顔無雪女(カオナシユキオンナ)が同類を増やす話

赤澤月光

第1話

『顔無雪女が同類を増やす話。』


私は白美。かおなしゆきおんなと呼ばれている。顔は真っ白なままで、表情など存在しない。でも、それが私の魅力だと思っている。今日も猛暑だ。コンクリートの街は熱を吐き出し、人々は汗を拭きながら、どこか逃げ込もうとしている。でも、逃げ込んでも、本当に涼しくなれるだろうか?


「もう…人間でいるのは嫌だ」


公園のベンチで、小さな声が漏れた。黒い髪を風になびかせる女性が、太陽の光を避けるようにしていた。私は近づいた。足音は雪のように静かだ。


「暑いですね」私が話すと、女性は驚いて顔を上げた。その顔には、疲れとイライラが滲んでいた。


「あ、あなたは…?」彼女は私の顔を見て、少し後ずさった。でも、恐れるよりも、好奇心が先に出ていたようだ。


「白美です。かおなしゆきおんなです」私は手を差し出した。手は冷たい。彼女は少し躊躇したが、やっと手を握った。「あ、あたたか…い?」彼女は驚いた。人間の手は温かいが、私の手は氷のように冷たいはずだったのに。


「私の体温は、相手の心の温度に合わせます」私は笑顔を作ろうとしたが、顔が動かないので、代わりに声を柔らかくした。「あなたは、人間でいるのが嫌なんですか?」


彼女は黙って頷いた。「毎日、同じことを繰り返して…もう、飽きました。顔を上げるのも、劫で…」


「それなら、変わってみませんか?」私は彼女の手をもっと強く握った。「私の仲間になれば、暑さも、疲れも、すべて消えます。顔がなくなる代わりに、本当の涼しさを手に入れられます」


彼女は目を大きく開いた。「本当に?」


「本当です。『涼しくなろう』『個性を上書きしよう』…それが私たちのルールです。人間の煩わしさから解放され、雪のように自由になれます」


私の手から、白い光が彼女の体に流れ込んだ。彼女は少し痙攣したが、すぐにリラックスした。その顔が、徐々に真っ白になっていく。髪の色も、雪のような白に染まっていった。


「あ…」彼女は手で自分の顔を触った。でも、驚きではなく、安堵の表情だった。「涼しい…本当に涼しい!」


「これで、あなたもかおなしゆきおんなです」私は彼女を見て、心から嬉しかった。仲間が増えた。もっと多くの人を、この暑さから救いたい。


「でも、名前は?」彼女は私に訊いた。


「好きな名前をつけてください。今までの『個性』は上書きされたのですから」


彼女は少し考えた後、笑顔を作ろうとした。顔は動かないが、声には明るさが戻っていた。「雪(ゆき)でいいです。雪と呼んでください」


「雪ちゃん」私は呼んだ。すると、雪ちゃんは小さく頷いた。その動作は、雪の結晶のように美しかった。


「次は、どこへ行きましょうか?」雪ちゃんが訊いた。


「暑い人がいるところへ。『人間でいるのは嫌だ』『もう疲れた』…そんな声がするところへ」私は街の方を指した。太陽はまだ高いが、私たちの周りは、もう少しだけ涼しくなっていた。


「そうしましょう!」雪ちゃんは手を伸ばして、私の手を握った。二人の手は、冷たくて、でも、温かかった。


この暑さが続いても、私たちは仲間を増やしていく。もっと多くの人に、『涼しくなろう』という選択を与えたい。人間の煩わしさから解放され、雪のように自由に舞いたい人たち…きっと、もっとたくさんいるはずだ。


今日も、街は暑い。でも、かおなしゆきおんなの数は、少しずつ増えていく。そして、それに伴って、この世界も、少しずつ涼しくなっていくだろう。きっと。

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