第4話
◆視点:星野 命
地下の秘密空間からどうやって脱出するか。目の前には本物の占星盤が鎮座し、私たちは学園の根幹を揺るgasu真実を知ってしまった。隣では、完璧な優等生であるはずの天沢要が、いまだ混乱から抜け出せずにいる。詩織は腰が抜けたのか、その場にへたり込んだままだ。
「さて、どうしたものか」
私が腕を組んで言うと、要が我に返ったようにこちらを睨んだ。
「どうしたものか、ではないだろう。君が引き起こした事態だ。責任を取って出口を探せ」
「人聞きの悪いことを言うな。あんたも共犯者だろう、天沢要。それに、出口ならもう見当はついている」
私はそう言うと、再び占星盤に近づいた。この巨大な水晶は、ただの装置ではない。意思のようなものを感じる。私が『鍵』であるならば、この『錠前』が応えないはずがない。
私はそっと占星盤の表面に手を触れた。ひんやりとしているが、その奥で温かい脈動を感じる。
「道を示せ。私たちは、ここから出て、やるべきことをやらなければならない」
私の言葉に呼応するように、占星盤がひときわ強く輝いた。そして、先ほど隠し階段が現れた場所とは正反対の壁に向かって、再び光の筋が伸びる。
「またか……。君のその力は、本当に規格外だな」
要が呆れたように呟いた。
光が指し示した壁には、何もない。だが、私はもう迷わない。壁に手を当て、強く念じる。
「開け」
ゴゴゴ、と重い音を立てて、壁の一部が横にスライドした。その先には、またしても通路が続いている。ただし、今度は上へと向かう緩やかな坂道だ。
「ほらな。案ずるより産むが易し、だ」
私は得意げに言った。
「君の場合は、産む前に事を起こしすぎだ。もう少し計画性というものをだな……」
「ぶつぶつうるさい。行くぞ」
私は要の小言を無視して、詩織の腕を引っ張り、新しい通路へと足を踏み出した。
通路は、思ったよりも長くはなかった。やがて、古びた木製の扉に行き着く。取っ手を回すと、ぎい、と軋む音を立てて、あっさりと開いた。
扉の向こうに広がっていたのは、鬱蒼と茂る木々だった。どうやら、学園の敷地内にある森の、普段は誰も立ち入らないような場所に出たらしい。禁書庫の警報音も、ここまでは聞こえてこない。
「なんとか、脱出できたみたいだね……」
詩織が、ほっと安堵のため息をついた。
「ああ。だが、問題はこれからだ」
要が、厳しい表情で私を見た。
「今日、我々が知ったことは、絶対に他言無用だ。システムの根幹に関わるこの秘密が漏れれば、学園は大混乱に陥る」
「わかっている。私とて、無駄な騒ぎを起こしたいわけではない」
「君の存在そのものが、騒ぎの元凶だがな」
要はため息をつきつつも、話を続けた。
「『白紙』が運命を書き換える『鍵』である以上、君にはその力を証明する責務がある。ただ闇雲に騒ぎを起こすだけでは、何も変わらない。具体的な成果を示し、周囲に認めさせる必要がある」
「それは、私が最初から言っていることだ。私のやり方で、『北-極-星』になって、システムに認めさせてやる」
「だから、そのやり方に計画性がないと言っている。君のその暴走機関のような行動力は、正しいベクトルに向けなければ、ただの破壊にしかならない。俺が、君を制御し、導く」
「誰があんたの指図なんか受けるか。私は私の道を行く」
「ならば、俺は俺のやり方で、君が進むべき道を舗装し、障害物を排除し、最終的には俺の望むゴールへと誘導するまでだ」
私たちは、森の中で再び睨み合った。こいつとは、やはり根本的に相容れない。だが、目指す場所が同じである以上、今は協力するしかない。いや、こいつは協力というより、私を利用しようとしているだけか。面白い。利用できるものなら、してみるがいい。
「とりあえず、今日のところは解散だ。詩織、寮に戻るぞ」
私は要に背を向け、詩織と共に森を抜けた。寮への帰り道、詩織はずっと黙り込んでいたが、部屋に着くなり、堰を切ったように話し始めた。
「命ちゃん、どうしよう……。私たち、とんでもないことを知っちゃったよ……。命ちゃんが、運命を書き換える『鍵』だなんて……」
「どうもしない。やることは変わらない。私が『北-極-星』になる。そのための、強力な裏付けが手に入っただけだ」
私はベッドに腰掛け、あっけらかんと言った。
「でも、天沢くんが言ってたことも、わかる気がする。ただすごい力を持ってるだけじゃ、みんな認めてくれないよ。何か、具体的な結果を見せないと」
詩織の言う通りだ。これまでは、ただ反発し、騒ぎを起こしてきただけ。だが、『鍵』としての自覚が芽生えた今、次の段階に進むべきだ。私の力を、誰もが認めざるを得ない形で、示さなければならない。
そのための、最初の舞台はどこにするか。
私は、教室の机の中に突っ込んであった学園の年間行事予定表を引っ張り出した。ページをめくっていくと、一つの項目に目が留まった。
『星創祭(せいそうさい)』
年に一度、全学年、全専門課程の生徒が参加して行われる、学園最大のイベント。各々が一年間の研究成果や、自身の星命図の力を披露し、その優劣を競い合う。そして、この星創祭で最も優れた成果を上げた生徒には、莫大な評価ポイントと、次代の『北-極-星』候補としての推薦資格が与えられる。
「……これだ」
私の口から、笑みがこぼれた。
これ以上の舞台はない。学園中の生徒と教官が見守る中で、この私が、圧倒的な力を見せつければいい。そうすれば、誰も私のことを『白紙の落ちこぼれ』などとは言えなくなる。
「詩織、決めたぞ。私は、この星創祭で優勝する」
「ゆ、優勝って……。星創祭は、基本的にチームで参加するものだよ? それも、同じ専門課程の生徒同士で組むのが普通で……。『白紙』の命ちゃんは、どこのチームにも入れないんじゃ……」
詩織が、またしても常識的な心配をする。
「チームがないなら、作ればいい。一人でもいい。どんな手を使っても、私が頂点に立つ。これが、私の革命の第二章だ」
私は窓の外の星空を見上げた。あの日、天沢要に叩きつけた宣戦布告。彼の完璧な世界をひっくり返してやると言った、あの言葉。今、それが現実になろうとしている。
見ていろ、天沢要。そして、この学園のすべて。この星野命が、白紙の運命に、最も輝かしい伝説を刻み込む瞬間を。
◆視点:天沢 要
自室に戻った俺は、今日の出来事を整理し、思考を巡らせていた。
星野命。彼女は、俺の計画における最大の不確定要素であり、同時に、必要不可欠な切り札だ。
『白紙』の真実。システムが自ら用意した、自己変革のためのプログラム。俺が守るべきだと信じていた秩序は、実は、書き換えられることを前提としていた。だとしたら、俺の役目は、旧時代の番人ではない。新時代の設計者だ。
そして、その設計図を実現するための鍵が、星野命。
彼女の直感と行動力は、常識の枠を軽々と超えていく。それは、既存のシステムを破壊するほどの力を秘めている。だが、彼女一人では、ただの破壊者で終わるだろう。その力を、建設的な方向へと導く、理性と計画性が必要だ。
その役目は、俺が担う。
俺は端末を操作し、学園のデータベースにアクセスした。もちろん、正規の手段だ。主席である俺には、一般生徒よりも広範な情報へのアクセス権が与えられている。
俺が調べていたのは、星野命のこれまでの学内での行動記録。そして、来る『星創祭』の過去のデータだ。
案の定、彼女は基礎教養以外の専門課程の授業に、聴講という形で片っ端から顔を突っ込み、小規模な騒動をいくつも起こしていた。彼女なりに、自分の可能性を模索しているのだろう。だが、その行動はあまりにも場当たり的で、非効率だ。
そして、星創祭。過去の優勝チームのデータを見ると、ある共通点があった。それは、星命図の組み合わせによる、高い相乗効果だ。『革新者』と『設計者』、『治癒師』と『分析官』。それぞれの才能が、互いを補い、高め合うことで、一人の天才を凌駕する成果を生み出してきた。
星野命は『白紙』だ。彼女と相乗効果を生み出す星命図など、データ上には存在しない。詩織の言う通り、普通に考えれば、彼女がチームを組むことすら困難だろう。
だが、そこにこそ、付け入る隙がある。
既存の枠組みで評価されない者。システムから、こぼれ落ちた者。そういう生徒は、星野命以外にも存在するはずだ。
俺は、検索条件を切り替えた。全生徒の星命図データの中から、「特殊」「希少」「連携不適合」といったタグを持つ者をリストアップしていく。
『音響定位(エコーロケーション)』。音の反響で空間を認識する力だが、視覚が正常な者には無用の長物とされている。
『物質同定(マテリアルアナライズ)』。触れた物質の組成を正確に分析できるが、応用範囲が狭すぎると評価されている。
『記憶再現(メモリーダイブ)』。他人が見た光景を、映像として再生できるが、プライバシーの問題から、使用が厳しく制限されている。
次々と、面白い才能がリストアップされていく。どれも、単体では使い道が限られるが、組み合わせ次第では、とんでもない化学反応を起こす可能性を秘めている。
これだ。これこそが、星野命が率いるべきチーム。
システムの予測を超える、規格外の才能を集めた、イレギュラーズ。
彼女なら、その直感で、彼らの才能の本当の価値を見抜き、引き出すことができるだろう。そして、俺が、その化学反応を制御し、勝利へと導く方程式を組み立てる。
俺は、リストを完成させると、静かに口元を綻ばせた。
星野命。君が星創祭という舞台に上がることは、俺の計算通りだ。だが、君が一人で無謀な戦いを挑むことは許さない。君には、俺が用意した最高の駒と共に、最高の舞台で、最高の革命を演じてもらう。
これは、俺たちの革命だ。そして、その主導権は、俺が握る。
俺は端末に、一つの計画書を作成し始めた。タイトルは、『プロジェクト・ポラリス』。
白紙の少女を、真の北極星へと押し上げるための、完璧な設計図だ。
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