地球最後の男

如月六日

読み切り



 諸君はこういう小説を知っているだろうか?

 核戦争の後、地球上でたった一人生き残った男の部屋のドアがノックされると言う、ホラー風味の古典SFの佳作と言って良い作品だ。

 ただ一人地上に残されたはずの男を、一体何者が訪ねようとしているのか……。たった一人残された者の孤独、閉じられた世界への侵入者、そして闇に潜む何かへの原始的な恐怖感。そう言ったものを、短い文章で見事に著していたよな。

 ええと、確かタイトルは……。むむ、いかん。どうも思い出せない。自分では至極冷静なつもりでいるのだが、やはり気が動転しているようだ。

 ところで、何故俺がこんな話をし始めたかと言うと、どうもそれと同じ状況が自分の身に起きてしまったからなんだな。

 正直言って参ったね。まあ聞いてくれよ。

 俺は目の前の堅く閉じたドア──ああ、こうしてみると何とも薄っぺらく見えるぜ!!──と、その向こう側に確実にたゆたう気配に注意を向けながら、自分の記憶をつい先日、まだこの地上に人間が数多くいた頃へ飛ばしてみた。



  * * *



 ある朝、世界中のTVやラジオが一斉にこう言いやがった。

「全世界の皆さん、落ち着いて聞いてください。現在地球に向かって、大型の小惑星(何か矛盾した表現だよな)が接近しています。あと6時間で地球に最接近しますが、パロマなど各国の天文台によれば、衝突の可能性が極めて高いとのことです。ただし被害は”極小さい”ものと考えられます。念のため、あくまで念のため、安全な場所への避難が必要です。どうか皆さん、落ち着いて、落ち着いて政府の指示に従って下さい……」

 これでパニックが起きないわけがないよなぁ。各国の政府はパニックを恐れて、ぎりぎりまで事態の発表を躊躇っていたらしいが、これが良くなかった。いきなり、あと数時間で貴方は死ぬかも知れません、なんて言われたら、誰だって頭がパニックを起こすぜ。

 情報の公開は民心を落ち着ける最良の薬だ、ってのは誰もが知っているはずだったのに、誰も歴史に学べなかったってことか。もっとも、いつ発表しようが結局は同じだったと、俺は思うね。そのあとに起きたパニックは……ちょっと思い出したくないな。あまり気味のいいものではなかったよ。

 まあ、兎に角小惑星は人類の僅かな希望を裏切って、ものの見事に地球に激突。

 小惑星の莫大な質量と、圧倒的な相対速度が生み出した膨大なエネルギーは、あっと言う間に地球全体をズタズタのボロボロにしちまった。

 結果、あれだけの繁栄を誇った人類は、たったの一人を残して滅びてしまったと言うわけさ。

 あの小説を書いたSF作家も、まさかこんな場面が現実に起こるとは思わなかっただろうね。俺だって、思っても見なかったよ。しかし、まあ、こうなってしまったものは諦めるしかない。現実をしっかり見据えて、強く生きていかなくては……。



  * * *



「さてと」

 俺は気を取り直し、呼吸と身だしなみを整えた。そしてゆっくりと、力強く、目の前のドアをノックする。

 地球最後の男に会うために。



<了>


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