レベルイーター

亜掛千夜

プロローグ

はじまりの日

 夕日が差し掛かり、アスファルトを赤く染め上げる頃。

 波佐見はさみ竜郎たつろう八敷やしき愛衣あいは、いつものように手を繋ぎ帰路を歩いていた。


 片や、なかなか精悍な顔立ちで、身長は170センチほどの黒髪の少年。

 片や、やや童顔で目がくりっとして、身長は160センチほど。長めの黒髪ショートカットが似合う愛らしい見た目の少女である。


 この二人は小学生のときに隣の席になったのをきっかけに仲を深め、中学一年のとき、竜郎が告白したのを切っ掛けに付き合い始めた。

 それからというもの、仲睦まじく周囲が羨むような存在になっていた。


 このまま何事もなく、一緒に入学した高校を卒業し大学進学、就職、結婚。

 誰もがそんな当たり前な幸せを手にするのだろうと想像し、本人たちもぼんやりとそうなるのだろうなと思っていた。

 ───今日この日までは。


 それは突然の出来事だった。


 ズズズッ ズズズッ


 そんな腹に響くような低く不気味な音が周辺から響き渡ってきたかと思うと、大地が大きく揺れ始めた。



「なんだ!?」「ひゃっ」



 咄嗟に竜郎は愛衣を庇うように抱き寄せると、そのまま身を低くして揺れに耐える。



「じじじじ地震!?」

「みたいだな」



 混乱しながら身を固くする愛衣に、竜郎はなだめるように手で肩をポンポンと優しく叩いた。



「大丈夫。じっとしていれば、そのうち収まるはずだ」

「う、うん…」



 いつもは何事にも物怖じしない彼女の不安げな表情に、いっそう自分がしっかりしなくてはと竜郎は気を引き締め直した。

 そして何か問題は無いかと辺りを見渡すと、近くのブロック塀にひびが入ってきているのが見えた。



「愛衣っ、ブロックが倒れてくるかもしれない。もっと広い所に行くぞっ」

「わかった!」



 頷き返してきた愛衣に竜郎が視線で進む方向を指し示すと、お互いを支えあって這うようにして倒れそうな物のない、開けた場所までやってきた。

 その瞬間。後ろから大きな音がして振り返ると、案の定ブロック塀が倒れていた。



「危なかったね」

「ああ」



 それだけ言うと二人は背筋を冷やしながら、そこかしこで聞こえる倒壊の音を聞いていた。

 すると、その中に混じってピシピシッとガラスが少しずつひび割れていくような、そんな音が耳に入ってきた。



「これは?」「…?」



 近くにそんな音を出すような物はないはずなのに、二人のすぐ傍で聞こえる。

 そんな状況に困惑していると、それはさらに加速していき、ミシミシッと今度は木が倒れるときのような音に変わり、次第にそれは大きくなっていく。

 愛衣はその異音に肌が粟立つものを感じて、なにげなく目を上に向けると、そこには異様なモノが景色に混ざりこんでいた。



「──っ!? たつろー……あれ…………なに?」

「───なんだあれはっ!?」



 愛衣が震えながら指差す方向に視線をやると、竜郎の目に亀裂が入り始めた空間が映りこんだ。



「離れるぞ!」



 嫌な予感しかしないそれに竜郎は恐怖を覚えると、愛衣の腕を引きながら得体のしれない中空に浮かぶ亀裂から距離を置くため、反対の方角に目を向けた。

 けれど、それが無駄だとすぐに理解することになる。

 視線上の場所はおろか、あちらこちらの空間に亀裂が入り込み、それがない個所を探す方が難しくなっていた。



「なんだよ……これは……」

「たつろー……」



 愛衣が震えながら竜郎の袖を掴んだ。それに竜郎は安心させるように抱き寄せて、移動すべきかどうか思案する。

 しかし、こんな見たことも聞いたこともない不可思議な現象に対して直ぐ良案が浮かぶべくもなく、時間だけが過ぎていく。

 その間にも亀裂は、まるで二人を急かすように広がりを見せていった。


 そしてそれは、そんな時に起こった。


 バキンッ


 と鉄の棒でも折れたのかというほどの大音量が鳴り響くと、愛衣の真横の空間に大きな暗い裂け目が現れた。



「愛衣っ!!」



 裂け目は布を裂くようにしてさらに広がり始め、ついには愛衣を飲み込んでしまう。

 それを見た竜郎は、必死に手を掴み引き戻そうとするがびくともしない。



「いやあああっ」

「ぐううぅっ」



 悲鳴をあげる愛衣に必死で助けようと踏ん張る竜郎だったが、その勢いもむなしく、やがて裂け目は竜郎までをも飲みこみ、二人はそこに吸い込まれるように落ちていってしまった。



「うわあああああああああああっ」「きゃあああああああああああっ」



 そうして二人は嫌な浮遊感に一瞬襲われ、絶叫をあげながら裂け目の中へと消えていったのだった。


 二人の運命が、ここで大きく別の道を辿りだすことになるとも知らずに……。

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