屍王の帰還 ~元勇者の俺、自分が組織した厨二秘密結社を止めるために再び異世界に召喚されてしまう~/Sty
【いつかの夢】
『ヘルヘイム』。はぐれ者たちが身を寄せ合った秘密結社。彼らの拠点であるエリューズニルという館は夜闇に包まれ、静寂の中に立っていた。
「おやすみ、ニヴル」
「はい。今日もお疲れさまでした、屍王」
ヘルヘイムの首魁、日崎司央こと屍王は、この世界に帰還してからもう何度目かもわからない挨拶を右腕であるニヴルと交わす。
屍王にとっては約五年前。この世界では百八十年ほどの月日が経って、屍王は再びこの世界に召喚された。こうして再び言葉を交わすことができる幸運を噛みしめて、屍王は自室の寝具に身を沈める。柔らかな感触に身を委ね、意識が暗黒に覆われた。
そして――
「……屍王、起きてください」
少女の声が屍王を揺り起こした。
自身を襲っていた睡魔はいつの間にやら晴れており、屍王は少女の言うままに目を開けて身を起こした。
白髪。頭上のくすんだ天輪。目の前の少女が持つ特徴は、右腕であるニヴルのもので間違いない。だが、確実な相違点がある。
身長は寝る前に挨拶をしたニヴルより低く、瞳は薄っすらと影を落とし、表情も乏しい。
まるで、出会ったばかりの頃のニヴルのようだ。
「……ニヴル?」
「……慣れませんね、その名前」
そう言い残して、役目は終えたと言わんばかりに彼女は退室した。
そうだった。昔のニヴルは淡白で、機械じみていた。屍王は懐かしむと同時に、感情を表に出せるようになった現在のニヴルを想起して微笑む。
「夢か、これ」
明晰夢というやつだろう。屍王は確信を持って天蓋付きのベッドから降りる。
すると、自室の景色が一変した。
冷たい鉄格子と石畳。辺りから鎖の音が鳴り響き続ける、まるで監獄のような場所。
鉄格子の向こうで膝を抱える赤毛の少女は、頭頂の獣耳を伏せて、地面を見つめていた。
「ガルム」
「……ぁ、はい。ガルム……なまえ」
このガルムは屍王と出会った直後。まだヘルヘイムの一員にすらなっていない頃のガルムだ。名前すら持っていない、呪狼の子。
「おなか、すきました」
「敬語、止めていいって言ってるだろ」
「ごめんなさい」
一度瞬きをすると、その光景は霧散する。
次に視界を埋め尽くしたのは、煌々と輝く炎の色。無機質な工房の中で燃え盛る炉の前で、大男が屍王に背を向け鎚を振っていた。反響する金属音は、他の音を塗りつぶそうとするかのように奏でられている。
「グルバ」
「……作業の途中だ。後にしろ」
屍王に振り返らず、白髪の老翁は鉄を打つ。炎の熱さと対照的な温度の無い声音が、けたたましい音の中で確かに鼓膜を叩いた。
グルバが振り下ろした鎚が火花を散らすと同時、屍王は森林の中に立っていた。目の前に聳え立つ巨大樹の根元には、空色の髪を靡かせた幼い精霊が浮遊している。
「フレスヴェルグ」
「なにその名前。かわいくな~い」
世界機構第三精霊『
立っているだけで風が屍王を切り裂く。拒絶を表す風刃が、周辺の木々を揺らし、葉を落とす。暴風が屍王の眼前を覆い尽くすと、景色が一枚絵のように呆気なく吹き飛ばされた。
後に残ったのは、真っ暗な闇。目を開けているのか、閉じているのか判然としない程の暗黒。
唯一の光源は、炯々と輝く二つの瞳。
屍王は、いま自分の前にいるであろう巨大な影に目を向ける。
「ニーズヘッグ」
『我に名を付けようとは……羽虫にも劣る下等な猿めが。つけあがるな』
口の端から炎が漏れ、最強種族が
「ジェノム。エヴァン。アルノイア」
まだ、再会を果たせていない彼らに関する記憶が巡る。
夢だとわかっているのに、悲愴な過去をまざまざと見せつけられる。
ヘルヘイムと名乗り、『八戒』として屍王に追従することになる彼、彼女たち。
――少しでも幸せにできたのだろうか。
屍王は再び、深く目を閉じた。
「ぉぅ……シオー……起きてください」
「……んぁ……ニヴル……朝?」
「はい、ニヴルです。そして朝ですよ。もっと言えば、そろそろお昼です」
屍王が目を開けると、カーテンから日が差し込んでいた。彼を揺り起こしたのは、寝る前に挨拶を交わしたニヴル。過去の彼女ではなく、再会を果たした現在のニヴルに間違いなかった。
屍王の寝顔を堪能して満足げなニヴルは緩く微笑む。
「ガルムが昼食こそ屍王と、と言うので起こした次第です」
「なるほど……寝過ごしたのか」
屍王が身を起こしたのと同時に、部屋の扉が勢いよく開かれた。
「王っ! そろそろ起きないと、王のぶん食べちゃうからね!」
獣耳をピコピコと忙しなく動かしながら、ガルムが突撃してくる。ガルムに腕を引かれているのは、困り顔のグルバだ。
「あれ、グルバも一緒か?」
「ああ、ワシも作業の途中だったのだが、ガルムがどうしてもと言うのでな」
「じーじ、昨日ご飯食べてないから!」
まだ少し眠気が残ったまま、快活なガルムに手を引かれて食堂へと辿り着くと、小さな竜がその翼をパタパタと動かしながら屍王を出迎えた。
「我が王よ、
「ごめん、ニド。お腹すいたか?」
「ふっ、このニーズヘッグ、空腹程度で気分を害すほど狭量ではないのだ」
その割に、小さな黒竜の目は魔力を操る
「ヘルくんおは~。今日は暇だったからフーちゃんも料理手伝ってあげたよ~、胃袋掴まれちゃう?」
「それは楽しみだ」
「では、我はメリーメアを起こしてくるのでしばし待っておるがいいのだ!」
ニーズヘッグがヘルヘイムに新たに加わった
夢で見た光景は確かにあった現実で、過去になっても消えはしない。
だが今、屍王の目の前にある光景もまた、ヘルヘイムに訪れた現実だ。
夢で自分に投げかけた問いへの答えを得た屍王は、用意された席に着き、いつもの軽薄な笑みで顔貌を彩った。
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