龍と少女

夜色シアン

龍と少女

「「「おばあさん! お話聴かせて!」」」


 パタタと一人の老婆の元に赤い髪を右側で三つ編みに結っていて透き通る赤い瞳の女の子、青髪の短い髪と深海のような濃い青の瞳を持つ男の子、そして黄色のショートで宝石の様に輝いたトパーズの瞳の女の子の三人が集まってきた。


 老婆は自宅のベットで横になり一輪の花が描かれた栞を手に握って窓の外を眺めていたが、どこか優しげな雰囲気を醸し出している老婆が子供たちに気づくとニッコリと笑って。


「はいはい、今日はとびきりの話聴かせようかねぇ」


 と言った瞬間窓から入る風が純白のカーテンを、老婆の綺麗な茶髪を靡かせる。その直後子供たちは目をらんらんとさせながら近くに座り込んだ。


「昔々、とある村に――」


 窓からは入るサァーという、そよ風が木々を揺らしてなる音色、その音色とともに老婆は昔話を語りはじめた。


 ――


 ――――――


 ――――――――――


 とある村の家の中、それも真夜中に赤子が泣く声が家の中に――村中に木霊しました。


「お疲れさまです。可愛い女の子ですよ!」


 その家の中で子供が生まれたのです。


 赤子が泣く中、立会人の一見大人しそうな茶髪の男性はどこか焦りを隠せていないようにみえ、彼の妻である珍しい天然銀髪の女性は我が子が生まれたことにほっとしてにっこりと笑顔を作って。


「この子のお名前決めているんですか?」


 と出産を手伝った村の女性は赤子をタオルで拭いてやった後、銀髪の女性に渡して夫婦に尋ねます。


「はい、名前は――――」


 そして時は進み、赤子が六歳程に成長したのですが、両親の血を受け継いでいないのか、髪は赤く、目は少し濁った黄色。その容姿は忌々しい魔女に似ていると言われ周りから疎まれ始め、ついには両親はそんな我が子を育てることを放棄してしまいました。


 更に数年後、育児放棄をしていた親が我が子を残し家出、その後の行方は誰もが知ることはありません。


 それでも時間は止まることを知らず、気付けば彼女は十五歳になっていました。


「す、すいません……誰かご飯恵んで……下さい」


「げぇ、きったねぇのが来た、てめぇにやる飯はねぇ、どっか行け!」


「で、でも……」


「早くどっかいけ! この! 仕事の邪魔だってわからないのか!? ああ!?」


 親が居なくなってから彼女は食べるものも寝る場所も、さらには帰る場所も全て村の人が奪い、なくなってしまいました。そのためこうして食べ物をもらいに商店村を歩くのですが誰一人とも彼女に食べ物を与える人はいません。


 彼女の日頃の食べ物は基本的に生ゴミを漁って食べれそうなものを食べていて、寝床は人目がつかない場所で地面に寝ていました。冬場は他人の家の玄関先で寝ています。屋根があるからこそ雪が当たらないからこそなのですが、朝型になると大抵蹴っ飛ばされ運ばれ近くの広場に投げ捨てられてしまう、そんな人生をずっと送っていました。


 村から逃げ出そうと思い村の外に行ったものの地図はなく、ましてや、とてつもなく危ないため村から出ることはできずにいます。


 そんなある時、噴水の水で顔を洗っていると。


「いたっ!?」


 思い切り蹴飛ばされ噴水の中に派手に落ちました。


「あーわりぃわりぃそこにでけぇゴミがあったもんでなぁ」


 同じ人なのにも関わらず容姿が魔女に似ているからと見下すような目で、か弱い彼女を蹴っ飛ばした男は言います。


 ふと手を差し伸べ、助けるのかと思いきや強引に彼女の頭をつかみ何度も、何度も水に沈め始めました。その行為はとても人がやるような行動ではないのですが、自分のストレスを発散させるためにやっているように見て捉えれました。


「はぁはぁはぁ……」


 満足したのか手は離れ彼女は息苦しさに開放されると、苦痛さでじわりと目尻に涙が溜まりますが唇を血が出るほど噛みしめ泣かないように堪えました。


 ――泣くと今度は別の仕打ちが降りかかるから――


 それから暫くして一人の老人――見たところ八十代くらいの男性――がやってきます。


「こんなところにおったか、重要な話があるでな」


「な、なんでしょうか……」


「お前さんは“深く考えずにただ頷くだけでいい”」


 その意味がわからない彼女でしたが言うことを聞かなければまた辛い思いをすると条件反射で思い込み頷いてしまいます。


 その刹那、老人がニヤっと不敵に笑ったような感じがしたと思うと、恐るべきことを言い始めました。


「実はな明日百年に一度の掟の日なんじゃよ。龍に生贄を差し出さねば怒ってこの村、いやこの世界を滅ぼそうとする。そこで明日お前さんに行ってもらいたいのじゃ、良いな?」


 その話を聞き深く考えずに頷いてしまいます。


 そう、彼女は嵌められたのです。拒否されると困るため深く考えずに頷くだけでいい、そこで頷いてしまった時点でこの生贄の件は決定事項だったのかもしれません。


 さらに悪どいことをしていると老人は自覚ないようで、頷いたのを見ると何も言われまいとすぐさまそこから立ち去りました。


 ――そしてとうとうその日がやってきます。


 行かなかったら困るためなのか老人が案内人を呼んでいてその案内人が数人彼女の元に押し寄せてきました。


 と言ってもたった二人なのですが何されても大丈夫なようにか、はたまた仕事だからか鎧を着こんでいました。


「おら、行くぞ!」


「い、痛い……です」


「あぁ? 口開くんじゃねぇ!」


 強引に嫌がる彼女の腕を引っ張り重たい枷を付けます。強引だったためか彼女の手首に負担がかかり激痛が走ってしまうのですが。痛いと申し出るとそれが不幸を呼び、無差別的に左の頬を思い切り叩かれていました。


 また心が折れそうになりギリ、ギリリと唇を強く噛みしめ頬の痛みを別の痛みで堪え、涙を堪えていました。


 連れていかれる時も強引で手枷に付いた鎖をぐいっと力強く引っ張られ、数分たった時には手枷が手首を擦り、そこから血が流れ出ていました。


 ぽた……ぽた……と血を静かに流し落としていると急に引っ張られる力がなくなりました。


 どうやら龍がいる洞窟にたどり着いたようです。


「おら、さっさと行け!」


「わ、わかりました……」


 もしかしたら彼女は生贄になれと言われた時から心に決めていたのかも知れません。


 こんなきつい人生なら食われた方がマシだと。


 こんな仕打ちをされるなら死んでしまった方がましだと。


 こんなにも辛いなら――


 洞窟の入口まで一歩、また一歩と歩みを進め何度もそう思ってしまいます。振り向けばいつの間にか案内人の人はもう居なく、帰れないと悟る他ありませんでした。


 洞窟の中まで入ると真っ暗……ではなく天井に穴が空いていてそこから光が入っていました。そしてその光を遮るかのように大きな、とても大きな人なんて豆粒のようにしか見えないのではないかと思うほどの大きな黒龍がいて彼女を睨みます。


 瞬間ばさりと翼を大きく広げ片腕を振り上げました。


 それが見えたからこそ彼女は……一度くらい、誰かに優しくされたかったと心残しの願いをボソリと唱えました。


 生贄に捧げられる恐怖に目を閉じてその時を待っている時でした。


 バキンッ!


 と何か鉄の物が割れるような音がしたのです。


「え……?」


 それに思わず目を開き、何故か軽くなった手元を確認しました。それもそのはず、鋭い爪がある片腕を振り上げた黒龍は彼女を取って食おうとしたのではなく、彼女に付けられた重たい枷を壊してやったのです。


 直後枷を捨てると爪で彼女の頬を撫で顔をよく見るためなのかずいっと顔を近づけて。


「ああもう、女子おなごが顔に痣を作りおって! 愛らしい顔が台無しではないか!」


 とちょっと不機嫌そうに龍はそう言いました。それからというもの龍は彼女を疎むことはなく、逆に驚くべきことが次々と起こっていきました。


「待て今薬を……って貴様顔だけじゃなく体にも痣が……む! 今更だがすごい格好だな!?」


 その通り、布を軽く縫い合わせただけのようなもので、それを数年着用しているためボロく人肌がかなり露出しているのです。


 それを見て龍は驚きを隠せないでいました。


「全く乙女がみだりに肌を出すでない! 風邪を引くぞ貴様!仕方ない服も用意するからな! 多分大きめになると思うが文句は言うな! ……しかし細いな? 見たところちゃんとした食べ物は食べてないのだろう?この際だ食事の支度も――」


 くどくどと休み無しにしゃべり続ける黒龍でしたが、その思いやりは彼女に凄く響き初めて優しくされ今までの辛さ、過酷さなどが今になって涙となり流れ出ました。


 その涙は止まることを知らずポロポロと涙がこぼれ落ち泣き崩れてしまいます。


「む!? ど、どうした!? ぽんぽん痛いのか!?」


 彼女が泣き崩れたところで黒龍は心配し焦っているような雰囲気を出していました。


 それから暫くして泣きやみますが彼女は座り込んだままでした。


「む、泣き止んだか。それじゃあ早速薬と服、食事をしなければな、待ってるがいい!」


 黒龍はそう言うと大きな翼を羽ばたかせたかと思いきやムクリと立ち上がり、のしりのしりと地面を揺らしつつ洞窟の奥へと消えていきます。


「は、初めて優しくされました……」


 吹き抜けた天井、すなわち空を見てそう呟きました。


 静かになった洞窟は風が通る音、外の緑が揺れる音も洞窟が拾い心を和ませます。


 自然とその音に耳を傾け無心になってしまいいつしか日が暮れ始めました。


「おい貴様、いつまで寝ている! 服と薬、飯の準備ができたというのに!」


「……え、あ……すいません……」


 はっと我に返るといつの間にか当たりは暗く闇に包まれた夜になっていることが分かります。


 ですが月明かりと黒龍が薪で焚いた火で洞窟内は暖かな光で照らされていました。


「むう……今日初めてあったが暗いな貴様!?別に貴様を取って食おうとはしておらん!とりあえずまずは薬だ! 我が作る薬はよく効くぞぉ?」


 そう言って一つの瓶を大きな爪で持ち彼女に渡しました。


 ただ龍の手が大きいせいか瓶が小さく見えるのですが彼女の手に渡った途端人の両手からはみ出るサイズだということに気づきます。


「お、重い……」


「ぬぅ、筋力もないというのか……一体どういう生活をしていたのだ……まぁ良い、ほれ」


 黒龍はまた器用に瓶を持つと、地面に起ききゅぽん、と音を立てて蓋を開けます。


 瞬間ハッカのような独特な匂いが充満しました。


「生憎、我の手では貴様を傷つけかねん。自分で塗ぬがいい」


 塗るだけなら確かに彼女でもできます。しかし彼女はまだ警戒……ではなく恐れで手が震え、身体も震えてしまい上手く塗り薬を塗ることができません。それでも時間をかけてゆっくりゆっくりと身体にできた傷を覆い隠すように塗ります。


「塗り終わったか、ならば次は飯だ! ……だが我は生肉しか食べぬ故――」


「わ、私を食べるんですか……」


「貴様、さきの話聞いておったか!? 我は別に貴様を取って食おうだなんて思っておらん!我が言いたいのはこういうことだ!!」


 そう言うと龍は洞窟の奥にしまっていたであろう、牛を持ってくると、どんと彼女の目の前に置きました。ただ、その牛はあちらこちらを鋭い爪のような何かで抉られ、とてもじゃないですが生きてるとは言えない状態でした。


「我が喰らうのはこうして

動物のみだ!! だが我と違い人間は生肉は食わぬのだろう?」


「た、食べませんけど……その、それとこの牛となんの関係が……?」


「わからん奴だな! 生では無く、焼けば食えるのならば焼けばいいだろう? そう思って、この通り用意しておいたのだが……よく良く考えれば貴様食欲はあるのか?」


 再び龍は洞窟の奥から、今度は一頭丸々、こんがりと焼かれた牛を彼女の目の前にどんと置きます。しかし彼女はほぼ毎日何も食わず、水のみの生活。そして急にここに連れてこられ、気持ちの整理が追いついていません。故なのか食欲も殆どない状態でなのです。


 ……ただ、食欲があっても牛一頭丸焼きは普通全部平らげることはできません。それに――


「――こ、この牛って村のですよね……」


「村? 我は“そこら辺に転がっておる”牛を貰っているだけだぞ? ……もしかして貰ってはダメな奴だったのか!?」


「む、村の人困ってますし……えっとその……ダメ、です……?」


「我が聞いておるのだが!? しかし……そうかダメなのか」


 表情はさほど変わらないものの喜怒哀楽の声を巧みに使い、困ったという雰囲気が伝わってきました。


「それと……あの、今は食欲が――」


「む、そうか。ならこれは我が食べるぞ!?」


「う、嬉しそう……ですね」


「そ、そんな事は無いぞ!?」


 彼女が食欲がなく、丸焼きを食べたくないと、言うと龍は嬉しそうに大きな手で、大きな指で、大きな爪で丸焼きを掴むと大きな口を開けその中へと放り込み食べ始めました。


 それも中々の大きさの牛の丸焼きを一口で食べ尽くしたのです。


「ふぅ美味であった」


「凄い……あの量を……」


 暫くたった頃、龍は死んだ牛を五頭ほど平らげ満足したのか、ごふっと豪快かつ大きくげっぷをし、そう言いました。


 にしても流石は龍と言った所でしょうか、普通の人ならば生肉も牛五頭分の肉を骨まで平らげることは不可能でしょう。


「――さて、後は貴様の服だな。少しばかり大きいかもしれんがこれを着るがいい」


 そう言うと龍は再び洞窟の奥からおおきな服を持ってきました。


 先程から見るに洞窟の奥は保管庫かなにかなのでしょうか?


 その答えがわからないまま彼女は渡された服を着るわけですが、途中で手が止まってしまいます。どうやら龍の視線が気になっているのでしょう。


「着替えぬのか?」


「えっと……その……」


「ん?ああ、言いたいことはわかったぞ?傷が痛むのだな!?」


「ち、違い……ます」


「ならばぽんぽんが痛いのか!?」


 来た時も言っていた『ぽんぽん』、昔の言葉でお腹という意味なのですが、勿論彼女は意味も知りません。そのためぽんぽんという単語を不思議に思いますが、本当のことを、見られているため着替えにくいとはっきり伝えます。


「ぽ、ぽんぽん……? えっと、それも……違います……あ、あの着替えるのでその……こっち見ないでください……」


「…………ガッハッハッ! なんだ、我に見られるのが恥ずかしいと言うのか! いいだろう目を閉じていてやろう。着替え終わったら声をかけよ」


 そう言うと龍は眠りにつくかのように目を閉じ、姿勢を低くして時を待ちます。しかしやはり気になるのか時々目を開け、チラッと彼女の方を見ますがそこには彼女の姿はありません。


 しかし龍は冷静、なぜなら彼女はちゃんとこの洞窟の中にいると耳が、鼻が、脳がそう訴えるからです。


 というのも、彼女は龍の目の前ではなく物陰で着替えているのです。やはり乙女ならではで龍を目の前に着替えるというのは抵抗があったのでしょう。


「……あ、あの」


 暫くたった頃着替え終わり、龍に向かって声をかける彼女ですが、何故か返事が戻ってこなく再び彼女は龍に向かって声をかけます。しかしやはり返事はありません。


 流石に返事がないことに不思議に感じてしまい、また、どうしたのかと不安を抱えて物陰から龍の方へと駆け寄ります。


「あ、ね、寝てるんですね……」


 タッタッタッと裸足の足で龍の方へと近づいてみると、龍はいつの間にか静かな吐息を吐きつつ、夢の中へと導かれていたようです。


「それにしても……大きいとは言ってましたけど、思ってたよりも大きいです……」


 龍から貰った服をいざ着てみると、思ってたよりも大きく彼女は困惑し、着替えるのに時間がかかってしまったのです。


 というのも、元々着ていたボロボロの服よりは確かに良いものの彼女よりも二サイズほど上の服の為動きやすさはあまり無いに等しいのです。


 それでも彼女はその服を着ました、初めて他人から貰った服だから、初めて優しくしてくれた龍からの贈物だから、


 ――初めて他人からの愛を貰ったから――


 それからというもの、龍は日に日に彼女に服や、傷が治るまで薬を与え続けました。もはや龍ではなくというのが正しいのではないかと思うほど龍は彼女の世話をしていたのです。


 そんなある日――


「ある程度傷も治ったようだから、今日は貴様がいた村に赴こうではないか」


「え……?な ん、で……」


「貴様という女子を痛め付けた戒めだ、今後このような事がないように注意しなければならぬだろう? 貴様以外に貴様のようなことをされているやつも居ないとは断言できぬしな」


「で、でも……!」


「不安そうな顔をするでない。無事に戻ってくる」


 ――でも、そんなことをすればきっと貴方も――


 龍に向けその言葉を放とうとしますが、上手く声にならず龍は翼を羽ばたかせて彼女が住んでいた村へと向かってしまいます。


「また一人に……」


 と龍の後ろ姿を悲しげな表情で眺めつつポツリ呟きます。しかし突如として彼女は思いがけぬ行動をしました。


「私も……行かなきゃ!」


 と、以前の彼女ならば決してそう決断しなかったはずの言葉と意思がでてきたのです。その意思は、その言葉は彼女の足を一歩踏み出させるにはとても十分な言葉。そしてまた一人になりたくない、そんな一心で彼女は龍の後を付いていきました。


 ――一時たった頃、彼女は龍よりも遅れて村にたどり着きますが、何やら村の様子が変でした。


 というのも、彼女が知る以前の賑やかな村という雰囲気からとてもかけ離れており、人が誰もいないかと思うほどに静かだったのです。


 いや、それだけではありません。その村に入るとあちらこちらの地面に黒い染みや争った痕跡が周囲の家の傷となっていました。


「む、貴様も来たのか。だが、


 ポタっと彼女の上から一雫の紅い雫が落ちた瞬間、後ろから龍の言葉が聞こえます。

 振り返れば勿論龍はいましたが、見上げて龍の顔を見れば、とても恐ろしい顔つきになっていました。


 いや、それは一種の表現にすぎません。龍の表情はまじまじっと見ても喜怒哀楽が表現出来ないと思うほどに表情が変わらないのです。しかし、龍の“口からたれ続ける紅い雫とその場に漂う鉄の匂いが全てを語っていたのです”


「あ、あの……こ、この村の――」


「喰った。戒めたが言う事を聞かんでな、挙句に攻撃もしよった。じゃから我が少しばかり喰った」


「そん……な……」


 とんでもないことが起きてしまい、生まれ故郷が破滅してしまったと知ると、改めて龍の恐ろしさを知り、恐ろしい龍が目の前にいるという恐怖に溺れその場に座り込んでしまいます。


 そんな時、龍は頭を彼女の目の前に下ろし、


「いいか、我が食ったのは近くにおった牛……ってそうでなく、我が頭を上げ、喰らうぞと言った時、そこにあるナイフで我の足を刺せ、その次は翼、その次は首じゃ、良いな? 大丈夫、今の貴様ならできる」


 と小声でされども優しい声でそう言います。


 口から滴り落ちていた血は人のものでは無いとわかると少しほっとしますが、そのあとの内容が一体どういう事なのかわからずに居ると、すぐさま頭を上げて龍は強く、されども恐怖を抱かせるかのように彼女へと言葉を吐きます。


「生贄となった小娘よ! ここまで来て逃げないのならば貴様を今すぐ食らってしまうぞ、我はもう止められん!」


 その言葉を浴びた途端やはり恐怖で立ち上がることも恐れてしまっていましたが、彼女は直感的にもやらないと死ぬという言葉が頭に過り、急いで近くにあった村の人が使っていたであろうナイフを拾うと身体を震わしながらも龍の足を一突き、それによる痛みからか龍はよろけ建物を下敷きにするようにしてその場に倒れます。


 恩人を刺すというのはとても失礼なものですが、今の彼女は、生きることと恐怖で頭がいっぱい。故に彼女は少し躊躇ためらいつつも言われた通りに、足を、翼を、そして倒れたからこそ切れる首を龍の上に乗っかりナイフで刺しました。


「やれば……できるではないか」


「あ…………」


 龍の言葉で、我に返り何をしていたんだと言わんばかりに刺したナイフを捨て傷を塞ごうとします。しかし思ったよりも傷は深く、されども足、翼にも傷があるため手当は無理だと悟ります。


 だからこそなのか、恩人を死なせてしまうと思ってしまい、涙が自然とでると頬を伝いぽたぽたと龍の鱗に向かって落ちていきました。


「しかし、腕が甘いぞ貴様……この程度我は痒い程度……痛た……」


「痛いんじゃ……ないですか……」


「まあ良い……とりあえずそこから降りよ」


 と彼女にだけ聞こえる程度の声でそう言うと、彼女は素直に龍の上からゆっくりと地面へ足を運びました。


 すると、足を翼を首を刺され、血を流しているのにも関わらず平然と龍は立ち上がり、


「この村に住む人間よ! 我は貴様らのことを甘く見ていた。貴様ら人間は同胞を容姿だけで疎み、痛みつける。ならば我は逆に無能な奴らを喰い殺してやろう。それを拒むというのならば同じ人間同士仲良く暮らせ。容姿が違うからと疎み傷つけるな。この約束を破るならばここだけでなく周囲の村を壊してやろう!」


 その言葉を言い放つと生け贄として捧げられた彼女、一人を置いて翼を広げ、自身の住処へと血を垂らし、痛みに耐えながらも帰っていきました。


 そう、龍が彼女が住んでいた村に来たのは、龍の恐ろしさをこの村の人に伝え、破壊活動をすると脅し、最初から疎まれた彼女が着いてくるだろうと見込んでの行動のため、彼女を利用し彼女の名誉を一気に上げるためだったのです。


 勿論龍を撃退した事で彼女は今までにないほどの賞賛を村から貰い、龍のおかげかはたまた龍の最後にはなった言葉の恐ろしさか今までのことが嘘だったかのように疎まれなくなりました。


 そして時は経ち、再び龍の巣窟へと戻ると。


「なんだ……また来たのか……」


 とても元気のなさそうな龍が眠そうに、されども辛そうに洞窟の中でぐったりと寝ていました。


 洞窟内はいつも通り薄暗く、未だにあの時の傷で苦しんでいるなんてことはまったくわかりません。かと言って聴くということも彼女は躊躇いからか全くしません。


「……どうした?」


「いや、その……元気なさそうですけど大丈夫ですか……?」


「大丈夫……と言ったら嘘になるな……」


「そんな……まだお礼もしてないのに……」


「お礼……か、貴様の元気そうな顔が見れたことが……何よりのお礼だ……」


 表情は決して変わらないものの龍はどこか無理をして笑っているような気がします。その笑顔で彼女の悲しそうな顔を、暗くなった表情に笑顔を灯すかのように。しかしやはり不安、心配の気持ちが勝ってしまい彼女の表情はより一層悲しく、辛そうな表情になってしまいます。


「でも――」


「……生き物というのはな、突如そういう日が来るのだ……そう言えば貴様、名前はなんと申す?」


 突如、会話から話をそらすかのように龍は彼女の名前を問います。ですが、彼女は疎まれていた身、赤子の頃につけてもらった名前はとうに忘れていました。


「それよりも貴方がいなくなったら私……!」


「……貴様は一人ではない……村のものがおるだろう? それに貴様は強い……我が認めるんだから……な……もうそろそろ時間だ……最後に元気そうな顔を見れてよかったぞ。そうだ貴様の名前は――」


 龍が最後に言った言葉は彼女との別れの挨拶がわり、そして息を引き取るまでも彼女のことを考えてなのか、最後の最後に彼女に名前を与え、とうとう息を引き取ってしまいました。


 息も、声も、聴こえなくなりその場から龍の魂が消えてしまったと知ると彼女はただただその場で静かに泣き崩れました。


 ――


 ――――――


 ――――――――――


「龍を亡くした後も彼女は、村で英雄と、龍巫女と言われ、龍を亡くした悲しみと共に生まれ故郷で暮らしましたとさ」


 老婆はゆっくりと優しく物語の終わりを告げ、子供の方を見れば、子供達は不思議と目尻に涙を浮かばせていた。


「さてと、日が暮れ始めたから早く帰りなさい、親が待っているでしょう?」


「はい……」


 涙を浮かばせていた様子を見ると彼女は優しく言葉をかけ、また今度と言わんばかりに手を振った。


 翌日、彼女はその場から姿を消していた。一つの栞を、窓に飾ってあるの植木蜂の近くに添えて……。

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