あふるる超能力、無色の拒絶領域 ~世界を染める七色~

シラカバ

第001話 『秘密がないのに、超能力はある』

 まず言い訳させてほしい。


 いや、ほんとに。

 ちゃんと聞いてほしい。


 俺はただ、普通に登校してただけなんだ。


 なんにもしてない。

 曲がり角で肩ぶつけたとか、他人ひとの女に手ぇ出したとかもない。


 …………なのに。


「どうして目の前で、アスファルトに人が突き刺さってんだか………」


 真夏の陽射しが、駅前ロータリーに容赦なく降り注ぐ。

 そのど真ん中で、顔面からアスファルトに突き刺さった男を見下ろす。


 背中は弓なり、脚は空へ。

 ───通称『爆腕ばくわんの塚本先輩』が見事なシャチホコになっていた。


「先輩、週三でこのポーズはもはや芸術っすよ」


 俺、白井しらい てる。高校一年生。

 学校では『ヤバい秘密を抱えてそうな男ランキング』不動の一位だ。


 理由?知らんよ。こっちが知りたいわ。

 普通に授業受けて、メシ食って、寝てるだけだぞ。


 ………でもまあ、わかるっちゃわかる。


 中学生くらいになると、『秘密が超能力になる』ってのが常識でさ。


 人間誰しも、生きてりゃひとつやふたつ、秘密にしてることくらいあるもんで。

 その重さとか質によって、能力の内容や強さが決まるらしい。


 なのに俺には、これといった秘密がない。

 でも、能力はある。


 俺の能力は、相手の能力を無効化すること。

 熱も、衝撃も、催眠も。

 ぜんぶ効かない。


 だから、能力頼みの相手ほど派手に空振りして、勝手に自滅していく。


 そのせいで、とんでもなくヤバい秘密を持ってるって、勝手に目をつけられてるわけだ。


「とはいえ、道歩いてるだけで喧嘩売られる筋合いはねぇよな……」


 今朝もそうだ。

 「てめぇの秘密をこの拳で暴く!」って叫びながら、勝手にバトル仕掛けてきて、勝手に負けて、地面にめり込んでんの、誰だっけ?


 ────お前だよ、塚本。


 息をひとつ長く吐いて、地面にめり込んだ塚本先輩に手を合わせる。合掌。

 植え込みの影から、猫が「ニャー」と鳴いた。たぶん観客だ。

 その目つきが「またやってるな」って言ってる気がしてならない。


「負傷者数、1名。状態、気絶。精神的ダメージ、多め。よし、撤収」


 制服の泥をはたきながら通学路に復帰。

 駅前ロータリーを抜けて、すぐ先の桜橋のタイルを踏みしめる。


 視界いっぱいの空に、陽炎が揺れていた。

 灼熱の路面が、足の裏から体力を削っていく。


「くそ……こんなんで一日耐えろとか、夏ってのは傲慢なやつだよな……」


 額の汗をぬぐいながら、ぼやいた瞬間───


「おっはよ〜せんぱ〜い♪ 今朝も派手にキメてるねぇ?」


 聞き慣れた声が背後から飛んでくる。

 明るさ八割、煽り二割の絶妙ブレンドだ。


 振り返る前に、ふわっと甘い香りが風に乗って鼻をかすめた。


「うわ、出た。ピンク色の不審者」


 振り向いた先にいたのは、ピンクベージュのボブに、レースのショールをひらつかせた制服女子。

 片手でノートを抱え、目元はキラッキラ。


 まるでスクープを狙う記者みたいなテンションで、俺を見上げていた。


 宵町よいまち あかり

 お嬢様校の中等部三年生にして、自称『うわさ係』。


 とにかく、やたらと顔が広い。

 強面のヤンキーから読書好きの文学少女、さらには職員室の怖い先生まで、なぜか老若男女問わず誰とでもすぐ仲良くなる。


 この街では知らないやつがいないっていう、ちょっとした有名人。


 初対面から「やぁっほー元気〜?」とか言ってくる奴、どう思う?

 俺は思った。「なんだこいつ」って。


 そっけなくあしらったつもりだったんだけどな。


 なぜかそれがツボだったらしく、それ以降しょっちゅう絡んでくるようになった。

 気づけば、普通に世間話をする間柄だ。


「爆腕の塚本、またも爆沈!って、うわさ流していい?」

「また、を付けるな。また、を」

「え〜? だぁって三回目じゃん今週。 それに、いっつも見事に負けてるし?」


 宵町はノートにあっけらかんとメモを書き込む。

 俺の戦績をまとめてんのか?……いや、やめろよほんとに。


「……なぁ。俺はただ通学路を歩いてただけで──」

「うんうん、わかるよ。でもね、塚本さんが言ってた」

「…………なんて?」


 嫌な予感しかしない。


「アブねぇ事件ヤマに現れては、その中心にいる。絶対、あいつには何かあるって」

「だからそれは……あー…先輩の妄想が暴走してるだけで──」

「いやぁ、わたしも思ってるけど?」

「お前もかよッ!?」


 言い返す気力もなくなって、ため息だけが漏れる。


 歩き出した俺の横に、タタタッと軽い足音。

 スカートをひらめかせて、噂好きのピンク頭が並ぶ。


 ちらっとこっちを見て、意味ありげに笑った。


「でもさぁ、せんぱい。みんな不思議がってるよ?」


 そう言いながら、宵町は俺の半歩前を歩く。

 軽く振り返ってくる目が、妙に得意げ。


「なんであの人、トンデモ能力なのに、えぐい秘密持ってる気配無いのって」

「それは………たまたま無いだけだっての」

「たまたまって言うけどさー。『十三歳から十五歳で、秘密が超能力になる』って、常識でしょ?だから教育特区があるわけで~」


 ………まあ、確かにそうだ。


 この国じゃ、中高生は超能力の覚醒に合わせて、全国の「教育特区」へ放り込まれるのが普通だ。

 で、俺たちの街もそのひとつ。


 桜橋の親柱に『東京都教育特区』の真新しい銘板。

 その下に、スローガン『未来を担う若者のための教育都市』。


 実際は、火種を抱えた思春期を囲う箱庭だ。


 宵町の足が、ぴたりと止まる。

 俺も、つられて立ち止まった。


 桜橋を渡る潮風が通り抜けていく。

 運河の向こう、ビル群が朝日で鈍く光る。


 美しいはずの街が、ほんのわずかに、不穏に見えた。


「ねえ、本当に無いの? 誰にも言えないこと」


 声のトーンは冗談っぽいのに、瞳はやけに真っ直ぐだった。

 好奇心なのか、本気の問いかけなのか……。


 どっちにしても、こっちの心を揺らしてくる。


「………………………………………」

「秘密、って。たとえばさ、家族のこととか、昔のこととか……好きな人のこととか」

「………いや、なんで隠してる前提で聞いてんだよ?」

「だぁってせんぱい、顔がもう絶対なんかあるって言ってるし」

「なんだよその偏見まみれの顔認識!?」

「うーん、……ラスボス手前で秘密を打ち明けて裏切りそうな顔?」

「RPGか!!」


 ……とまあ、こんな感じで。


 俺のまわりは、俺を謎めいたやつとして扱うやつばっかだ。

 みんな勝手に、何か抱えてるに違いないと決めつけてくる。


 秘密なんか抱えたって、どうせ気疲れするだけだろ。


 だから、本当に何も持ってない。

 むしろ、能力があるのがおかしいってのに。


「……で? 今朝もネタ漁り中?」

「うん。っていうか、最近ね、情報が多すぎて困ってるの」

「多すぎるって?」

「変な事件、増えてるんだよね。なんかこう、ニュースにはならないけど、生徒の間で噂になってるやつ」


 宵町は手元のノートを数ページめくり、俺に向ける。

 そこには、ざっと見ただけでも──


 ≫ 寮の敷地内で不審者目撃

 ≫ 実験棟近くで深夜に人影が徘徊

 ≫ 若洲の地下鉄構内でわいせつ未遂事件

 ≫ 新興宗教『アレ』の施設が特区の隣にできた件

 ≫ 実は去年、何人か行方不明になってる


 ……うん。盛りだくさんだな。


 どれも断片的で、直接のつながりはなさそうなのに、不自然なくらい似た雰囲気をまとっていた。


 じわじわと広がる不気味さ。

 火種があちこちに転がっているような感覚だ。


 その中で、ひとつ妙に引っかかった。


「これ、特区の隣にできた宗教施設って、あれだよな。最近ニュースになってた──」

「うん、終末教団。通称『アレ』」

「言い方」

「だって名前が物騒なんだもん。終末だよ、しゅーまつ。週末セールのノリじゃ済まないやつ」


 宵町は唇を尖らせて、人差し指で空中をくるりとなぞる。


「いや怖いわ。そんなノリで呼んでいい相手じゃねえだろ……」

「それはそうかも。『アレの施設の前通ったら、いきなり勧誘された』とか、『笑ってんのに目がまっっったく笑ってなかった』とか。そういうの、よく聞くし」

「………ホラーかよ」


 冗談のやり取りのはずなのに、嫌な感覚が残った。

 宵町が言葉にした『アレ』という二文字が、頭の奥でこびりついて離れない。

 ほんの冗談混じりの噂話なのに。


「でさ、こういう話が最近じわじわ増えてきてる。直接の被害までいかなくても、危なかったってやつ、いっぱい聞く」

「言われてみれば、そういう噂、やたら耳にするような……」

「でしょ?」


 その瞬間だけ、宵町の目が、わずかに鋭くなった。

 瞳の奥に、ふだんは見えない切っ先のような光が宿っている。


「この街って、風紀委員連合センチネル認定超能力者機構ギルドもあるから安心って思われがちでしょ? でもね、気を付けていても防げないナニカが増えてるって、最近言われ始めてるの」


 言い終えた彼女の横顔には、わずかに影が落ちていた。

 まるで本当に、何かを見てきたかのように。


「おいおい、不穏なこと言うなよ……」

「うわさ係の仕事だもーん。真実とデマの境界線に立つのが役割だからねー」


 宵町が、ちょこんと舌を出して笑う。

 それだけで張りつめた空気がちょっとだけ、ゆるんだ。


「自称、な」


 苦笑いだけして口をつぐむ。

 気づけば、視線はノートに釘づけになっていた。

 眉間にしわを寄せると、宵町がこちらを見て、わざとらしく肩をすくめる。

 そして、手元のノートをパタンと閉じた。


「ま、ぜーんぶ『うわさ』。真偽は不明、ってことで」

「そのうわさってやつが、やけに当たってんだよお前のは……」


 俺の皮肉混じりの言葉に、宵町は口角だけ上げる。

 いたずら好きの猫みたいな顔だ。

 こっちは笑えないってのに。


 通学路の雑音が少しずつ濃くなってきた。

 遠くでチャリのベルが鳴り、ちらほら他の生徒の姿も見え始めている。


「……でもまあ、そういう変な事件って、俺には縁ないだろ。どうせ俺が巻き込まれるのなんて、いつもケンカばっかだし」

「それもう、じゅうぶん変な事件に縁ある人なんじゃない?」

「いやいやいや、ステゴロ系男子に『世界の闇』とか関係ないから」

「あはっ、まぁ気をつけてねぇ。『世界の闇』のほうから、せんぱいに絡んできたら大変だしぃ?」

「やめろやめろ!! フラグっぽいこと言うな!」


 宵町は口元に笑みを浮かべたまま、すいっと先に歩き出す。

 俺も慌てて後を追いながら、ぼそっと吐き捨てた。


「マジで……そういうのは、噂のままで済んでくれよな……」


 今はまだ、笑っていられるうちに。


 見上げた空は、雲ひとつなく晴れている。

 けれどその奥で、何かがじっと、こちらを見ている気がした。

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