第11話「西アフリカ、闇市場の迷路(前編)」
西アフリカの港町は、熱気と埃、そして活気の匂いで満ちていた。
肌を刺すような熱気と、汗と獣臭、スパイス、そして微かな腐敗臭が混じり合い、宗介たちの嗅覚を刺激する。
宗介たちミスリル特別チームは、この混沌とした闇市場に潜入していた。
彼らの任務は、内戦を引き起こしている武器商人から、「ウィスパード」の技術に関する情報を引き出すことだった。
マオは、いつも通りの気だるげな表情で、宗介とクルツの後ろを歩いている。
彼女の視線は、市場を行き交う人々の顔を、一人ひとり、注意深く観察していた。
「ゴウン…ゴウン…」と低い音を立てる太鼓の音が、市場の喧騒に混ざり、人々の怒号や交渉のざわめきと重なり合う。
宗介の目に映る市場は、まるで生きた迷路だった。
路地は複雑に分岐し、即席の屋台がダンジョンのトラップのように彼らの行く手を阻む。
宗介は、そのすべてを軍事的に分析しようとする。
「宗介、この熱気は、まるで戦場のようだね」
クルツの声が、宗介の耳に届く。
その声には、いつもの軽薄さはなく、かすかな緊張が混じっていた。
宗介は、クルツの言葉に、わずかな違和感を覚えた。
(この場所は、確かに戦場ではない。だが、この熱気、この匂い、この活気は、まるで戦場を再構築したようだ…)
宗介の思考は、この場所の温度を分析しようと暴走し始める。
『この市場は、まるで生きた迷路だ。武器商人という名のミノタウロスが、この迷路の中心にいる。俺たちは、そのミノタウロスを倒し、情報を奪わなければならない。しかし、この迷路は、俺たちの論理を嘲笑うかのように、常に形を変えている。』
宗介は、思考の第一段階として、純粋な軍事分析を始めた。
(視界は不良。逃走ルートは複雑。待ち伏せの可能性は90%以上…)
しかし、その思考に、クルツやマオの安全を過剰に演算する感情が混ざり始めた。
(クルツの生命維持プロトコルを起動。マオの安全を最優先…)
宗介の論理システムは過熱し、感情という「バグ」を認識しつつも、それを無視することができなかった。
「宗介、何かおかしいよ」
マオの声が、宗介の思考を現実に引き戻した。
宗介は、マオの声に、わずかな温度の変化を感じ取った。
それは、彼女の持つ「勘」が、この場所に潜む危険性を察知していることの証明だった。
宗介は、マオに、目で合図を送る。
(このまま進むと、罠にはまるかもしれない。しかし、引き返せば、任務は失敗する…)
宗介の心に、葛藤が生まれた。
彼の論理は、このまま進むことを指示している。
しかし、彼の心には、マオの言葉に対する違和感が残っていた。
「待て、宗介。この先は、俺が一人で行く」
クルツが、突然、そう言った。
宗介は、クルツの言葉に、驚きと違和感を覚えた。
クルツは、いつも宗介の指示に従っていた。
しかし、この時の彼は、宗介のベクトルとは違う方向に動こうとしている。
(俺が一人で行けば、宗介は危険を冒さずに済む…)
クルツの脳裏に、第1話で宗介の完璧な計画を台無しにした、自分の不完全さがフラッシュバックした。
クルツは、宗介に、静かに微笑んだ。その笑顔の裏に、深い覚悟が隠されていることに、宗介は気づかなかった。
クルツは、単独で、市場の奥へと消えていく。
宗介の心は、不安で満たされていた。
彼は、クルツの行動が、自分の予測を上回る不完全さであることを理解していた。
そして、その不完全さが、彼らの任務を、致命的な状況へと必然性として導いていく。
「追うぞ、マオ」
宗介は、マオにそう言って、クルツの後を追った。
しかし、市場は、まるで宗介たちを嘲笑うかのように、人々の流れが複雑に入り組み、彼らの行く手を阻む。
宗介は、人々の波に逆らいながら、クルツの姿を探した。
(なぜだ? なぜこんなに人が…?)
宗介の脳内で、市場の喧騒がノイズへと変わっていく。
その時、宗介は、武器を抱えて走る少年、偽物を売りつけようとする商人、そして祈る老婆の姿を視界の端に捉えた。
宗介は、一瞬、思考が止まる。
(この人々は、被害者であり、同時に加害者でもあるのか…?)
その時、市場の喧騒が一瞬、止まった。
異常な静寂が、彼らを襲う。
そして、宗介の耳に、激しい銃声が響いた。
それは、クルツが、罠にはまったことを示していた。
宗介は、銃声が聞こえた方向へと走り出した。
彼の心は、苛立ちと、焦燥感で満たされていた。
そして、その焦燥感の助走が、彼を、内戦の渦中へと導いていく。
宗介の心臓が、激しく高鳴る。額から汗が流れ落ち、目に染みる。
「クソッ、クルツ…!」
宗介の叫びが、銃声に吸い込まれていく。
この日の任務は、宗介が、論理と人命の間で葛藤する、最初の感情の助走となった。
そしてそれは、彼が「最優先すべきもの」を見出す、重要な必然性となった。
夜の闇市場を照らすネオンの光が、宗介の感情を反射するように、歪んで揺れていた。
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