後輩との2人きりの王様ゲームに負けたら、 罰ゲームがカノジョの初めてだった件

萌月 たよ

第1話 プロローグ 王様のおねがい


 がやがやと賑わいをみせている居酒屋の個室。


 お互いを挟んだ卓上には空いたグラスと、「王様ゲーム」と書かれた筒が置かれている。


 そこから取り出された先端の赤く染まった棒を彼女は握りしめると、嬉しそうに微笑んで見せる。同時に、そんな可愛らしい仕草は、俺が彼女との勝負に負けたという現実を示していた。


「ねぇ、佐久間センパイ。これってわたしの勝ちですよね?」


「あぁ、勝ちだな」


 誰がどう見ても、赤いそれは王様ゲームの王様を示す王冠そのものだった。


「そっか、じゃあ、わたしが王様ですね」


「それで……、ゲームを始める前に『王様のお願いを一つ叶える』ってルールにしてたけど、なにかお願い事でもあるのか?」


 軽く指先を顎に添えると、彼女は「うーーーん」としばらく悩んでいる様子だったが、ふと思いついたようにして、手のひらをパンッと叩いた。


「それじゃあ、佐久間さくまセンパイ。わたしと初めてをしましょう?」


◇ ◆ ◇ ◆


 四年制の大学を卒業後、特にこれがしたいなんて欲もなく職についてから気づけばもうあと数年で三十路になりかけていた。


 そんな俺の毎日といえば、ひたすら椅子にお座りしてパソコンと睨めっこの日々だ。

 流れに身を任せた結果いまに至るわけだが、自分の中では割と充実しているといえばしている方だろう。


 ただ、ここ最近一つの悩みがあった。それは――


「おいっ、桜空さく! 恋人はできたかー?」


 突如、俺の首を捕まえるようにして同期の永田ながたが襲いかかってくると、それを払いのけるようにして振り解いた。


「あのな……、お前までそういうこと言うなよ。ただでさえ、『はやく孫の顔を見せろ』とか急かされてるんだから」


 苦笑も交えながら、永田に軽い愚痴をこぼした。


「ははは! 最近、ずっと親御さんから連絡くるって言ってたもんなー。で、彼女はできた?」


「できてねぇよ」


 ほんのわずかに苛立ちを含みながら即答する。


 そんなにも彼女がいないということはいけないことなのだろうか。勿論、両親に孫の顔を見せてやれないのは親不孝なことなのかもしれないが。だとしてもだ!


 欲しいからと言ってすぐできるものでもないし、なにより俺は今の生活で満足している。決して意地をはっているわけではない。

 ……就職してから出会いとか減ったし?


「てか、そういう永田はどうなんだよ」


「良くぞ聞いてくれた! 俺も両親に孫の顔をみせろって言われ始めた!」


 胸を張りながら話すことではおおよそ無いぞ、それ。

 とはいえ、身近に同じ境遇の仲間がいると言うのはなんとも嬉しいものだと安堵する。


「そこで、だ! 今週の日曜に二対二の合コンするから、桜空、強制参加な」


 ポンっと肩を軽く叩かれると、用事終えたかのように颯爽と去っていく背中を消えるまで見つめ、ようやくと止まった思考が動き出していく。


 合コンか……、久しぶりだな。


 ん……?


◇ ◆ ◇ ◆


 日曜日の夕暮れ時。


 居酒屋の立ち並ぶ通りで、事前に伝えられていた合コンの開始時刻十分前に店前に到着していた。

 まだ俺以外に参加メンバーは来ていないらしい。


 そんなこんなで腕時計を見ると予定時刻の五分前だが、いまだに誰も来ていない。

もしかして俺、騙された? なんて思ったのも束の間、スマホの通知音が鳴った。連絡主は永田だった。


『ほんとにごめん! 急に熱出して今日行けなくなった』


 平謝りした芝犬のスタンプと共に送られてきたメッセージに思わず凍りつく。


 永田が来られないってことは必然的に一対二の合コンが始まるわけで、大学卒業以来ほとんど女性と関わることがなくなった俺には正直しんどい。


「はぁ」と大きなため息を吐き出しながら、お店の予約はされているらしかったのでここまで来て今更逃げられない。と、考えることを放棄して空を見上げた。


「あの、すみません。永田さんとここで待ち合わせされている方ですか?」


 やや低めな落ち着いた声と共に、背後からツンツンっと肩を小突かれたので、ようやく合コンメンバーの人が来たと思い振り帰ろうとした時、そこには見覚えのある人物がいた。


「……あれ? 市ヶ谷いちがや?」


「え? 佐久間センパイ?」


 彼女は市ヶ谷いちがや あおい。大学時代に同じサークルにいた二つ下の後輩だ。在学中はよく話していたものの、卒業後は話す機会がめっきりと減り、いつしか連絡を取ることもなくなっていた。


 お互いに呆然と立ち尽くしながら、じっと見つめ合っていると、市ヶ谷のスマホにも着信音が鳴った。


「……えっと、今日四人で合コンという話だったと思うんですけど。わたしのお友達、来れなくなりました」


 つまりは、俺は今から市ヶ谷と二人きりで合コンをするということか。果たしてそれは合コンと呼べるものなのかは定かでは無いが、一言だけ言えることがあるとすれば、それは。


 どうしてこうなった。


◇ ◆ ◇ ◆


「えっと……、聞き間違いか? 初めてをするって聞こえた気がしたんだが?」


「はい。そう言いました」


 取り乱す俺とは正反対に、彼女はグラスの氷をくるりと回してお酒を嗜む。

どうしてお前はそんなに冷静でいられるんだ。


「どうしてそんなに慌ててるんですか。わたしだって、そろそろつくらないと。とは、考えたりしているんですよ」


「っつ……! つくる!? い、いったいなにをつくろうと……」


 動揺した脳が瞬時に導き出した計算は、両親の一言だった。


『はやく孫の顔を見せろ』


 もしかしたら、市ヶ谷も『孫の顔』を……? だから初めてを……。


「そ、そういうことは好きな人とだな……! というか、市ヶ谷も親御さんから急かされてるのか?」


 思わずポロッと漏らした彼女への問いかけに、市ヶ谷は目を点にすると、淵に赤い三日月を描いたグラスを置いて俯いた。


「そう、ですね……。わたしも好きな人とがいいなと思います。けど、両親がわたしに色恋沙汰がないのを見かねたのか、勝手に相手を見つけようとしていて……」


 やっっっっっばい。どうやら俺は地雷を踏み抜いたらしい。

 その証拠に、先ほどまで王の座に君臨したことに喜悦を浮かべていた彼女の顔は、深刻気味で、どことなく悔しげな表情を浮かべていた。


「す、すまん。こんな話……」


「い、いえ……、わたしのほうこそすみません……」


 すこしの沈黙が流れると、それを遮る個室の扉がコンコンッと音を立てて開かれた。


「失礼しますー。間も無くラストオーダーになるのですが、なにかご注文なさいますか?」


 店員さんの言葉で、市ヶ谷と飲み始めてからそれなりに経過しており、もういい時間になっていることに気づいた。


 最後のお酒が卓上に揃い、合コンという名目の飲み会も終わりを迎えていた。


「あっ、市ヶ谷、ごめん。大丈夫?」


 グラスに手を伸ばそうとした瞬間、対面からスッと伸びてきた白魚のような市ヶ谷の指にうっかり触れてしまった。


「ふふっ。佐久間センパイ、慌てすぎですよ。ぜんぜん大丈夫ですから」


 口元に手を添えて微笑む市ヶ谷の頬と耳はほんのりと赤く染まっていた。きっとお酒のせいだろう。そうに違いない。


「あの、佐久間センパイ。さっきの話の続きなんですけど……。いいですか?」


 市ヶ谷がなにやら背筋を伸ばすと、改まった口調で話を続けた。

 彼女釣られたようにして、自然と俺の背筋もスッと伸びていくと唾を飲み込んだ。


「わたしの、初めての……。恋人になってくれませんか?」


 口をつぐんだ彼女のおもい口から放たれた言葉は、まさかの告白だった。


「それが、さっき話していた王様ゲームのお願いごと?」


「はい……。ほんとうは今日の合コンも、親が勝手に決めた人と結婚するくらいなら、自分で。と、思って初めて参加したんです。佐久間センパイがいるとは思いませんでしたけどね」


 ふふっと笑みを浮かべる彼女の口角はすこしばかり震えていて、俺に気づかれないようにそっと目尻を指で拭った。

 おそらく市ヶ谷は、俺に泣きそうになっているのを気づかれていないとでも思っているのだろう。そういうところは、まだ大学の頃とぜんぜん変わっていないらしかった。


「……わかった。俺が市ヶ谷の初めての相手になるよ。気が済むまで利用してくれ」


 成り行きとはいえ、端麗された容姿と温厚篤実な性格な彼女と偽造交際は、両親を騙すための偽造とはいえ、恋人いない歴が年齢と比例している俺なんかには勿体無い気もする。


「佐久間センパイを利用するだなんてそんな……。これからたくさん、わたしと初めてのことをしてください。王様からのお願いですっ!」


 満面の笑みの彼女は、赤く染まった棒を拾い上げて俺に見せつけるように手を伸ばした。お願い事が一つじゃなくなっている気がするけど、まぁ、いいか。


 初めて恋人ができた夜なんだ。そんな些細なことはどうでもいいだろう。





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