夏の日 2025

エミリー

第1話

 暑い。とけてしまうのではないかと思うほど、今年も暑い夏がやってきた。自分の部屋でゴロゴロと扇風機の風にあたりながら、去年はこの暑さをどう乗りきったのか思い出そうとしたが、思い出せなかった。自分でいうのもあれだが、まだ若いはずなんだが……。

 

「にいちゃん!」


 だだだだっ! まるで野生のイノシシのように部屋に弟が飛び込んでくる。この弟とは十年近く年が離れている。毎朝ラジオ体操をやりに公園に行ったり、この暑さの中で外を駆け回って遊んだり、暑さをなんとも思っていない姿に感心する。


「おー。なんだ? 暑いのに元気だな、お前は」


 起き上がる気力もない。寝そべったまま、興奮している弟になにがあったのか聞く。


「にいちゃん、にいちゃん! 大ニュースだよ!」


 目をキラキラさせ、横になっている俺の上に乗っかり、バシバシと俺を叩いてくる。興奮して力が入っているせいか、地味に痛い。


「いたたっ! 痛いって! ちゃんと聞いてやるから、にいちゃんを叩くのはやめろ!」


 これ以上叩かれるのはごめんなので、仕方なく起き上がる。自分に固定していた扇風機の風を弟にもあたるようにする。風にあたり、気持ちよさそうだ。


「で、どうしたんだ? にいちゃんを叩くほどのことがあったんだよな?」


 叩かれたところがまだ痛いから、余程のことがあるんだな? と、先ほどのことなど忘れて扇風機に向かって、「あ〜っ」と声を出して遊び始めた弟に聞く。


「そっそうだよ! 大ニュースなんだ! ……叩いたのはごめんなさい」


 思い出したという顔をして、また興奮し始める弟。まあ、ちゃんと謝るのは偉いと思う。部屋に入ってきたときにも言っていたが、大ニュースとは何だろう。 小学生の弟とは驚くものが違ったりするから、どうでもいいな。と内心思っていてもそれを顔にださないようにしなければ、と謎の緊張感を持ちながら話を聞く。


「あのね、家の倉庫にね! これがあったの!」


 バッと、なにやら古そうな紙を俺の顔面に貼り付けるように見せてくる。


「ちかい、ちっそくする」


 鼻と口をふさがれて息ができない。フゴフゴ紙の下で口を動かしながら、弟の肩をトントン叩く。はやく紙をどけてくれないか?


「わーーーっ! にいちゃんごめん!」


 紙で顔をふさいでいたことに気づき、あわてて紙を顔から離してくれた。ああ、息ができるって……いいな。若干遠い目をしてしまうのは許してほしい。さて、弟の持ってきた紙には何が書かれているのだろうか。紙を受け取り、内容を見てみる。


「宝の地図?」


 弟が持ってきた古そうな紙には、漫画でよく見るような文字が書かれてあった。宝の場所らしき所に星のマークがあり、そこに行く道がザックリと線でつながれている。


「そう、そうなんだよ! 宝の地図を見つけちゃったんだ! ほらここっ! 宝の場所と家が線でつながっているし、スタートは絶対にこの家だよ!」


 紙をバシバシ叩いて、弟が言う。お前、その紙古そうなんだからもっと優しく扱ったらどうだ? 宝の地図が破けたらどうするんだ……たぶん偽物だと思うが。確かに紙自体は古そうだが、書いてあるインクは新しい気がする。


「宝の地図か! 凄いものを見つけたじゃないか」


 偽物だと思いつつも、ここは弟に話を合わせる。


「でしょでしょ? 僕って凄いよね! 倉庫の中を探検していたら見つけたんだ。にいちゃんには特別に見せているんだからね!」


 得意げに紙を見せびらかす弟。わぁ、なんか弟の鼻が伸びているように見える。それくらい弟の顔は自慢げだ。


「はいはい、凄い凄い。これからそこに行くのか? 外は暑いから、水分補給の水筒をちゃんと持っていくんだぞ? あと、危なそうな場所だったら戻ってこいよ? 怪我しないように行ってこい」


 宝の地図を見つけたんだから、弟はその宝を探しに行くだろうな、と思い、兄として注意しておくべきことは伝える。両親や家に遊びにきている祖父母は外出中だ。帰ってくるまでは、ちゃんと俺が面倒を見なければ。


「わかった。ちゃんと水筒は持っていくよ! あっついから、すぐに喉がかわいちゃうし。でも……」


 なんだ? さっきの勢いはどこへいったのか、弟の表情が曇る。


「どうした? にいちゃんに言ってみろ」


 一体どうしたんだろうか。兄として優しく聞くのがいいか? 悩みながら弟に問いかける。


「……。あのね?」


 なんだか言いづらそうに弟は口を開いた。


「宝の地図を見つけたから、えっとその……。にいちゃんと一緒に宝の場所に行きたいんだ!」


 小さい声で話し始めたと思ったら、最後は叫ぶように弟は言いきった。


「俺も?」


「そう! 一緒がいいの! お願い。にいちゃんと一緒に遊びたいし、宝探しをしようよ!」


 外は暑いし、家の中から出たくないな〜という俺の思いを察してか、一生懸命弟が頼んでくる。困ったな。必死に頼んでくる弟の姿を見たら、断れないぞ。


「しかたがないな〜。今日は暑いから、家の中でゴロゴロして過ごそうと思っていたんだぞ?」


「にいちゃん、昨日もその前もゴロゴロしてたじゃん! 僕見てたんだから」


「ふ〜ん? にいちゃんと宝探し行かないんだ?」


 確かに弟の言うとおり、最近ゴロゴロしっぱなしだったな。いや、学校から出ている課題をやった後だから、いいのか?


「ごめん! にいちゃん。謝るから一緒に宝探ししよう? お休みだからゴロゴロして、ぐーたらでも大丈夫だよね!」


 ぐっさり。何かが俺の心に刺さった気がする。弟の悪気がなく、純粋な言葉に涙がでそうだ。明日からゴロゴロする時間を減らそうか?


「ぐーたら、お休み中のにいちゃんの時間を使うんだ。感謝するように! 外出する準備をするから、少し待ってな」


「あいたっ! もう、わかったよ。ありがとう、にいちゃん」


 嬉しそうな弟にデコピンをしながら、外出するための用意を考える。弟と自分の水筒は持っていくとして、家を空けるから戸締りもしないとな。携帯も持っていくし……。




——さて、あとは何が必要だろうか?

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