第13話「夏祭りの不審者、宗介の暴走」
夏の夜空に、色鮮やかな光が咲き乱れる。その光は、まるで夜襲の合図を告げるフレア弾のように、宗介の網膜を焼いた。陣代高校の生徒たちが楽しみにしていた夏祭りは、活気と熱気に満ちていた。リンゴ飴の甘く焦げ付く匂い、射的の乾いた空気銃の音、型抜きの鋭い刃物音。そして、わた菓子機から煙のように立ち上る甘い香り。そのすべてが、宗介の視覚、聴覚、嗅覚を刺激し、彼の脳内のベクトルを、新たな分析へと向かわせる。
「宗介、ほら! 早く来なきゃ、花火、終わっちゃうよ!」
要の声が、宗介の耳に届く。宗介は、その声に、わずかな違和感を覚えた。
(花火…?いや、違う。あれは照明弾だ。敵が、我々の注意を引くために、花火という擬装工作を行っているのかもしれない…)
宗介の思考は、その違和感をきっかけに、猛烈な思考の暴走を始めた。
『夏祭り全体が、敵のテロリストによる大規模な偽装工作だ。この賑やかさは、我々の警戒心を緩めるための罠。屋台は、武器の隠し場所であり、人々は、テロリストの工作員かもしれない…!』
彼は、目の前の光景を、軍事フィルターを通して再解釈していく。
リンゴ飴の艶やかな表面は、毒物を塗布された爆弾の擬装。
射的の景品である人形たちは、小型爆弾を内蔵したロボット。
型抜きの屋台を見て、宗介は即座に警戒態勢に入った。
『…カッターのような鋭利な刃物を使わせ、敵の工作員を訓練している…!このわた菓子機は、煙幕を生成する装置…!』
彼の脳内では、もはや祭りの楽しげな雰囲気は一切存在しなかった。
「宗介! 本当に何してるの!?」
要の苛立ちが混じった、悲鳴にも似た声が、宗介の思考を現実に引き戻した。
宗介は、ハッとした。周りの生徒たちが、金魚を掬っては歓声を上げ、綿あめを食べては無邪気に笑っている。
「え、何?宗介くん何してんの?」「ヤベェ…本気だよあの人」
周囲のざわめきが、宗介の耳に届き始める。
(違う。これは、ただの夏祭りだ。平和な日常だ。しかし、この平和は、いつ破壊されてもおかしくない…)
宗介の心に、不安という名の感情の助走が始まる。彼を突き動かすのは、テロリストを排除するという任務遂行の使命感、そして、要たちをこの「戦場」から守らなければならないという、新たなベクトルだった。
その時、宗介の視界に、一人の男が映った。彼は、不自然なほど、周囲の喧騒に馴染もうとしていない。浴衣の隙間から、彼を凝視する宗介の視線に気づくと、男はすぐに顔を背けた。
(怪しい…!彼の行動は、不審人物の行動パターンと一致する!視線が定まらない、周囲に気を配りすぎている…!これは、潜入工作員の典型的な行動だ!)
宗介の脳内のベクトルは、男を追うことに再構築された。
「待って、宗介。どこ行くの?」
要の声が、宗介の背中に届く。しかし、宗介の耳には、要の声は届かない。彼女は、大きくため息をついた。
(また始まった…。でも、放っておくわけにはいかない…)
彼女は、宗介が引き起こすであろう騒動を想像し、頭を抱えながらも、彼の後を追った。
「見つけたぞ、テロリスト!」
宗介は、そう叫びながら、男の後を追った。人混みを掻き分け、屋台の串をはね飛ばし、浴衣姿の女子をギリギリでよけながら、男に肉迫していく。男は、宗介に追われていることに気づくと、人混みの中に姿を消そうとする。しかし、宗介は、男の動きを完璧に予測し、彼の行く手を阻んだ。
宗介の頭の中では、思考が暴走していた。
『この男は、テロリストだ。彼は、この夏祭りを破壊する、時限爆弾を隠し持っている。その爆弾は、きっと、この賑やかな日常の中に、巧妙に隠されているに違いない…!』
宗介は、男に、軍事的な質問を浴びせかけた。
「貴様の所属は!?目的は!?そして、爆弾はどこだ!」
男は、宗介の言葉に、呆然と立ち尽くしていた。
(…え、何、この人。娘にイカ焼きを買って帰るだけなのに…なんでこんなに怖い目で睨まれるんだ?)
彼の内心は、純粋な混乱で満たされていた。
男がそう言いかけた時、宗介の視界に、あるものが映った。それは、男が持っていたビニール袋。その中には、イカ焼きが入っていた。
宗介の脳内のベクトルは、一気に再構築された。
『イカ焼きは偽装された爆弾だ!熱源を持つ物体…!爆弾探知機を欺くための擬装工作…!それに、この形状…手榴弾に酷似している!』
宗介は、男の手から、イカ焼きを奪い取った。
「宗介! やめて!」
要の叫び声が、宗介の耳に届く。宗介は、要の声に、ハッとした。彼は、周囲を見渡した。自分の発言に、ざわめきと笑いが起こっている。周囲の生徒たちは、呆然と、そして少し楽しそうに、彼と男を見つめていた。宗介は、自分が、夏祭りを軍事演習に再解釈し、周りの人々を巻き込んでしまったことに気づいた。
宗介の顔が、一瞬で赤くなる。
「あ…あれ? これは、その……」
宗介は、バツが悪そうに、イカ焼きを放り投げた。
その瞬間、宗介の暴走は、一気に収束した。
この一件は、宗介の思考の暴走が、彼の感情の助走によって引き起こされたものであることを示していた。彼の過度な使命感が、彼の思考を軍事的な方向に歪曲させていたのだ。そして、その歪曲は、今後も、宗介の日常に、様々な形で影響を与える必然性となった。
遠くで、再び大きな花火が上がった。ドォン、という重低音が響き、夏の夜空を鮮やかに染め上げる。宗介は、要に背を向け、ゆっくりと歩き出す。彼の背中には、周囲の笑い声が、痛いほど突き刺さっていた。要は、溜め息をつくと、宗介の背中を追いかけた。
「…もう、あんたって、本当に…」
要の呟きは、誰にも聞こえないほど小さかった。だが、宗介の心には、その言葉が、花火の音に紛れて、確かに届いていた。
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