第11話

「ときどき、こう思うんです。」


モニターに表示された数値が安定しているのを確認しながら、カン・チーム長が再び口を開いた。


「私たち技術者は、記憶削除対象者の重要な部分を、どうしても多く知ることになります。」

「ああ……そうでしょうね。」

「その代わり、生活は保障されますけど。」

「じゃあ、給料を倍にしてくれるとか?」

「倍?それでこの仕事のリスクを背負えると思ってるんですか?」

「リスクって、どういう意味ですか?」


ドビンがそう尋ねると、カン・チーム長は片手を上げて、しばらく待つよう合図した。

ユ・ギチョンおじいさんの記憶の数値が、激しく上下していたからだ。


「私たちが消すのは忘れたい記憶だけのはずですが……本当に、それだけなんでしょうか? 実際のところ、記憶以外の個人情報がどう、どこへ流れていくのか それは誰にもわかりません。唯一知っているのは、それを作った人間だけです。

私たちがしているのは、この画面に映る数値をただ消すこと。それだけ。

でも、記憶消去の件数が増えれば、給料も上がります。その分、リスクも増える。

だからこそ、私たち自身も記憶の除去を受けるんです。」


彼女のリスクに関する正確な表現は曖昧だったがドビンの心臓がぞっとした。

さっき自分がなんとなく不安に思っていたことを、カン・チーム長がまさに言葉にしたのだ。

イェリンはそのことについて何も語らず、ただ技術を学べとだけ言った。


「それじゃあ……カン・チーム長も、記憶を削除されたんですか?」

「削除されたという表現が正しいかどうかは、ちょっと微妙ですね。

あなたは、どう思います?」

「さあ……」

「ええ、削除しましたよ。私たちは相手の個人情報に触れる仕事ですから、施術に入る前に必ず署名をします。もちろん、法的には認められていません。

でも、6ヶ月以内に施術に関する記憶を完全に除去するという内容です。」


そのとき、ドビンはようやく、記憶除去という技術の仕組みを少しだけ理解できた気がした。

イェリンが自分を選び、技術を学ばせようとした理由、それは信頼だった。

信頼こそが、この仕事の根幹を成していた。

そして、その信頼を守る手段として、技術者自身の記憶消去が存在していたのだ。

皮肉なことに、それは自分の記憶が消去されていることを、すでに認めているという信頼である。


「さあ、ざっくりですが、数値上はすべて消去できました。おばあさんの残像は多少残るでしょうけど、これからおじいさんが奥さんのことを思い出すと、済州島旅行のあと、しばらく次男さんの家に滞在していたという記憶に上書きされるよう調整されています。私たちは事実に基づいたところでしか止められないので、データを操作することはできません。」


そのとき、スタジオルーム内のベッドに横たわっていたユ・ギチョンの足の指が、くすぐったそうにぴくりと動いた。


「もう少し手伝ってください。おじいさんが意識を完全に戻す前に、美容ケアの部屋へ移動して、ご家族に引き渡せば終了です。」


カン・チーム長がエコオフと接続された機械のいくつかのスイッチを操作すると、モニターに映っていた数値のプログラムが一斉に停止した。

ドビンはカン・チーム長とともに立ち上がり、部屋の中へと入っていった。


一方その時刻、BARqの3階にあるVIPルームでは、叡潾 (イェリン)、金 豆滿 (キムドゥマン)、そして記憶除去技術を担当している 黃(ファン)所長の3人が集まっていた。


「本当に可能なんですか?」

「技術的には問題ありません。ただ……まだ人体で実験したことがないんです。」


イェリンの質問に、ファン所長は二人の様子をうかがいながら答えた。


「そうですよね。無理に誰かを連れてこない限り、成功するかどうかなんて……」

「お二人様だけを、信じています。」


記憶除去技術を開発し、その後姿を消した天才科学者ユ・テグァン、

彼がただの記憶除去ではなく、記憶操作すら可能な新技術を開発したというメッセージが、昨夜ファン所長をはじめとする数名の弟子たちに届いたという。


「今やっている記憶除去術だけでも危険なのに、記憶を操作するなんて……。誤って使えば、深刻な問題を引き起こしかねない。」

「だからその技術を、ファン所長に伝授しようとしているんですか? それに、まず実験をするから、誰か適当な人を探してほしい。つまり、そういうことですか?」


ドゥマンの言葉が終わるのを待って、イェリンがファン所長に問いかけた。


「はい。だからこそ、この話はお二人だけにしているんです……私は、お二人を信じています。」


同じことを繰り返すファン所長の薄くなった髪に、青白い照明が反射する。

それはまるで、レーザー銃の光のようにドゥマンの顔を照らしていた。


「いや、そんなことをする人がいると思うか?」


ドゥマンは手に持っていたグラスを空にした。

その様子を見ていたバーテンダーが、彼の飲んでいた酒のボトルを手に取る。

イェリンは、ドゥマンの代わりに小さくうなずいた。


「誰が先に実験対象を調達するかそれによって、技術の独占権が与えられることになるでしょう。」


ファン所長のゆったりとした口調が、ルーム内に流れる音楽とともに静かに漂う。


「これは、単に人を調達すればいいという話じゃない。記憶操作が誤って使われた場合、引き起こされる問題はあまりにも大きすぎる。」


キム・ドゥマンは、親指と人差し指でマカダミアナッツをつまみ、くるくると回している。


「それに、独占権と言ってもね。あの人が今どこにいるかもわからない。そんな中で、ただ技術の存在だけを信じて人を探すなんて、無理がありますよ。」


イェリンはドゥマンの言葉に同意しつつ、静かに口を開いた。


「うーん……お二人に恩を返せると思って話したんです。もし他のチームが先に人を集めて調達してしまったら、私としては残念な結果で終わるでしょう。でも、これは今後の記憶除去術の事業に大きな波紋を呼ぶことになりますから。」


ファン所長はウイスキーグラスを焼酎の杯のように、親指と人差し指で持ち、二人をゆっくりと見つめた。


「そのことは……今やっている事業も、畳まなければならないかもしれないという意味ですね?」


イェリンの声には、少しイライラが混じっていた。


「だから、アップグレードというのは……つまり、それが犬の首輪みたいなもので、一度はめたら誰かが外してくれない限り抜け出すのが難しいということです。つまり、この事業を続けたい人たちにとっては、汚くて卑怯な犬の首輪みたいなものなんですよ。」

「おい! ファン所長! 言葉に気をつけろ!」


ファン所長ののんびりとした話し方に、キム・ドゥマンが我慢できずに怒鳴った。


「ちょっと待ってください。ファン所長、結局はアップグレードを通じて、いつかは誰もが受けなければならない技術なんでしょう? それを誰が先に受けるかの違いなら、待てばいいじゃないですか。むしろ、安全が確認された後でアップグレードを受けるほうが楽で、安全じゃないですか?」

「はい〜、そうならそうしてもいいですよ。ただし、ユ博士がおっしゃっている意味を私なりに解釈すれば……今回“人を探してほしい”というのは、犬の首輪をつける人を探すということ。もしその資格を得た人が、犬の紐を自由に付け替えようとしたら、話は変わってくるのではありませんか?」


ファン所長のもたつく言葉が、今度は重みを帯びて部屋全体を包み込んだ。


「はあ……この人たち、技術者じゃなくてヤクザな商人だな。つまり、それが脅しだって? 無条件に条件を呑めってことだろうが!」

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