第2話
・・・
「僕が見に行くよ。」
「頼む。」
毎回のように呼びに行ってるからだろうか。それとも僕が一番発言してないから?
――理由はどうであれ、今日も副部長を呼びに行く。今日はどこだろう。
寂れた体育館裏。窓が割れてるグラウンド倉庫、窓が外れている体育館、クモの巣とほこりで真っ白な体育館倉庫、黒板や机に落書きされている空き教室――。
「――いない。」
黒板がの隅が割れている2-A教室、エアコンが壊れている2-B教室――ここは僕のクラスだ――、机とイスが散乱している2-C教室――。
「――見つけた。」
机とイスに囲まれるようにして泣いている彼女を発見する。
「来ないで!」
僕は思わず足を止める。
「っ――ごめん……。」
そして、反射的に謝る。
「後ろ向いて、こっち来て。」
「う、うん。」
彼女の圧力に気圧されながら近づく。コン、と足がぶつかり、彼女の近くだと考える。
「はい、これ見て。」
紙を渡される。今書いたのだろう。筆箱にシャーペンをしまう音が聞こえる。
紙には、『ロッカーからジャージを取ってきて。NoとPWはこれ。』
「ん、分かった。」
僕はなるべく急いでロッカーを探し、開ける。中に紙袋が置いてあるからそれを取る。中身はちゃんとジャージだ。
「はい。」
「ありがと。教室に誰も入ってこないように見張ってて。」
心なしか、彼女の声色が軟らかくなった気がする。僕は返事をし、教室を出てドアを閉めた。
・・・
話し合いが進まない中、沈黙が続く部室の扉が開く。
「戻ったよ。」
「「おかえり。」」
「ただいま。」
私と部長の声が重なった。副部長がようやく帰って来た――ジャージ姿で。
どうしたの、や、何かあった?などとわざわざ聞くような人間はここにいない。ただいつも通りの空気で、いつも通り時間がゆっくり進む。
「さ、話し合いを再開するか。」
「再開すると言ってかっこつけてるけど、何も話し合えてないから。」
「だけど、そろそろ決めないといけない。もう学祭まで1カ月と1週間しかないんだよ。」
「……その前に、ちょっといい?」
やけに緊張した声色で副部長が言う。
「ん。」
部長が短く答える。おそらく彼女の決意を揺るがさないためだろう。
「その……私……少しいじめられてて……えっと、助けて、くれない?」
「ん。」
「当たり前でしょ。」
「やっと言ってくれたぁ。」
三者三様に応える。
「と言ったものの、俺たちに出来ることってないんだよね。」
「ううん……帰ってこれる場所を、作り続けてくれれば良いの。」
「そっか。」
「じゃあ私は」
「何もしないで。そろそろ、なんとかなりそうだから。」
「え、うん。分かった。」
なんとかなりそうって、どういう事だろう?
結局この日も話し合いは進まず、お開きになった。
・・・
「お、一番乗りじゃん。」
俺は今日も部室に行く。部長だから、なんてつまらない理由じゃない。ここが居場所だから。校内唯一の居場所。それがこの文芸部の部室だから。
長机が向かい合わせに二台、イスが四脚、周りに本棚、その中には各自持ち込んだり部活として買ったりした本たちがずらりと並んでいる。たったこれだけしかない、淡白な部屋。この淡白さが心地良い。
適当なイスに座り、他の部員を待つ。
最初に来たのは副部長だった。
「おかえり。」
「ただいま。」
「珍しく早いね。」
「全部終わらせてきたから。」
「良かった。」
全部終わらせた、というのは、多分彼女の周りで起きていた様々なことが終わりを告げたということだろう。昨日、やっと話してくれた時には終わりを迎えていたのか。彼女に聞かない限り、事の顛末は分からないが無理に聞こうとは思わない。
次に来たのはショートカットの女の子だ。
「「おかえり」」
「ただいま〜。」
この部室は、部員全員の居場所だ。互いに気を配るが、配りすぎる事はなく、趣味や人間性の否定はしない。ある時は挨拶以外の会話をせず、またある時は読んだ小説の感想を言い合う。自由気ままに活動、和気あいあいとした部活。とても良い部活だと、自画自賛できる。
「ただいま。」
「おかえり。」
「ん。」
「揃ったね。」
眼鏡をかけた男子が来た。
計4名の小さな部活。俺たちの、小さな居場所。
「それじゃあ話し合いをしようか。」
「何か案はある?」
朗読劇の台本となる小説、そのテーマや伝えたいことをまとめなければならない。今のところ、何も案が出てきてない。
「……一つだけ。」
副部長が、手を挙げた。
「ん。」
「えっと、勇気を出せずにいる人を、励ませるような物語が良いなって。その、私、みたいな。」
「つまり、いじめをなくせるような、そんな物語が良いってこと?」
「そうかな……そうかも。あと一歩の人の背中を、押してあげたいんだ。」
「よし、テーマと伝えたいことの二つがこれで決まったね。これを軸に書いていこうか。」
「ん、りょーかい。」
全員ノートパソコンを取り出す。
「全員で一作だから共有をかけるね。」
「うん。」
「お願い。」
ようやく今日、学祭の準備を進めることができた。
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