第34話 あの歌番組への出演

治療から約8ヶ月が経った秋の終わり、主治医から『寛解』の診断が下された。完全に消えたわけではない。再発の可能性もゼロじゃない。それでも今は、成田家にとって一区切りの吉報だった。家族4人での外出は久しぶりだった。紅葉が綺麗な公園で、息子は落ち葉を集めてはしゃぎ、娘は、

「ママ、手つなごう!」

なんて珍しい事を言って微笑んだ。

星夜は、その光景を少し後ろからカメラで撮影していたが、その手は少し揺れていた。本当は泣いていたのは秘密にする事にした。

4人で一緒にお昼ご飯を食べて、公園で何の心配も無さそうに遊ぶ娘と、何も考えていない無邪気な息子を見ながら優歌が話しかけてきた。「そう言えばこの間、美縁くんから連絡もらったのよ。おめでとうって。でね、美縁くんが探り探り紅白出る気ないか聞いて見てくれない?って言ってたから、星夜は紅白出る気満々よって言っておいたから。」

それを聞いた星夜は、苦笑いをしながら混乱していた。

「何だよ、俺の許可も無しに。て言うか以前に断ってるけど?」

そう言うと、

「よし!じゃあ引き続きオファー来てたから承諾しておくって伝えといて。って美縁くんから伝言です。」

優歌は笑いながらそう言った。

この年、アルマクが遂に年末の紅白歌合戦に初出場が決定。大きな話題となるのだった。


NHKの番組プロデューサーや各担当者らが揃ったオンライン会議にて演出等の打ち合わせが終わった。順番は第2部で白組の4番目。出番としてはだいぶ後になる。そうそうたるアーティスト達が集うNHKホールだが、顔出ししない演出のアルマクは別会場での撮影となる。

星夜は、大ファンの【Aimer】に会えない事はとても残念に思っていたが、自分達が決めた事なので仕方がない。因みにこの年は、優歌が大好きな【vaundy】も出場するが、別会場での撮影らしい。このアーティスト達にもいつか会える日が来るかもしれない。それまで楽しみにしておこう。

アルマクの2人が音楽を始めてから、まもなく4年が経つ。星夜と美縁は久々に2人で『前のめり』を訪れた。大将と奥さんが笑顔で迎えてくれた。星夜はここに来るのが結構久しぶりであった。

「星夜くんはお久しぶりね!元気そうでよかった。」

注文の際に奥さんが声をかけてくれた。

「奥さん、相変わらずお肌キレイだね!いつまでも若々しいわ!」

と星夜は満面の笑みでお返しした。

星夜と美縁は今や仕事のパートナーでもある。紅白の事もあり、仕事上の打ち合わせをする機会は多いが、プライベートな話題で盛り上がるのは久しい。美縁が最近脱毛を始めた事や、星夜が【ブラッド・ピット】主演の『F1』を観て大興奮した事等、話す内容は友人同士が何気なく語る話題ばかりだった。お酒も久しぶりに飲んだ。話が盛り上がる中で、美縁が清さんのエピソードを話し始めた。SNSにわざわざ本当にコメントを入れてきてくれた事。その内容に感銘を受け、紅白に出場しようと思った事等、なんだか嬉しそうに話す美縁とその話の内容を聞いていた星夜も、だんだん紅白に出場する実感が湧いてきていた。

ここでの楽しい時間はあっという間に過ぎ、気づけば閉店して、大将と奥さんが一緒のテーブルを囲んでいる。店内には4人。この4人で話すのも遠い昔の事のように懐かしさを感じていた。

実は星夜は、以前からこの店に来ては感じている事があった。

「そう言えば前から思ってたんだけど、奥さんておれの妻になんだか雰囲気が似てるんだよね…。気のせいかな?」

そう言う星夜を意外に感じながら見つめていた美縁。大将が、

「うちのかみさん高校の同級生なんだよ。高校時代はそんなに話した事なかったんだけどな。社会人になってから久しぶりに再会して…それからはあっという間だったよな?」

と、奥さんとの馴れ初めを話してくれた。星夜は驚いたように、

「そうなの?!うちの夫婦と全く同じだね!なんだか俺たちの話を聞いてるようだったよ。」と目を丸くしていた。

「まあそう言う偶然もあるんだねえ…!」

奥さんも少し驚いたような素振りを見せた。

酒が進むと、そんな他愛もない偶然話もどこへやら、話はまた紅白歌合戦に戻っていた。

このご夫婦は本当にアルマクの活躍を喜んでくれている。生放送で2人が歌う姿を見れる日が来るとは思っていなかったと言っていた。

そろそろ締めどきと言うところで、大将が語り始めた。

「2人とも、これまで本当に頑張ったな。良くここまで来た。初めて2人に会った時から、これまで様々な状況の2人を見てきた。いつか伝えたいと思っていたんだが、どんな時もまずは自分の側にいてくれる人を大切にして欲しい。今、2人はそれが出来ているが、命ある限りその想いは貫き通して欲しい。そして、こうして世に知られるアーティストになったからには、これからもアルマクらしく人に感動を届け続ける事。もらった恩や想いは必ず次の者へ。人生を楽しみながらも、自分たちの使命とは何か?考え行動しつづけ続けて欲しい。あともう一つ…今度の紅白歌合戦は今、2人が持っている全てをぶつけて欲しい。この日がアルマクとして歌う最後の日。それぐらいのパフォーマンスを是非、見せてくれ。ちゃんと見てるからな。」

と珍しくアツいメッセージをくれたのだった。それを聞いた美縁は、

「なんかこれで会うのが最期見たいじゃないですか。」

と笑いながら言った。十分に充電出来た2人は、この1週間後、大晦日の紅白歌合戦に参戦する。

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