赤いバラと白いバラ

kagari

第1話 孤独な少女

  車の往来や、人通りが激しいにぎやかな繁華街にある銀行。今日も、ひっきりなしに客がやってくる。

「いらっしゃいませ!」

「ありがとうございました!」

 銀行の中は、女性社員の明るい声が飛び交っていた。その中で、紀子は独りパソコンのキーを、黙々と叩いていた。

 水島紀子みずしまのりこ。この春短大を卒業し、銀行に就職した新入社員。就職して数ヶ月が経っていて、仕事にも慣れてきた。

 紀子は中肉中背のバランスの取れた体つきをしていて、セミロングのサラサラの茶髪を、勤務中は後ろでひとつにまとめて縛っていた。

 新入社員の中でも、ずば抜けて仕事はできていたので、他の社員から一目置かれている。濡れたような大きな瞳は、どことなく暗い影がさしていて、紀子はいつも心を閉ざしていた。そんな紀子を男性社員は、陰のある美少女と言って何かと声をかけるが、紀子はまるで関心がない。



 午後一時を回り、交代で昼食の時間になった。紀子より背の高い同僚が、紀子の側までやってきて、声をかけてきた。

「紀子。お昼行こう」

 会社の中で、唯一の友人の亜希 あきは、紀子の一年先輩。家が近所同士で、小さい頃から紀子とよく遊び。自分より一つ下の紀子を、何かと気にかけていた。

 紀子と亜希は、肩を並べてロッカールームへ行き。お弁当を持ち出して、誰もいない休憩室で、お弁当を食。

宮島みやじまの性格の悪さにも、困ったもんね」

 箸を動かしながら、亜希はため息まじりに言った。宮島 とは、紀子が入社して半月程、養成指導員を努めた女性だ。養成指導員をやるくらいの女性だから、当然のことながらベテラン社員だった。もう七年近く、銀行に勤めている。宮島と同期社員の女性のほとんどは、とっくに結婚退社していた。宮島は仕事に関してはとても厳しく、女性社員の間では、煙たがられていた。そんな宮島にとって暗い紀子は、宮島のストレス解消のはけ口となっていた。事あるごとに大きい声で挨拶しろとか、笑顔を絶やすな、などと言われる毎日だった。紀子が男性社員に人気があるのも、宮島は気に入らない。

「宮島は、皆から嫌われているから。気にするんじゃないわよ」

 はげます亜希に、紀子は微笑んだ。

 しばらく二人は何も言わず、箸を動かしていた。ふと思い出したように、亜希が声をあげた。

「あっ、明日土曜日か」

 亜希の言葉に、紀子は顔をあげた。

「ヤスと、行くからね」

 ヤスとは、亜希と同級生で、亜希の恋人でもあった。紀子、亜希、ヤス。三人とも近所同士で、昔からの幼なじみだった。

 暗い紀子からは想像もできないが、紀子は高校生の頃からバンドを組んでいた。バンドを組んだ当初は、メンバーが入れ代わったりしたが、今はすっかり落ち着いて、男四人の中で紀子は紅一点の五人でバンドを組んでいる。毎週……と言うわけではないが、土曜日の夜ライブハウスで、バンドの練習をやっていた。

 亜希の彼氏ヤスは、趣味のカメラで紀子たちを撮っていた。世話焼きの亜希は、マネージャーと言ったとこか。

 しかし紀子は、バンドから少しずつ離れていた。ことあるごとに理由をつけて、バンドの練習を休んだり、遅刻を繰り返していた。亜希とヤスは、もちろんのこと。バンドのメンバーも、練習に来ない紀子のことを気にしていた。だから亜希は、紀子がバンドの練習を休む前に、「ヤスと行くからね」と先回りして言ったのだ。こう言ってしまえば、紀子の性格上バンドの練習には来るだろう……そんな思いで亜希は紀子をチラリと見たが、紀子は黙ったままお弁当を食べ続けていた。そんな紀子に、更に追い討ちをかけるように亜希は言った。

「なんなら私とヤスと、三人で行こうか?」

「亜希ちゃん。私、ちゃんと行くから」

 亜希の言葉に、紀子は慌てて言った。

「本当に、ちゃんと来る?」

 疑うように言う亜希に、紀子は小さくうなづいたのだった。

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