『倒されるのはいいけど、せめて話を聞いてくれ勇者よ』
てぃらみす
第1話「勇者、話を聞かずに斬りかかる」
カツン、カツン、カツン――。
石畳の廊下に、金属の足音が響く。赤い絨毯が敷かれた広間へとまっすぐに伸びるその足取りは、まるで己の勝利を疑わぬ者のそれだった。
重厚な扉がギィィと開かれ、ついに彼は現れた。
「ふはははは! 見つけたぞ、魔王ラズヴァルド!」
「え、もう来たの……?」
玉座に座っていた魔王ラズヴァルドは、盛大にため息をついた。
手にはマグカップ、足にはふわふわのスリッパ。片手で湯気立つ紅茶を飲みながら、肩肘ついたまま勇者の登場を眺める様は、どこか疲れきっていた。
「お前を倒せば、世界に平和が訪れる! 覚悟!」
「待て、落ち着け、話を――」
「問答無用ッ!!」
ズバァァァァァン!!
すでに遅かった。勇者フェリクスの剣が、空気を裂いて魔王の眉間を真っ二つに――見えるようで見えないスレスレをかすめていた。
そのとき、魔王の手元の紅茶がぴちゃりと跳ね、スリッパに垂れた。
「……うわ、熱っ」
「ちょ、ちょっと、魔王様!? 紅茶を片手に迎え撃つなんて、やる気あるんですか!?」
慌てて駆け寄ってきたのは、魔王軍の参謀リリア。美しい銀髪を揺らしながら、完全装備の勇者と対峙するこの状況に、誰よりもヒヤヒヤしている様子だった。
「やる気はあるよ。毎回ちゃんと倒されてるし」
「それはやる気とは言いません!」
だが、そんな二人の言い合いも勇者には届かない。
「……ふう、倒したか」
フェリクスは勝手に満足げな顔で剣を納めた。
「いや、だから倒してないし。紅茶しかこぼれてないし」
魔王は立ち上がり、肩にかかった灰色のローブを軽く払った。勇者の斬撃を受けても、傷一つない。
「むむ……? なぜだ……!?」
「そりゃあ、紅茶は物理攻撃に弱いからな」
「紅茶の話じゃないッ!」
勇者が再び剣を抜く。が、魔王はそれを手のひらで制した。
「ちょっと待て。お前、毎回来ては即斬りかかってくるけど、少しはこっちの話を聞こうという気はないのか?」
「話すことなどない! 魔王は倒される運命だ!」
「それを今、変えようとしてるんだけど?」
「変わるわけがない! なぜなら俺は……勇者だからな!」
なんだその理屈は。名前に職業が含まれてるやつ全員、思考停止してる説あるな。
魔王は頭を抱えた。
「……フェリクス、だったよな。お前、俺を倒して何回目だっけ?」
「三百四十一回目だ!」
「そのうち話を聞いた回数は?」
「ゼロだ!」
「誇るな!」
「誇ってなどいない! 俺は正義を貫いているだけだ!」
「正義はもうちょっと耳を傾けてくれる生き物だと信じてたわ……」
ラズヴァルドは紅茶の代わりに、今度はペットボトルの麦茶を開けて一口すすった。
「おい、麦茶に逃げるな!」
「お前と話すより麦茶の方が反応いいからな……」
すると、奥から再びリリアがやって来た。
「魔王様、次の勇者襲来予定、今月あと三回ありますので、今日こそは初手での会話成立を狙っていきましょう」
「狙ってはいるんだよ。いつも、ね?」
ラズヴァルドは勇者に向き直る。
「フェリクス、君がここに来るたび、城の外壁は半壊し、魔界経済は2%後退してる。今日も君が城門を蹴破ったせいで、石職人のアランが泣いてたよ」
「……石職人?」
「彼、ようやく婚約者との新生活資金が貯まった矢先だったらしくてな。君が蹴破った門、実は彼の自主制作だったんだ。彫刻入りで」
「そ、それは……すまない」
「謝る気あるのかお前……!」
魔王は思わず立ち上がった。
「よし、じゃあ今日は初めての“話し合い”をしてみよう。君が斬りかかってこなければ、私は何もしない」
「……話し合い、か……」
勇者は剣を収めた。
魔王とリリアが息を飲む。
ついに――ついにこの日が来たのか……!
世界が変わる――その第一歩が、今!
「よし、まずは名乗ろう! 我が名は――」
ズバァァァァァァン!!!
「ぎゃああああああああああ!!! 言い終わる前にやっぱり斬られたぁぁぁぁぁぁ!!!!」
魔王は再び玉座から吹き飛ばされ、壁にめり込んだ。
がらん、とスリッパが床に転がる。
リリアが静かに拾い、勇者をにらんだ。
「……せめて、名乗りくらいさせてあげてもよかったのでは?」
「名乗らせたら負ける気がするので」
「なにその武士道、いらないからッ!」
こうして――
本日、三百四十一回目の「話しかけようとしたが斬られた魔王」の記録が、また一つ更新されたのだった。
⸻
(つづく)
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