆発するみたいな……」
「そうか。なら、私の声だけを信じろ。私が、あんたを馬鹿にしたり、見下したりすることは、絶対にない。あんたの力は、本物だ」
彼は、ぽろぽろと涙をこぼし始めた。
次に、夜中の実験室にいた月島に会った。
「あんたは、なぜそんなに、物事の成り立ちにこだわるんだ?」
「……知りたいから、としか言えないな。世界が、どういうルールでできているのか。それを、この手で確かめたい。星命図なんて、曖昧なものじゃなくて、もっと確かな、物質的な法則で、すべてを理解したいんだ」
「いいだろう。星創祭で優勝すれば、あんたは、もっと自由に研究できるだけの設備と予算を手に入れられる。私が、その環境を用意してやる」
「……本気で言ってる?」
「私は、言ったことは必ず実行する」
彼女は、私の目をじっと見つめ、やがて、ふっと笑った。
「あんた、面白いね。気に入ったよ」
最後に、屋上で一人、星を眺めていた風間を見つけた。
「あんたは、なぜ、他人のために力を使いたがらない?」
「……言っただろ。気味が悪いからだ。他人の記憶なんて、覗きたくもない。それに、真実を知ったところで、何かが変わるわけでもない。世界は、どうせくだらないままだ」
「本当にそう思うか? あんたは、くだらない世界が変わる瞬間を、本当は見たいんじゃないのか? だから、いつもここで、何かを待っているように、空を眺めている」
私の言葉に、彼はぎくりとしたように、体を強張らせた。
「私と一緒に来い、風間。私が、あんたのその退屈を、終わらせてやる。あんたが、心の底から『面白い』と思えるような、世界の変わる瞬間を、見せてやる」
彼は、何も言わなかった。だが、その冷めた瞳の奥に、ほんのわずかな、期待のような光が灯ったのを、私は見逃さなかった。
◆視点:天沢 要
俺は、自室のモニターで、旧校舎に設置した監視装置の映像を見ていた。
チーム『イレギュラーズ』の最初の訓練は、俺の予測通り、完全な失敗に終わった。彼らの個性は、あまりにも鋭く、今のままでは、互いを傷つけ合うだけだ。
だが、これも計算のうちだ。一度、徹底的に失敗させることで、彼らに自分たちの未熟さを自覚させる必要があった。
問題は、ここからだ。星野命が、この状況をどう立て直すか。
俺の予測では、彼女は、その持ち前の強引さで、無理やり彼らを従わせようとするだろう。だが、それは、最悪の選択だ。彼らは、力で押さえつけられれば、必ず反発する。
しかし、モニターに映し出された彼女の行動は、俺の予測を、またしても裏切った。
彼女は、一人ひとりと、対話した。それも、小手先の説得ではない。相手の心の最も深い部分に、まっすぐに踏み込んでいくような、危険な対話だ。
日野のトラウマを、彼女は正面から受け止めた。
月島の渇望に、彼女は具体的な未来を提示した。
そして、風間の諦観の裏にある、本当の願いを、彼女は暴き出した。
論理的ではない。あまりにも、感覚的で、危うい。だが、その言葉には、人の心を根底から揺さぶる、不思議な力があった。
俺は、自分の計画書に目を落とす。そこには、彼らの能力を最大限に活用するための、緻密な連携パターンが、いくつも書き込まれている。俺の計画は、完璧だ。だが、それは、彼らが、ただの駒として、完璧に機能することが前提だ。
星野命がやっていることは、違う。彼女は、駒に、魂を吹き込もうとしている。
それは、俺の計画を、より強固なものにするかもしれない。あるいは、俺の制御を離れ、全く予測不能な方向へと暴走させるかもしれない。
面白い。
俺は、モニターの中で、風間と対峙する星野命の姿を見ながら、そう呟いていた。
彼女は、俺が作った盤面の上で、俺の想像を超えるような、新しいゲームを始めようとしている。
『プロジェクト・ポラリス』。
この計画の主導権を握っているのは、俺だ。その事実は、揺るがない。
だが、この計画が、どこに行き着くのか。それは、もはや、俺の計算だけでは、予測できなくなりつつあった。
そして、その予測不能性こそが、俺の心を、今、強く惹きつけているのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます