第23話 鬱病、そして休職

その日の夕方以降に、何人かの営業課長から連絡があった。皆、話の内容は同じだった。

「成田課長大丈夫だった??なんかアイツはZ世代の奴らと礼儀が変わらないと支店長が言いふらしてたわ。成田課長はこの支店の支店長をやる気は無いの?皆んな大賛成すると思うけど!」

わざわざ連絡をくれた課長達や翌日に支店で声をかけてくれた人達が沢山いたのは救いだった。

星夜は都築支店長との面談を終えて、ある事を決めていた。もし、これで自分だけが異動になる様な事があれば、もう退職しようと思った事。そして、どちらもこの支店でこのまま変わりなくと言う事になれば、今抱えている仕事に目星を立て、会社を休職しようと思った事。

どちらにしてもモチベーションはほぼ無くなったし、自分の体調を考えても休みが必要だと感じていた。

翌日、支社長とブロック長から星夜に連絡は無かった。都築支店長からは、課長として引き続き宜しくお願いしますと声をかけられた。

あれだけ自分から啖呵を切っておいて、何故何の連絡も無かったのだろう。まあそれすらも星夜にとってはどうでも良くなっていた。

星夜は、大林さんだけには今月末から休職する旨を伝えていた。この日から休職開始迄の期間は、ただ周りが残像の様に感じて、星夜は残された最後の力を振り絞っている感覚だった。

そんな不思議な日常を重ね、星夜はうつ病にて休職する事となった。休職している間にいつの間にか都築支店長も『降格』で異動して行った様だ。この支店の他の社員達は良い人が多かった為、休職して元気になっていけば、また復活する選択肢もあったかもしれないが…。


星夜は、この会社で人生を変えて貰ったと思っている。創業者達が作り上げた組織は、今や巨大な企業となった。特に東海地域では認知度も高い。素晴らしい仕組みがあるし、素晴らしい人材も沢山いると思う。様々な人達との出会いで多くを学んだし、素敵な体験もしてきた。

ただし、残念な上司達も何人かいた。本当にはらわたが煮え繰り返る様な事も経験したし、悲しい思いも素晴らしさと同じぐらいしてきた。これが組織の歯車になるという事だし、自分に起こった事は全て自分の責任と捉えてきた。

そんな会社員経験の中で、星夜はもう限界を迎えていたのだと思う。

『立ち止まれ!休め!』

そんな風に言われている様な気がして、強制的にストップをかけられた様な感覚だった。そして結局、星夜がこの会社に戻って来る事は無かった。


休職して最初の3ヶ月ぐらいは最悪の状態だった。睡眠障害がピークと言っても良いぐらいで眠りは浅く、眠れない日も続いていて、とにかく朝起き上がれない。起きてきても、部屋の片隅で電気をつける事もなく、ただひたすらうずくまっている。

妻は職場へ、娘は学校へ、息子は保育園へ通っている為、日中は独りの時間が多かった。

時間が長く感じた。

頭の中に浮かんでくるのはネガティブな事ばかりだ。

正直、『自殺』を考えた事が何度もある。

どうしてしまったのだ?自分でもよくわからない。何だか急に涙を流したり、イライラしたり、ずっと一点を見つめたり。自分の事が大好きだった人間が、自分の事が大嫌いになっていた。定期的に通院して主治医の先生と話す中で、運動する事や好きな事に時間を注ぐ事、なるべく外の光を浴びる事。などとアドバイスをくれた様な気がする。最初は心ここにあらずの状態だった為、話してくれていることの半分も脳に留まってないような感覚だった。


星夜は自転車を買った。普段は妻が仕事で車を使う為、移動手段がないという事もあったが、ボーッとしてる際にふと思い出す事があったのだ。それは、

『公園に行けば、世の中の美しいものを無料でみることが出来る。』

そんな他愛もない事だった。

公園には木々や池があり、優雅に鳥も飛んでいる。小さな子供と触れ合うママ達、遊びに来ている家族はみんな笑顔だ。屈託なく笑い声をあげて話す学生達。散歩に連れてきて貰っている動物達もステップが軽い。季節によっては花が彩りを添える。午前中や夕方は気持ちいい風を感じる。

働いている時に、気分転換に公園に行く事が何度かあった。その時の印象が、

『世の中の美しい光景は公園にある』

という事だったのだ。

まさか自転車に乗るようになるとは思ってもいなかった。そもそも自転車に20年は乗っていない。最初は少し怖かったが、この自転車が少しづつ自分の世界を広げてくれたのだ。


それと、『Netflix』に加入した。実は前から気になっていたのだ。

『これもNetflix』

というCMが目を引く。

星夜は、映画やドラマが好きだ。幸い時間はある。後に少し状態が良くなって来ると、

『子供の時に好きだったもの』

に時間を使った。

今までは、

『睡眠時間を削らないと出来ない事』

だった事が今は割と自由に出来る。

これに加えて野球観戦や音楽鑑賞等、その昔夢中になったものが、星夜の日常に”復刻”したのだ。

この頃は、家族で旅行にも行った。

特に思い出に残っているのは沖縄だ。

この沖縄旅行を予約した時は、だいぶ精神的に不安定だった事もあり、ひょっとしたらこれが最後の家族旅行になるかも…。

そんな事を本当に考えていた。

沖縄自体は過去に何度も行った事がある為、

土地勘のようなものは多少ある。澄んだ海に心地よい気候。体を軽やかにする風は沖縄ならではだ。事前に調べて行ったステーキのお店や豚しゃぶのお店もとても良かった。今回は家族旅行なので、コンドミニアムに宿泊。いわゆる家具などがひと通り揃っているところで、部屋で料理も出来る。バルコニーは広く、高層階の景色は目の前に海が見えるオーシャンビューだ。家族はみんな楽しそうにしていた。特に娘は子供らしくわかりやすくはしゃいでいた。沖縄の夜は星空がとても綺麗だ。空が広く高く感じる。夕食を済ませた後、もう一軒行こうと次の店に向かって星空の下を家族で歩いていた。星夜は少し下がって前を歩く家族3人を眺めていた。まだ小さな息子も歩けるようになって何だかとても楽しそうだ。この旅行で少しおしゃべりも出来るようになった気がする。

星達と同じようにキラキラしている家族の姿を見て星夜は、

『まだ死ねないな…。』

そんな事を考えていた。

本当に…星が綺麗に輝いていた夜だった。

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