世、妖(あやかし)おらず ー釜痛散(かまいたち)ー
銀満ノ錦平
釜痛散(かまいたち)
8月も10日が過ぎて、もうすぐお盆休みに突入したある夏の日、私は友人達ととある計画を立てていた。
その計画を立てる切っ掛けは、地元に帰ってきた友人数人と居酒屋に誘われ呑んでた時に小学時代に遊び場として利用していたある神社の話題になり、盛り上がった際、友人の一人である『
「そういやさ、ほら小学生の時にお前らと一緒に遊んでた神社あったじゃん?あそこ今廃墟になってて、有名な心霊スポットになってるらしいぜ?」
それは俺自身も噂になっている事は把握していた。
他の友人は高校卒業後は県外に行った為、廃神社になっていた事実をつい最近知ったらしいが地元にずっとあの神社の神主と交流があった俺はちゃんといつ何故に神社が廃墟化してしまったのかは理由を知っている。
それは俺が高校を卒業し、地元の大学に入学して四年目に入った丁度夏の時期であった。
俺は大学入学後も何度も時間の余裕がある時には、その神社に顔見せに向かい、神主とも他愛もないが何処か友人感のある世間話を語り合っていた。
そのお陰か、いつの間にかその神社の詳細や神主の家族構成、対にはボランティアで行事の手伝いをさせてもらったりする程には交流を深めていた…。
しかし4年目になると卒論に就職先探しなど忙しさを極め、中々神社にも行く余裕も無くなってしまい…気が付けば一家離散で神社から夜逃げしたと、親が物悲しそうに私に告げてきた時はまるで時間を一瞬で飛ばされた感覚に見舞われ、もう夜にも関わらず「嘘だ嘘だ」と無我夢中程ではないにしろ焦りながら神社へ向かっていた事は今でも記憶に残っている。
迸る汗を気にしない程には、気が動転していて結構な距離があったにも関わらず体感は近場のコンビニの距離と大差ない様な感覚に陥りつつ、無我夢中とも言える頭の混乱に戸惑いながら気が付けば、神社の石段前にたどり着いていた。
距離に反して身体の疲労はなかったが、精神的な疲労の方が勝っており、この前まで笑顔で楽しく話していた神主の表情を思い出して涙が溢れ、それでも親の言っていたことが真実なのかこの目で確かめ無ければ納得出来ないと石段を登り、いつも見上げていた鳥居を通り抜け、神社の敷地内へ入り神社裏にある神主の家へと辿り着いた。
一階建てで、外から見ても暖かみ溢れていた神主の家は…もぬけの殻であった。
時間の関係だったとしてもその時はまだ夜の21時でその時間は急な用事が起きない限りは普段は家に在宅しているし、俺も何度か泊まったことはあるのである程度のルーティンは把握していたので大体ではあるが神主家族がこの時間に全員寝てるとは思わなかったし、そもそも人の気配すら外からも感じないの現実がもうこの家がもぬけの殻というのを理解させそこで漸く、現実を理解し俺はそこで涙が溢れ出してしまい、偶々外を散歩していた近所のおばちゃんに心配されてしまい、おばちゃんの家に誘われそこで事の詳細を詳しく聞かせてくれた。
俺が忙しくなり、神社に立ち寄るのを止め始めた時期にどうやらそこの神社に祀ってある【釜】を神主の孫娘が誤って倒したらしい。
その祀ってある【釜】というものが、その神社に代々伝わっていた【
そしてこの【痛釜】は、毎年8月の20と1月の正月に【
そして沸騰したお湯を冷やす迄の時間に祭りをして完全に冷やし、そのお湯を取り出すがこれを飲まずに【痛釜】の前にお供えとして置いた後、周りに置かれてある新品の釜で同様の手法で冷やした白湯を神主が飲み終わることでこの祭りは終了し、後片付け後に直会を称した慰労会で締め括る訳だが、今年は祭りの準備中に俺も本来は手伝いに行く筈だったがどうしても忙しかった為、代わりに娘家族を呼んで観光次いでに神社の祭りの手伝いをしてくれとたんだらしい。
娘家族は了解して祭り準備の手伝いをしていたが、そこで事件が起きる…神主の孫娘さんが誤ってその【痛釜】を落としてしまったというのだ。
祭り用に入れていた白湯は全部溢れ釜も割れてしまい神主はそれを見た瞬間、今まで見たことのない激昂し、孫娘に暴行を加えようとしてしまったらしく、周囲が止めても暴言を繰り返し、孫娘はそれがトラウマでその場で泣いた顔のまま身体が固まって動かなくなった事により娘夫婦が激怒、そのまま孫娘と共に病院に向かった為祭りの準備は中止、周囲も神主の怒りを収めるのに必死でそれどこれではなかったんだと、近所の叔母さんから聞いた。
この騒動で孫娘は精神的なトラウマに苛まれてしまい、年寄り…特に神社の装束と釜を見るだけで息が上がって泣き喚いてしまう程深く重い心の傷を刻んでしまったことで、娘夫婦はそれ以降神主とは絶縁…しかもこの件が速い速度で話が回ってしい祭りも急遽中止、その後は神主宅では常日頃家の中から怒号が舞い、神主の奥さんはその後家を出てしまい、神主はそのまま自宅に引きこもり…神社も清掃や手入れをする者も居なくなり、そのまま気が付けば神主も自身の車で外出して以来帰ってこず、そのまま放置してしまった…ということであった。
その後の神主の詳細は分からないが噂では何処かで自ら命を絶っただの、別の土地で妻と暮らしてるだのと様々な噂が流れたが結局神主夫婦が何処へ行ったのか…その後の行方は誰もわからないままだったとおばさんから聞かされ、俺は感情の情緒が分からなくなり頭の回転も回らず、暫く茫然自失になっていたと思う。
それを心配しておばさんは親に連絡を入れ、迎えに来てくれた親が声をかけてくれるまでは本当に頭が回らずずっとぼーっとしていたらしく、その翌日にカウンセリングに連れて行かれ、少しの間通うこととなってしまう。
流石に休学させるか親は悩んだが折角卒論も後少しで終わりそうに加え、就職活動も大詰めを迎えていた事もあったため、通院も最小限にして何とか親も説得しその年で何とか大学も卒業、就職先も決まり、俺の精神も平常を取り戻してきたので親もそれには結構安堵して泣きながら俺に慰めの言葉と家族での祝賀会を行ってくれて俺も支えてくれた親や友人にはとても感謝をしていた。
そもそも確かにあの神社の神主とは仲良くしていたし、祭りの準備も自発的にするほどの交流を行いしていたが、身内と錯覚する程の仲ではなかったし、よく考えれば親戚の叔父さん程度の付き合いをしていただけで何故ここまであの神社と神主に愛着を持ったのか冷静になるにつれ不思議でならない気持ちに陥り余計に混乱してした時期もあったが、それでも大学も卒業して就職も決まり、そんな青春の苦くも晴れやかで楽しかった思い出も薄くなり、
淡々と自身のリアルの日常を過ごして早10年を迎えた30の歳に掛かろうとした矢先に、先程の友人拓真と他2人の友人の計4人での呑み会が開催されることとなったのだ。
そしてその呑み会で拓真が上記の神社について語りだす経緯となる。
どうやらこの約10年ばっかし誰もその後はあの神社には近寄らなくなったらしく、その上神社付近が過疎化してしまったことにより老人もいなくなり、誰もあの神社に触れることもなく、気が付けば廃墟化してしまったというわけであった。
流石に10年でそんな廃墟化するのか?という疑問もあったがとある動画配信者がその神社を突撃したという動画を見せられた際に、その異様な廃墟模様に大分酒を呑んで酔っていたにも関わらず、謎の冷や汗と戸惑い、そして酔いが醒めてしまう程には強烈な映像として頭に焼きつけられてしまい、友人に心配はされたが、大丈夫と言い何とか誤魔化すことが出来出来た為、その後はずっとこの神社の話題で盛り上がり、醒めてしまった酔いも酒を追加した事で再び蘇って、気が付けば折角皆で合流したのだから記念にその神社に肝試しに行こう…となった。
計画は、時間として酔いも冷めたであろう翌日の夜の23時に一人暮らしの俺の家に集合した後、家から車で10分の廃神社に向かい、そこでお参りをした後に俺の部屋で再び解散会と称した呑み会を開いて締めよう…というものであり、他2人もそれで了解を得たのでそのまま居酒屋で解散、よれよれと酔いだくれながら明日向かう神社の思い出を振り返りながら眠りに着いた。
翌日、二日酔いで頭を抱えながら今日の夜に向かう廃神社について少し詳細の方を調べてみることにしたが、結果はまず俺が親から聞いた話がより誇張された噂話と、その心霊動画配信者が撮影したという動画と写真を自分の目で改めて確かめた程度で、他に目新しい内容は見つけることが出来なかったのだが一応調べた内容を夜に、友人に伝える為にメモして友人と約束の時間である23時までのんびりと過ごす事にし、その勢いで他の心霊スポットに突撃している動画配信者の配信動画を見ながら時間を潰すことにし、気が付けば夕陽が沈みかけて夜に以降する時間帯となり、皆は約束を覚えているのか改めて3人に連絡を取る事にした。
拓真はうたた寝をしていたらしく、寝起きの声量で反応してくれ、他2人…
そうして心霊動画を見続け、もうそろそろかと時間を覗けば、約束の時間まで1時間近くになっていたので軽く軽食し、再び3人に連絡を取ると3人は今向かっているとの事だったのだが、正直直前になって行く気力が減っていたこともあり、本当は誰か何かしらの理由で中断か、面倒くさくなって家でそのまま呑み会を開催してもらえれば…なんて願望が脳内に巡りもしたが、次4人で会えるかもわからないしここまで3人が高揚して気持ちを疼かせてているのももしかしたら最後かもしれない…。
純粋に遊んだ青春の1ページの頃の気持ちを俺だけの気持ちで冷めさせるのもおかしい話ではあるし、そもそも3対1で意見が割れてしまって俺も彼奴等も気不味い思いのまま離れるのも嫌ではある。
なら行くしかない。
昔、俺の精神に歪なズレを付与したあの神社に…。
時間が刻々進むに連れ少し冷や汗と緊張が走って来て足も自然に貧乏揺すりをし始め、自身が本当はあの場所に行くことを心の底で拒否しているんじゃないかと思い始めた時…携帯が再び鳴り始めた。
「おい、お前起きてるか〜!」
「ああ…拓真か。もう着くか?」
「おう、残り2人も俺と一緒だぞ。あと10分近くで着くから準備しといてなー。」
「…分かった。」
俺は着替えをして、家の玄関前で3人を待つ間にどう早く廃神社から立ち去るか方法を悩み考えていたが3人は予告通り10分経った後に俺の目の前に現れ、結局妙案が思いつかなかったのと3人のテンションが高かった為、空気を乱すわけにもいかずやむを得なく無理やり自身も同調して例の廃神社に向かうこととなったのである。
ここから10分間は俺がネットで調べた廃神社についての情報を3人に語りながら、過去俺が3人が行かなくなった後も神社と関わっていた事やその後の神主達の動向の実際聞いた話と噂話を聞かして最初初めての地元の肝試しにテンションが上がっていた3人を何とか気持ちを冷やした表情を確認しながら、(これで少しは廃神社に足を運ぶ気力を削げたかな?)と思いながらも矢張り夜のテンションと4人もいるから何かがあっても大丈夫だろと再び意欲を上げてきたので俺ももう覚悟を決めた時、目の前に夜にも関わらず目立っている鳥居が目に付いた…そう、例の廃神社に辿り着いたのだ。
よく見ると周りの家屋は自身の記憶と照らし合わせると取り崩されていたり、誰1人居ない空気を出していたり、目に見えて誰も居ないと一目見て分かる家屋が多く、まるで何処か異世界に迷い込んだとしか思えない空気と風景に全員思わず息を呑んだものの、ここまで来たらもう迷わず行くしかない…と
この神社に詳しい俺が先頭で他3人が後ろから付いて行くという手筈に決め石段を進み始める。
20段近くある石段を歩かなければならないがその石段を懐中電灯で照らした。
すると後ろから…
わぁぁぁぁぁ!!!
という叫び声が聴こえ、思わず俺も同じように驚いてしまう…声の発信者は正樹で、正樹の顔を照らすと怯えた顔をしていたのでどうしたのか聞いてみると
「石段に赤い血のようなものが付いているかもしれない。」
というものであり、それを聞いて俺は恐る恐る石段に懐中電灯を照らすもその様な血のような液体が染み付いてる様子はない。
残り2人も見ていないため、驚かそうとしていたのか…はたまた、ここに来るまでに伝えた話が頭にこびり付いて見間違えてしまったのではないか…という結論に至り、ビビっていた正樹をどうするか相談したが正樹は大丈夫と言ったので、構わず石段を登る事にした。
それ以降は特に異常はなく、なんの怪奇現象も起きずに安堵半分、何か起きてほしかったかもという残念な気持ち半分で石段を登り終えることが出来、登り終えた真っ先にある鳥居に目を全員で眺める。
俺が記憶にこびりついていたここの鳥居は木材で出来ていて、良い意味で古臭く何処か愛着の湧く親しみある姿をしていたと思っていたが…。
懐中電灯で鳥居を照らすも、心霊スポット動画で見た通りにボロボロになっていて俺はそれを見て漸くここの神社は俺の思い出の中にある神社でなくなったんだと淋しい気持ちになってしまっていた。
しかしよく見ると所々に何か傷のような跡が見えて、少し不気味な物に見えてしまい、次は俺が冷や汗をかく番となるが他3人は特に古い鳥居としか見ることをしなかったので、変に恐怖心を掻き立てる事にならずに済んだ。
何となく全員で鳥居前で一礼した後、抜けた先にある手水舎に向かう。
この手水舎の柄杓は他には見られない釜の形をしてあるが、勿論今廃神社となった今は手水舎としての機能も、その珍しい釜の柄杓も無くなっているが、それ以外は特に真新しい様子もなかったのでその場を離れた瞬間、ビチャ…っと手水舎から水が滴る音が聴こえた為、俺達は一斉に手水舎の方向に顔を振り向き、そのまま身体が緊張で固まってしまい、次また水音が鳴るのではないかと身を固める。
しかし数分経っても鳴らなかったので、全員で手水舎の方に向かい中を確かめることにした。
最初に覗いたのはまだ好奇心が高くなっている拓真で、何の躊躇もなかったのでそこに俺達は驚いたと思う。
覗いた拓真は、少し中を覗いた後に手を中に突っ込み何かを指に付けたような仕草をして、それを懐中電灯で照らし眺めていた。
こちらが「どうした?」と言葉を投げかけると拓真は少しぎこちなくこちらを振り向き、指を俺達に差し出してきた。
俺達は不穏な空気を拓真から感じ取ったものの、差し出されたら見るしかないので懐中電灯で指を照らす。
拓真の指は真っ赤な血色に塗られているかのようになっておりそこで俺も漸くそこで悲鳴をあげてしまった。
俺達が、血だ!血だ!っと騒いでいるにも関わらず何故か拓真は指を眺め、
「お前ら落ち着け、これ多分錆だよ。」
と俺達にあくまで冷静に言葉を発した。
え?っと思い拓真の顔を見ると、拓真はより冷静に
「ここ長く使ったなかっただろ?なら偶々錆の塊が垂れてきてもおかしくはないんじゃないか?なんかざらついてるし…だから落ち着けよ。」
拓真はハンカチで「中々取れにくいな…」と指を拭きながら社殿に真っ直ぐ向かい始めてしまった。
俺達が思考停止した脳内を漸く動き、拓真の元へ歩き出す。
周囲はとても異質な雰囲気を醸し出しているにも関わらず拓真は淡々と歩いていた為に俺達の緊張感も徐々に薄れ始め、少し駄弁る余裕も見せながら社殿前へ辿り着く。
俺が記憶している社殿は鳥居と同じく良い古臭さを放ってて、ここにいると何故か安堵する場所だったが懐中電灯を向けると前にある賽銭箱はボロボロで、社殿内は祭壇が崩れて飾ってあるものも床に落ちており、畳部分も穴が空いていたり、動物の引っ掻き跡が残されていたりと見るも無惨で悲惨な正に廃神社と呼ばれても致し方ない姿に成り代わってしまっていた。
中に入るのは憚られるので外から眺めた時、祭壇下に釜のような物が落ちているのを発見してしまう。
そこでやっと俺はここでの良い思い出がフラッシュバックし、悲しみの感情が漸く芽生え、目から涙が溢れ出してきてしまい、3人に心配をかけてしまう事に…。
「大丈夫か?…見れるものは見れたしここまでにしておこうか?」
「いや、御免だがちょっとあそこに落ちてある釜を確認させてくれ。」
「なら俺達も…。」
「いや、俺が確認してくる。お前ら済まない…後ろから懐中電灯照らしてくれると助かる。」
3人は俺の気持ちを把握したのか了解し、後ろから懐中電灯を照りてくれ俺は一応一礼をして社殿の中へ入る事にした。
中は異臭で溢れており、所々に動物の糞や誰かが捨てたゴミが散乱してあり悲しい気持ちになりながらも落ちてある釜を確認する為に我慢して辿り着いた。
その釜を満面に確認したものの、それが恐らく【痛釜】ではなく白湯を呑む用として用意されていた通常の釜であるのは傷が無かったことと、そこまで【痛釜】を長年見続けた俺が見た感じには見慣れた古さを感じ取れなかった…これが主に俺がこれを【痛釜】ではなと判断に拍車をかけていた理由である。
俺は辺りを見回したが他に釜がある様子も無く、社殿から出ることにしてあの釜が例の釜ではないことを3人に説明し、自分の目的は達成したがまだ探索を続けるか意見を伺った。
「拓真、お前どうする?」
「俺か?俺はもういいかな。なんかお前見てたらちょっとここを不気味がるの申し訳なくなったし…正樹と義之は?」
「俺も…いいかな?なんか動画で見たのと雰囲気違ってなんか実際見たらそんな恐怖感じないし。」
「俺もなんか特に何もすることないし、見渡してもなんか興味そそるのないからなぁ…。」
「じゃあ…もう帰るか。」
そう拓真が告げると、俺達も意見が一致し車に戻ろうと引き返す事に。
行きは不気味に感じた廃神社も俺達が帰ろうとすると 何か物悲しい空気を漂わせてる様で、全員何か会話もすること無く石段を降りて、車へと辿り着き、車内にため息を付きながら中に入り、少し静寂に身を委ねた後で、拓真が車を発車させた。
俺は後ろを振り向き、思い出の神社を見続ける。
彼処に滞在した時間なんて数10分にも満たなかったにも関わらず、記憶だけがあの場に留まる様な感覚で離れた後も何故かあの場に意識を少し取り残してしまったのではないかという不安な印象がどうしても拭えず、もやもやした気持ちでその場を後にした。
結局は、特に際立つ怪奇現象も起きなかった上、俺の精神的な身を案じてくれたのかその後は宅飲みを取り止めて真っ直ぐ帰宅することになって、俺の家まで送ってくれる間も静寂に包まれ、誰も声を発することもないまま、俺の家に着いて皆に別れを告げた。
結局何も起きなかった…いや、起きない方が良かったと思う。
もし、何か怪奇現象が起きてしまったら、もしかしたら神主か神主の身内がもしかしたら亡くなってしまったのかも…という心配をしてしまい、それこそその後呑む気力なんて持つことは出来ないだろうと思ったからである。
だが、この物悲しい気持ちはどうしても払拭…というより記憶を発散させたかった為に一人で宅飲みを決行することにして、家にある日本酒で昔の記憶を肴に呑み酔いどれ、気が付けば深夜1時を回った頃、外から変な音が聞こえるような気がしたので、窓から音の発する場所に耳を傾けてみた。
ゴロ…ゴロ…ゴロ…ゴロ…
と何かがこちらへ転んでいる音が聞こえてきており、しかもそれがこちらへ向かってきてることに気が付き、慌てて窓から離れじっと音が止むのを待つことにして、静寂に身を委ねること暫く…。
その音が窓の側で
ガツン…!
と壁にぶつかった音を放った後、再び静寂に戻ったので俺はもう一度窓を開けて付近を見渡すと、下に何か物体が落ちているのに気付いたが暗くて何か分からなかった為に懐中電灯でその物体を照らした。
しかしその物体が何なのか判明した瞬間…俺は戦慄し、窓から離れ友人に急いで連絡を入れてしまう。
だが、何故か3人共に連絡が付かず、俺がより混乱していると
ピンポーン…ピンポーン…
と、誰かのチャイムが戦慄した静寂の家内に響き渡リ出す。
俺は友人の誰かが来たのではないかと、安堵し玄関へ向かうが、よく考えればもしそうなら電話の方で連絡を入れた方が用事が早く済む上にそもそも態々玄関のチャイムを鳴らす意味が分からない。
嫌な予感がして、手に玄関においてあった傘を持ちドア前で誰かを問いかける。
「おい、何か忘れ物でもしたか?」
俺は一先ず気持ちの安堵と安心を優先する為に玄関先にいるのが友人と決めつけて話しかけた。
「……………。」
「すいません、もしかしたら別の方でしたか?」
「…………………。」
語りかけるも反応は無く、覚悟を決めて玄関を思いっきり開けた瞬間…。
バン!!!
とドアが何か硬い物体に当たる音がして、慌ててその当たった音の方を覗いた。
すると、そこには…あったのだ。
あの…
あの、釜が…
壊れたはずの…
壊れたはずのあの釜が…
全体に傷模様が施されていて、噂で神主の孫娘が壊したというあの…あの釜が…
【
元々そこに置かれてあったと言わんばかりに堂々と佇んでいたのだ。
しかも、手に持っていた懐中電灯で照らすと、傷模様の部分から何か液体が垂れ流れている。
俺はそれが何なのか気付いた時、あまりの恐怖にその場で意識を失ってしまった…。
その後、俺が友人の声と共に目を開け気が付いたのは翌日の朝方だった。
何故、友人3人がここに戻ってきているのか分からず混乱したが、一先ず俺の体調を優先してそのまま病院に連れて行かれる事となったが、結果は過度のストレスじゃないかとの医師の判断ではあったものの入院する程では無いらしいので、そのまま友人と共に帰宅し、改めて何故戻ってきたのかの理由を聴き、その詳細が判明する。
俺が丁度【痛釜】らしき物体が転ぶ音を聞いていた時間、友人3人宅にも同様に物体が転がる音が聴こえたらしい。
しかし2階建て一軒家の実家に滞在していた拓真は元々自分の部屋であった2階に、他2人はホテルの上層階側に泊まっていたにも関わらずであり、特に拓真はあの神社に関連した物…まさか釜が転がっている音なのでは無いのかと察し、先ず俺に連絡したが反応せず…。
より不安が積もった拓真は他2人に連絡、2人も謎の転がり音を聴いたと話した瞬間、真っ先に俺に何か不吉な出来事が起きてしまっているのではないかと直感し、慌てて俺の所に向かったということであったのだ。
正樹と義之もタクシーでこちらに向かい、3人が俺の家に着いた時には玄関で気を失っているのを発見、最初倒れているのを見た時、ボソボソと寝言のようなものを呟いていたので酔っ払って玄関で寝てしまったのかと思ったが、顔を見ると白目を剥いてる上にその呟いてる言葉が尋常な内容ではなかったらしく、それで慌てて意識を戻す為に一生懸命起こしていた…という経緯であった。
俺は、その呟いていた内容は何だったのかと聞くと拓真が「聞いても後悔するなよ?」と言われたが、ここまで来たら聞かざる終えないと引かなかったら、3人が心配そうにお互いの顔で確認を取る仕草をし、何て呟いたかを話してもらった。
「…お前が、倒れていたのを発見した時に俺は一先ず酔っ払って玄関で寝た可能性を考えて近づいたんだよ、そしたら…」
「…そしたら?」
「お前の口から
『キズガイタム…キズガイタム…コイツノカラダヲテニイレ…イタミカラカイホウス…』
これをずっと白眼剥きながら呟いてたから尋常な状態じゃないと思って無我夢中で叩き起こしてた。ほんとは、救急車呼ばないとと思ったが何か昨日あの廃神社に行ったことが原因じゃないか…それなら病院に行っても治るのか…?という不安で呼ぶのをやめてしまった。今でもそれについては後悔してるが、なにはともあれ目覚めてホントよかったよ…ほんとすまん。」
拓真達は本当に懺悔した表情で謝り、それを見て俺も別にお前等の判断は仕方ない、俺ももしお前等の立場ならその状態が常識に当てはまるものではないから呼ぶに呼べなかったと思うから気にするな…と、3人に詫びを入れ、そのまま帰るように促し、帰宅させた。
最後に拓真が
「お前は何も気にしなくていいんだ、あの神社はもうお前の思い出と共に消えてしまったんだ。」
切なそうな…悲しそうな顔を俺に向け、他2人は少し気まずそうな表情を俺に向けながら帰っていく…。
俺は3人の帰っていく姿を見て、多分今後彼等は俺と会うことはないかもしれない…と直感し、余計に悲しい気持ちに只々顔を下へ向けて呆然とするしかなかった。
俺は皆と昔の様にただ馬鹿しながら気持ちよく解散して良い思い出として記憶に残したかったのに…。
残ったのはあの廃れてしまった神社の様に悲しみと哀しみが過去と現在に渦巻いて俺の脳内に、蔓延り、しがみつき、へばりついてあの釜のように傷として焼き付いただけであった。
きっと俺が気を失った時にあの3人が聴いた言葉は、ここまで来た釜の亡霊か…。
それとも俺の奥底に溜まっていた清く忌々しさが混ざり反発し、精神を蝕む傷に苦しめられていた自身の苦痛を秘めた無意識の呟きだったのかもしれない…。
【痛釜】の無数の傷はもしかしたらこういう誰かの内なる傷を表現していたのかも…まるで鎌鼬に襲われたように無数に付いた傷を誰もが背負うことを表していたと思うと、俺はもう何も考えることが出来なかった。
多分、俺もその傷を背負うべきだった。
俺もあの神社に関わっていたんだから。
…きっと深く関わりすぎて【痛釜】に魅入られてしまったんだと思う。
あの釜の転がる音を聴いたあの3人ももしかしたら…。
俺は申し訳ない気持ちに潰されそうになりつつも、俺達4人は一心同体だと言い聞かして、玄関前にいつの間にか置かれていた釜に傷をいれた。
世、妖(あやかし)おらず ー釜痛散(かまいたち)ー 銀満ノ錦平 @ginnmani
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