【第八話】「吹雪の先に、廃城あり」
北方街道を外れて二日目。
吹雪は休むことなく降り続き、視界は常に白に閉ざされていた。
冷気は骨の髄まで染み込み、ルナの頬は赤く染まっている。
「……ゼファード、正直に言うけど、寒い」
「分かってる。次の山陰まで行ったら休む」
「あと五歩で氷像になるからね」
冗談めかして言う彼女の声は、吹雪にすぐ飲み込まれた。
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◆
俺たちが目指すのは、エルデ辺境領の廃城――《フィエルガン城》。
五十年前に領主一族が全滅し、今は雪に埋もれた廃墟となっている。
だが、第一王子の潜伏先としては絶好の条件だ。
人目はなく、周囲は深い雪原と断崖で囲まれている。
「それにしても……廃城に潜伏って、昔話みたいね」
「昔話じゃない。こういう場所は、人間の目から消えるにはうってつけだ」
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◆
昼過ぎ、吹雪が一瞬やむ。
白い靄の向こうに、黒い影が浮かび上がった。
それは崩れた城壁と半壊した塔。
雪原に孤立して聳える廃城――フィエルガン城だ。
ルナが目を細めて呟く。
「……あの塔、灯りが見える」
俺も確認した。確かに三階部分の窓から微かな光が漏れている。
廃墟に灯り――誰かがいる証拠だ。
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だが、あの位置まで正面から行くのは危険すぎる。
城の周囲は見通しがよく、雪上の足跡は丸見えになる。
俺たちは迂回し、断崖側から回り込むことにした。
「吹雪が強まったら移動開始する」
「え? 普通は吹雪が弱まったときに動くんじゃ……」
「強風なら足跡も、俺たちの影も消える」
ルナは小さく笑った。
「やっぱり魔王軍仕込みね」
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準備を整え、吹雪が再び強まるのを待つ。
その間にも、遠くから金属がぶつかる音が聞こえてきた。
廃城の中で、何かが起きている――。
「……おそらく、第一王子だけじゃないな」
「どういう意味?」
「中に、もう一つの勢力がいる」
吹雪が再び荒れ始めた。
俺たちはフードを深くかぶり、雪嵐の中へと足を踏み入れた。
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◆
吹雪の中、断崖沿いの狭い道を慎重に進む。
足を踏み外せば、下は白く霞む谷底だ。
ルナが何度も足を滑らせ、そのたびに俺が腕を引いた。
「……あんた、意外と手が冷たい」
「そりゃ雪の中だ。氷よりマシだろ」
「はいはい、助けてくれてありがとう」
冗談を交えつつも、全神経は前方に集中していた。
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◆
城壁の裏手に辿り着くと、崩れた部分から内部に侵入できそうだった。
雪に埋もれた瓦礫を慎重に越え、冷たい石造りの廊下に足を踏み入れる。
吹雪の音が遠ざかり、代わりに城内の静寂が耳を満たす。
……静かすぎる。
外から見えた灯りがあるはずなのに、人の声も物音もしない。
「妙ね……廃墟なのに埃が少ない」
「ああ。最近、人が出入りしてる証拠だ」
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◆
奥へ進むと、二階への階段が見えた。
そこからわずかに暖かい空気が降りてくる。
人が火を焚いている――確信に変わった。
俺とルナは目配せし、足音を消して階段を上がる。
三階の廊下を進んだ先、灯りの漏れる扉の前で足を止めた。
「中に二人……いや、一人か」
「一人?」
「ああ。もう一人は……死んでいる」
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◆
ゆっくりと扉を押し開ける。
暖炉の炎が赤く揺れ、その手前に一人の影が腰掛けていた。
黒髪の青年――だがその顔は、死んだはずの第一王子レオンハルトに瓜二つ。
「……ようやく来たか、ゼファード」
落ち着いた声。敵意も焦りもない。
その足元には、鎧を着た男の死体が転がっていた。王国近衛兵だ。
「どういうことだ。お前が暗殺を命じたんじゃないのか」
青年はわずかに笑みを浮かべ、首を横に振る。
「俺は……第一王子ではない。だが、あの方の影として生きてきた」
次の瞬間、背後の窓ガラスが粉々に砕け、冷たい風が吹き込んだ。
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そこから飛び込んできたのは――黒き追跡者。
短剣を構え、真っ直ぐに俺へ突進してくる。
「話は後だ、ゼファード! ここで死ね!」
俺は咄嗟に剣を抜き、刃と刃が交わる。火花が散る。
ルナが魔術を詠唱しようとするが、黒き追跡者は信じられない速度で距離を詰め、彼女の腕を掴んだ。
「ルナッ!」
雪嵐の音と共に、廃城の中で再び死闘が始まった――。
【第八話・完】
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