三日で終わる、魔王か世界のどちらかが
氷今日
序章 転移
プロローグ
***
――今日こそ、倒す。
もう見慣れた、この光景。
俺は剣を構え、深く息を吸い込む。
目の前の扉、その向こうには――
俺を三十回も殺した化け物が待っている。
それでも、胸の奥を焼くような高揚と、指先を冷やす緊張は消えない。
覚悟を決め、石の巨大な扉を押し開けた。
「ゴゴゴ……」と低く響く音。
闇の奥から現れたのは、頭がライオン、背中にヤギの胴、尻尾はうねる蛇。
巨大な石像の魔獣――【キメラ・ペトラルナ】。
「理論値、五分四十九秒……。勝てる」
その喉の奥が赤く光った瞬間、灼熱の奔流が迫ってくる。
盾を構え、爆炎を受け止めた。衝撃音が部屋中に響き、視界が一瞬、真っ白に染まった。
すぐに氷の呪文を詠唱。『氷矢』を放つが、キメラは爪でそれを容易に弾き飛ばした。キメラの足が勢いよく床を踏み鳴らし、火花が散り、石床がひび割れていった。
――やばい、来る――。
そう思ったときには、もう遅かった。
次の瞬間、爪が風を裂き、俺の胸を貫いた。
視界が闇に沈み、画面中央に残酷な赤文字が浮かび上がった。
【GAME OVER】
***
画面が暗転し、現実の虚しい空気が急に部屋に戻ってくる。
「またか……ああ〜、クソッ!」
机に頭を押しつけながら、俺は身悶えた。
――勝てると思ったんだ。今回は、マジで。
どこが悪かったのか、頭の中でリプレイを巻き戻していると――突然、窓際から声が聞こえた。
「秋、また変な声出してる!」
振り向くと、そこには腰まで届く長い黒髪を後ろで束ねた小柄な少女。制服姿の彼女は俺と同学年には見えないほど、落ち着いた雰囲気をしている。彼女、
「ま〜たゲームばっかりして。罰としてグリグリするわよ?」
「えっ、ちょっと待って下さい。ホントにまっ……!!」
俺――
孤高の自宅警備員、そしてゲーム廃人の自覚あり。
――だが、そんな社会不適合な俺にも二つだけ誇れるものがある。その一つが彼女、友奈だ。
容姿端麗・文武両道。おまけに性格まで良いときてる。可愛い万能幼なじみがいる確率は、俺調べで0.0001%。欠点といえば胸が小さいことぐらいか――いや、むしろそれも俺は友奈の美点だと思っているのだが。
つまり、俺は最高の乱数を引いた男である。
「で? 秋それ、また『クロノ・クロニクル』?」
「アグリー。死にゲー界隈の金字塔。発売から一年が経っても、クリア率は数%のまま――超鬼畜ゲーだ」
『クロノ・クロニクル』――それは、ある無名の開発チームが単独で作成し、それを某有名実況者が配信を行ったことで、一気に死にゲー界隈の頂点に上り詰めたゲーム。難易度が高いだけでなく、バグや裏技も多く存在するため、クソゲーと呼ばれることも多い作品だが、そこが俺達RTA走者に好まれる理由にもなった。
――バグまみれだが、それすらも美しく感じてしまう。それは、俺のこのゲームに対する熱量のせいだろうが――。
「そんなのよくやるわね。っていうか秋は、RTAをやってたんじゃないの?」
「RTAするにも、まずクリアしないとね……。第5フロアのボスが、ほとんど誰にも倒せないくらいの鬼畜難易度でね」
「ふ〜ん」と言いながら、友奈は困ったように眉を寄せた。
そんな彼女の家はかなり厳しく、スマホをいじる姿すらも見たことがない。
「やる?」
コントローラーを差し出して、俺は言う。
「やらないけど。ところで私、よくわかってないのだけど、そこ、ステージに配置されてあるギミックとかよく使ってみたらいいんじゃないかしら」
「ステージ構造……? なるほど、さすが友奈……そして流石俺の嫁!」
「誰がですか……はい、これ。作り置き、キッチンに置いとくわね」
友奈が呆れた顔で制服の襟を触りながら言った。
「毎日ありがとう。でもほんと、無理しなくても」
「私が作らなきゃ、秋、絶対食べないでしょ!」
「はい、そのとおりです……」
反論の余地なし。
「お姉さんにも、よろしくね」と友奈が言って、バタンと、扉が閉まる音が妙に部屋に響いた。
机の上のキーボードを見つめ、ため息をひとつ。
――もう一度、挑むしかない。
ネットの世界に入ろうと、パソコンを起動。
……がしかし、キッチンからの香りにすぐに敗北してしまった。
「お、今日はハンバーグか。腹が減っては戦はできぬ――いただきます」
――俺のRTAは、いつも食卓から始まる。
***
深夜。おなじみの攻略サイトを巡っていると、あるページに奇妙な記事が追加されていた。
『クロノ・クロニクル:ゲーム世界に転移する裏技』
なんだこれは、と思いながらもクリックする。
「安っぽいデマだな、誰が一体こんなもん……」
口ではそう言いながらも、体は手順どおりにコマンドを入力していく。そしてとうとう最後のキーを押す――が、何も起こらない。
光る画面が、ただ虚しかった。
やっぱりな、と苦笑したその瞬間――
画面が、突然爆ぜるように光った。
「うおっ……!?」
体が宙に浮いたような感覚。
意識が一瞬、遠のく。
「秋!? また変なことしてるでしょ!」
窓際から突如として聞き慣れた声が。
「友奈!? 駄目だ、来るな!」
「何言ってんの?」という声と同時に、扉が開く音。パジャマ姿の彼女が見えた瞬間、光が視界を飲み込んだ。
時間がゆっくりと伸び、驚く友奈の表情がスローモーションのように動いていく。
――あと数秒、早ければ。
彼女は――助かっていたのだろうか。
***
目を覚ますと、俺たちは“あの世界”にいた。
目の前には、見覚えのある巨大な石の扉。
その奥から響く、咆哮。
三十回、俺を殺したあの化け物が、そこで待っている。
しかも今度は――
友奈も一緒だ。
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