マカイノセンゴク

ヒロナ

プロローグ ― 魔界尾張の炎 ―



 

 大地を歩むのは魔族、天を舞うのは妖魔、海を支配するは異形の王。

 その世界は「魔界戦国」と呼ばれ、幾百の魔王が互いに領土を奪い合い、天下の覇を競っていた。


 尾張――黒き瘴気に覆われた東海の地。

 ここには織田と呼ばれる一族の魔王たちが割拠していた。

 それぞれが古き血筋を誇り、魔力の城を構え、配下の魔兵を従えている。だが、同族でありながら互いを信じることはなく、むしろ牙を剥き合い、血を啜り合うばかりであった。


 その中でももっとも強大とされたのが――織田信友。

 彼は尾張西部の半分を支配し、城郭「末森魔城」を根城とした。魔城の塔からは絶え間なく瘴気の黒炎が噴き出し、周囲の土地を荒れ果てさせた。

 信友の姿は、灰色の巨躯に漆黒の甲冑を纏い、頭には二本の湾曲した角を生やした魔王そのものであった。

 重々しい声で「尾張の主」を自称し、多くの小魔王たちをその傘下に従えていた。


 だが、尾張の地にはもう一人の魔王がいた。

 名を――織田信長。


 彼はまだ若き存在であった。父・織田信秀の死によって急遽、家督を継いだばかりの魔王。

 その姿は人の形を模してはいるが、背からは黒炎をまとった幻影の翼が揺らめき、瞳は深淵のように赤く輝いていた。

 しかし、家臣や同族からは「うつけ魔王」と嘲られていた。奇矯な振る舞い、常識外れの戦い方、そして何より、何を考えているのか分からぬ冷徹さのために。


 清洲魔城の広間にて、信長は父の後を継ぐ儀式を終えた。

 魔燭が揺れる中、老臣たちはひそひそと囁き合う。


 「若すぎる……」

 「信長様に家督は重すぎるのでは」

 「いや、どうせ信友様がすぐに尾張をまとめ上げよう……」


 誰もがそう考えていた。

 尾張の半国を支配する信友に対し、信長は東部の一角をかろうじて守るのみ。

 兵も少なく、同族の小魔王たちは半ば信友に靡いている。


 だが、その若き魔王の口元には、微かな笑みが浮かんでいた。


 「……面白い。敵は外にも内にも揃っている。ならば、一つずつ壊してやろう」


 その声音は静かでありながら、炎の底に潜む狂気を感じさせた。

 家臣たちは背筋に冷たいものを覚えた。


 信長の狙いは単純だった。

 敵を内と外から崩すこと。

 尾張の同族魔王たちを互いに疑心暗鬼に陥らせ、信友の周囲を孤立させる。

 さらに外からは美濃や三河の魔王を動かし、信友を圧迫させる。

 自らが直接戦うよりも先に、敵を自滅へと追い込む。


 尾張の地に、嵐が吹き荒れようとしていた。

 織田信友という「尾張の主」と、織田信長という「黒炎の若き魔王」。

 魔界戦国の歴史に刻まれる血戦の幕は、この瞬間すでに上がっていたのである

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る