第3話「勇者、魔王のトイレ中に突撃」
――人間界、ガレ村。
穏やかな風が吹き抜ける、のどかな田舎の集落である。
今日は月に一度の「異種族友好交流会」が開催されており、村の広場には人間と魔族が一緒になって焼きとうもろこしを焼いたり、的当てゲームで競ったりしている。
そんな、ピースフルな空気の中――
「……あれ?」
ラズヴァルドは、トイレに向かう途中、ふと気配に気づいて足を止めた。
「なんか……嫌な気配がするんだが……」
イヤな記憶が脳裏をよぎる。
剣の音。風を裂く斬撃。
名乗る前に飛んでくる閃光。
まさか――ここに来るはずが……
「いえいえ、まさかね、こんな平和な村に……」
魔王は気を取り直し、公衆トイレの扉を開けた。
※※※
「……魔王を見たって? この村で?」
広場の隅で、勇者フェリクスは野菜串を頬張りながら、村の子どもたちからの情報を得ていた。
「うん! なんか、角のあるおじさんが“お手洗いどこかな”って言ってた!」
「その特徴は完全に魔王だな!」
フェリクスは串を口から外すと、即座に立ち上がった。
「よし、今度こそ真正面から斬る前に、背後から斬る!」
「それは卑怯なんじゃ……」と隣でぼやく巫女エルノアを無視して、彼は走り出した。
――目指すは、村のトイレ!
※※※
「ふう……平和だ……」
トイレの個室内、ラズヴァルドは便座に座りながら、ほっと一息ついていた。
ようやく勇者から逃れた時間、ようやく誰にも斬られない空間。
そう、トイレこそ魔王にとっての真の聖域――
「……静けさって、素晴らしい」
魔王はポケットから小さな文庫本を取り出した。
タイトルは『いまどき魔族のスローライフ』。
そのとき――
バアアアアアアアン!!!!
「いたぞ魔王ォォォォ!!」
「ぎゃあああああああああああああああああ!!?」
ドアが爆破され、便座に座ったままの魔王が、ものすごい勢いで吹っ飛ばされた。
パンツずり下がり状態で、空中を一回転。書きかけの文庫本が、宙に虚しく舞う。
「やっと見つけたぞ、魔王……今回は先手を打ったッ!」
「便所で先手ってなんだその武士道ォォォォ!!!」
魔王はどうにかパンツを引き上げ、ズボンを上げ、壁に背中を打ちつけながら立ち上がった。
「ど、どこまで俺の尊厳を奪えば気が済むんだお前は……!」
「魔王に尊厳は不要ッ!」
「お前、平和の象徴とかじゃなかったのか!?」
「俺は、“魔王を倒す象徴”だ!」
「ねじ曲がってるよ勇者思想ォォォ!」
魔王が叫ぶと、やや遅れてリリアとエルノアが現れた。
二人の視線が――「パンツを半分引き上げた状態の魔王」と「剣を構えた勇者」のカオスに突き刺さる。
「……これは……誤解を招きそうな状況ですね」
「リリア、今から説明しようにももう無理な気がする」
「魔王様、せめてベルトを締めてから抗議を」
「もうね、トイレで勇者が突撃してくる時点で人としてどうかと思うよ俺……」
エルノアがやや控えめに口を開く。
「あの、フェリクス……さすがにこれは、ちょっと……やりすぎでは……?」
「いや、今回は完璧だった。魔王が油断したスキを突いた。勝率100%のタイミングだった」
「いや、お腹痛くて戦う気ゼロだっただけなんですけど!?」
ラズヴァルドは完全に脱力した。
もう、どうしてこの世界はこうも“対話”を拒むのか。
自分が便器に座るたび、世界の理が崩れるのはなぜなのか。
「リリア、もうこれ、ほんとに俺辞めていいかな……」
「今日のはむしろ“辞めたくなる事例ベスト5”に入りますね……」
「いや、トップ3には食い込むな……」
その日、魔王は尊厳の全てをトイレに流された。
⸻
(つづく)
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