創作する際の、私のバイブル
三木さくら
文章を書くすべての人へ
職業ライターでしたが、小説とはまたちょっと違う世界の文章コンテンツを作っているので、小説を書く、ということとは違うかもしれません。
でも、どんな形であれ、物を作るという仕事に携わる人は絶対一度は見ておいて損はない、と思うのは三谷幸喜監督、『ラヂオの時間』(1997年)です。
最初は三谷作品らしいどたばたなコメディだと思います。
だと思います、と言うのは推しておきながらなんですが、実は全部通してみたことがないからです。すみません。
たしか、仕事を始めて三年ぐらいたっていて、仕事の何たるかもわかってきた生意気盛りの、まだお尻に卵の殻がくっついたようなひよっこのころの話です。
テレビでの放映を家族が見ているところを私が通りがかって、ほぼ終わりかけのそのドラマになんとなく興味が引かれ、そのまま最後まで見てしまったのですが。
見始めてほどなく、終盤のプロデューサーの台詞に雷撃を受けたのですよ。
ご存じの方も多いと思いますが、終盤に至るまでのあらすじをまとめますと。
新人脚本家の書いた脚本がキャストやスポンサーの意向で、原形をとどめないほど改変されていく。とうとう耐えられなくなった彼女が、「このまま放送するなら、私の名前を脚本家として読み上げるな」と要求するのですが、それに対してプロデューサーが言った言葉。以下。
自分だって名前を外してほしい時があるが、それはしない。責任があるからだ。
どんなひどいものを作っても、それは甘受して、次にすべての人が満足する作品を作る努力をすればよいのだ。
悪いが、名前は読み上げます。これはあなたの脚本だからだ。
以上意訳でした。
満足いくものを作らせてくれない。
当初の企画意図を尊重してもらえない。
そもそも、希望していない仕事ばかりアサインされる。
そんな不平不満が積もっていた当時の私は、このセリフを聞いて号泣しましたよ。
号泣するとこじゃないでしょ、あんた、ってもんですけどね。
でもこの時の台詞は、不平不満だらけで、辞表提出寸前だった小生意気な若造を、ひっぱたいて確実に目を覚まさせてくれた、と思います。
作り手だから、作り手の満足いくものを作らせてもらって当たり前だ、と思っていた自分の傲慢さに腹が立ちました。
そう。どんなにひどいものになってしまったとしても、その時の「選択し得る一番のベター」であったと信じて、自分の責任において世に送り出さないといけないのです、作り手は。
で、思うに、こういうセリフって、やっぱり体験してこないと出てこないと思うのです。こうやって文章を書いて発表しているから余計に、それは強く思います。
ということは、きっと三谷幸喜のようなすごい人でも、かつてはこの新人脚本家のように、自分の作品をギタギタに壊された経験があるんだろう、と勝手に推測しました。
あの巨匠の三谷幸喜がそんな目に合うんだったら、私ごとき平凡な人間は、その100倍同じ目にあったっておかしくないじゃん?
そう考えるようになったら、理不尽なリテイクも腑に落ちないアサインも飲み込めるようになっていました。
物を作るという仕事に嫌気がささず、曲がりなりにもこんなに長い間携わり続けてこれたのは、そして今になって趣味でこれだけの文章を量産することができるようになったのは、あの時この『ラジオの時間』でプロデューサーに説教していただけたからだと思ってます。
いや、名前がクレジットされるようなことはまぁないんですけどね。
それでも、社内では「あの仕事をした人」という認知はされるわけで。
認知のされ方によっては、指名引き合いが来るか来ないかも変わってくるので、「あーその仕事、私がかかわっていたって言わないでください」と言いたくなることは、あるのです。でも、言わないですけどね。反省したから。
やっちまったことはやっちまったこととして、教訓だけはしっかり引き出してあとは黙っている(あれはそうしたかったわけじゃないんだ、とか、横やりが入ったからだ、とか言い訳がましくならない)ほうが、のちのち良いことになる、ということも、時がたってわかりましたし。
言い訳を声高に言いまくる見苦しい人にならずに済んだのは、本当に『ラジオの時間』のおかげです。
ありがとう、『ラジオの時間』。いい薬でした。
駆け出しのクリエイターは、一度は見ておいてほしいなぁと思います。もちろん、駆け出しに限らず、すべてのクリエイターも。
でも、職場でこの話をしたら、今の新人ちゃん達には響かなかったの……
何かしら、こういう考え方ってやっぱりショーワなのかしら。私、そこまで古くないはずなんだけど……
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