【第八話】「吹雪の先に、廃城あり」

北方街道を外れて二日目。

 吹雪は休むことなく降り続き、視界は常に白に閉ざされていた。

 冷気は骨の髄まで染み込み、ルナの頬は赤く染まっている。


「……ゼファード、正直に言うけど、寒い」

「分かってる。次の山陰まで行ったら休む」

「あと五歩で氷像になるからね」


 冗談めかして言う彼女の声は、吹雪にすぐ飲み込まれた。



---



 俺たちが目指すのは、エルデ辺境領の廃城――《フィエルガン城》。

 五十年前に領主一族が全滅し、今は雪に埋もれた廃墟となっている。

 だが、第一王子の潜伏先としては絶好の条件だ。

 人目はなく、周囲は深い雪原と断崖で囲まれている。


「それにしても……廃城に潜伏って、昔話みたいね」

「昔話じゃない。こういう場所は、人間の目から消えるにはうってつけだ」



---



 昼過ぎ、吹雪が一瞬やむ。

 白い靄の向こうに、黒い影が浮かび上がった。

 それは崩れた城壁と半壊した塔。

 雪原に孤立して聳える廃城――フィエルガン城だ。


 ルナが目を細めて呟く。

「……あの塔、灯りが見える」

 俺も確認した。確かに三階部分の窓から微かな光が漏れている。

 廃墟に灯り――誰かがいる証拠だ。



---



 だが、あの位置まで正面から行くのは危険すぎる。

 城の周囲は見通しがよく、雪上の足跡は丸見えになる。

 俺たちは迂回し、断崖側から回り込むことにした。


「吹雪が強まったら移動開始する」

「え? 普通は吹雪が弱まったときに動くんじゃ……」

「強風なら足跡も、俺たちの影も消える」


 ルナは小さく笑った。

「やっぱり魔王軍仕込みね」



---



 準備を整え、吹雪が再び強まるのを待つ。

 その間にも、遠くから金属がぶつかる音が聞こえてきた。

 廃城の中で、何かが起きている――。


「……おそらく、第一王子だけじゃないな」

「どういう意味?」

「中に、もう一つの勢力がいる」


 吹雪が再び荒れ始めた。

 俺たちはフードを深くかぶり、雪嵐の中へと足を踏み入れた。


---



 吹雪の中、断崖沿いの狭い道を慎重に進む。

 足を踏み外せば、下は白く霞む谷底だ。

 ルナが何度も足を滑らせ、そのたびに俺が腕を引いた。


「……あんた、意外と手が冷たい」

「そりゃ雪の中だ。氷よりマシだろ」

「はいはい、助けてくれてありがとう」


 冗談を交えつつも、全神経は前方に集中していた。



---



 城壁の裏手に辿り着くと、崩れた部分から内部に侵入できそうだった。

 雪に埋もれた瓦礫を慎重に越え、冷たい石造りの廊下に足を踏み入れる。

 吹雪の音が遠ざかり、代わりに城内の静寂が耳を満たす。


 ……静かすぎる。

 外から見えた灯りがあるはずなのに、人の声も物音もしない。


「妙ね……廃墟なのに埃が少ない」

「ああ。最近、人が出入りしてる証拠だ」



---



 奥へ進むと、二階への階段が見えた。

 そこからわずかに暖かい空気が降りてくる。

 人が火を焚いている――確信に変わった。


 俺とルナは目配せし、足音を消して階段を上がる。

 三階の廊下を進んだ先、灯りの漏れる扉の前で足を止めた。


「中に二人……いや、一人か」

「一人?」

「ああ。もう一人は……死んでいる」



---



 ゆっくりと扉を押し開ける。

 暖炉の炎が赤く揺れ、その手前に一人の影が腰掛けていた。

 黒髪の青年――だがその顔は、死んだはずの第一王子レオンハルトに瓜二つ。


「……ようやく来たか、ゼファード」

 落ち着いた声。敵意も焦りもない。

 その足元には、鎧を着た男の死体が転がっていた。王国近衛兵だ。


「どういうことだ。お前が暗殺を命じたんじゃないのか」

 青年はわずかに笑みを浮かべ、首を横に振る。


「俺は……第一王子ではない。だが、あの方の影として生きてきた」

 次の瞬間、背後の窓ガラスが粉々に砕け、冷たい風が吹き込んだ。



---



 そこから飛び込んできたのは――黒き追跡者。

 短剣を構え、真っ直ぐに俺へ突進してくる。


「話は後だ、ゼファード! ここで死ね!」

 俺は咄嗟に剣を抜き、刃と刃が交わる。火花が散る。


 ルナが魔術を詠唱しようとするが、黒き追跡者は信じられない速度で距離を詰め、彼女の腕を掴んだ。


「ルナッ!」

 雪嵐の音と共に、廃城の中で再び死闘が始まった――。


【第八話・完】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る