第14話 高島家
高島様との約束の時間になり、まずご長女に声をかけに行った。そして、一緒に隣のお父様がいる部屋にお邪魔した。
「今日は何だった?」
お父様が尋ねてきた。
「ご提案させて頂く際は、どのご家庭でも後継者の方に一緒に聞いて頂く様にしています。大切な資産継承は、ご家族で相談して決めるものですから。」
星夜はそう答えた。
「うちはやらんよ。時間の無駄になるよ。」
お父様にそう返されたが、今根課長に説明を始めてもらった。
営業マンは、お客様の声に耳を傾けてこそ信頼が得られるものだが、聞かずに話を進める強引さも時に必要だ。今根課長の優しく心地良い声であれば、とりあえずは聞いて貰えるだろう。説明をしている途中で、お父様がふと険しい表情になるタイミングがあった。土地の売却をした際に払う所得税についてだ。
通常、土地を売却した際は、その売却のタイミングや売却後の利益をどう活用するかにもよるが、3割前後の所得税を納税しなければならない。実際に相続が発生してしまった後に土地を売った場合の譲渡所得税は、以前より上がっているのだ。お父様は、その額を見て自分の想像を遥かに超えていた事に驚いたのだろう。
そして、ご長女もこの場でしっかりと意思表示をしてくれたのだ。通常このパターンでは、その後が大体2択に分かれる。
Aは、『子供達がそう言うのなら』だ。
自分だけが決めるのではなく、子供達からお願いされた事で、迷いがなくなる。その後の進捗は想像に容易い。
そしてBは、どうしても何らかの理由で自分がやりたく無い為、感情的になり一時決裂してしまう事だ。高島家は、Bパターンだった。
お父様は珍しく、あからさまに機嫌が悪くなり、
「話はもういい。うちはやらないから。」
と言って奥に行ってしまった。ご長女は、困ったなと言う事とこちら側に申し訳ないなと言う思いが入り混じった様な罰の悪そうな表情を浮かべていた。
「今日は本当に勇気を出して意思表示してくださりありがとうございました。お父様は、展開が早くて少し驚いてもいらっしゃると思います。少し時間が必要だと思います。」
星夜はそう言ってその日は帰る事にした。
帰り道、今根課長は少し元気がなかった。
しっかりと今日まで準備して臨んだ商談で、
自分の思う結果が得られなかったのだ。営業マンなら誰もが焦るはずだ。ただ彼は、ちゃんと切り替えられる。若いのにという言い方は失礼かもしれないが、この切り替えがちゃんと出来る彼は素晴らしい。
高島様の今後について、どうするべきか今根課長から色々と質問もあった。星夜はこの時、当たり障りのない会話をした。頭の中では既に違う事を考えていたからだ。
次世代を担うお子様達では無く、地権者(土地の名義人)に反対がある場合、通常はある程度時間がかかるものだ。しかし、ひとつだけその決断を早める要素になる事がある。
それが『他社競合』だ。そして、その中でもライバルとなる会社が強引な営業手法の場合は、かなり効果が高い。
実は、高島様に提案をしている途中で他社に出くわした事がある。お父様からもたまに来ているとは聞いていた。仮にその会社をD社としよう。
星夜は、このD社が競合になる事は前から知っていた。以前、高島様宅の近隣で測量に立ち会った際に、このD社の営業と鉢合わせた事があったからだ。正直、この当時の業績はD社の方が圧倒的に上だった。東京に来てからもよく競合になったし、愛知県にいた時も何度も競合になり、このD社に負けて悔しい思いをした経験が星夜にはあった。次にまた高島様のところへ行けば、うちから具体的な提案があった事をD社は知るだろう。そうなれば『猛攻』をかけるのがD社の常套手段。このD社は、良く言えば臨機応変だ。
例えば、お父様が借入や借入額に不安があるならば、規模を縮小してでも契約をとりに行くだろう。その代わり、そういう提案をすると節税対策効果も収入も減ってしまうし、土地のポテンシャルを十分に発揮させてあげられなくなる。人の想いより我が身の数字が先なのだ。
そんなD社の事を想定しながら、星夜は今根課長に3つの指示を出した。
1つは、ご長女のところに毎日の様に顔を出し、世間話をしつつ仲良くなる事。ご長女との関係は元々良好だ。マメに顔を出してくれる営業マンに安心感を持ってくれるだろう。特に女性には効果的だ。
2つ目は、提案規模を変えないと伝える事。
どうしてこの土地にこの規模のご提案をさせていただいているのかを再度伝える事。
『提案に一貫性がある事』が、後々に効いてくると星夜が考えた為だ。
そして3つ目は、『張り込み』だ。
2日以内には必ずD社が高島様宅に行くと考えていた為、今根課長には毎日直行で良いので、朝から夜迄D社が高島様宅に入って行ったか確認をして貰う為だ。
そして、『何人で』入って行ったかも重要となる。星夜は、お父様に少しの間会わない方が良いと踏んでいた。
『一生懸命としつこいは紙一重』。
同じ戦いをしてはD社に分があるのを想定し、『出来る事は全てやる』
これが星夜のモットーだ。
そして翌日に、スーツ姿の男性が高島様宅に入って行ったと今根課長から連絡が入った。さすがD社。やはりレスポンスは速い。1時間以上後に再び今根課長から連絡が入り、先程の男性が出て行ったとの事だった。星夜は、お昼ご飯休憩をとって、午後にでもご長女のところに顔を出してと今根課長に伝えた。
夜に営業所で今根課長と合流し、打ち合わせをした。この日D社は、おそらくお父様だけに会い、ご長女には接触していない。今根課長はこの時、お父様に会いたくて仕方無かっただろう。そこをグッと堪えさせるのも上司の役割だ。星夜もこれまで神島さんらに、この様な事を学んできたのだ。今根課長の気持ちは手に取るようにわかる。
「暫くは今日と同じ動きを続けよう。逐一報告をお願いします。」
星夜は、今根課長にそう伝えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます