第4話 お風呂で作戦会議

 真神リラは悪の秘密結社「黒牙」の女幹部・冷酷元帥ラーリである。

 日暮ミナは悪の秘密結社「黒牙」の一般戦闘員23号である。

 二人は世界征服の野望のため、日夜「黒牙」の作戦計画を練っているのである。


 スーパーから帰宅した二人は、手に入れた戦利品を冷蔵庫にしまい、夕食の準備を始めた。ミナが手際よく野菜を切り、リラは隣でミナが剥いたジャガイモをボウルに入れる。流れるような共同作業。二人でキッチンに立つ姿は、夫婦でもこうはいくまい、といったものだった。


 夕食を食べ終わると、二人はリビングでまったりと過ごす。リラが突然、真剣な顔でミナを見つめた。


「ねぇ、ミナ……お風呂の順番、どうする?」


「え? どうするって……普通に、じゃんけんとかでいいんじゃない?」


「だめよ! これは、ただの順番決めじゃない。お互いの疲れを癒し、明日への活力を得るための、重要な作戦よ!」


 リラは腕組みをして、風呂場の方をじっと見つめる。


「じゃあ、リラちゃんが先にどうぞ。今日は特に疲れてるみたいだし」


 ミナが優しくそう言うと、リラは少し不満げに眉をひそめた。


「むぅ……でも、作戦計画を練ることが大切なのよ」


「作戦会議?」


「そうよ。あたしが先にお風呂に入って、その日の出来事を洗い流して。

 ミナが後から入って、あたしが洗い流した疲れを全身に吸収する……なんてことになったら、大変でしょ!」


 リラは想像力を働かせたのか、顔を青ざめさせる。


「そんなことにならないってば」


「とにかく! ここは公平に決めるべきよ。ミナとあたし、どっちが先に入るか……作戦会議、開始!」


 リラはミナの手を握り、真剣な眼差しでミナを見つめた。


「まず、風呂場の偵察から。お湯の温度は適温か、湯船の広さは、あたしとミナが二人で入りことも可能か……」


「え……二人で?」


 ミナの顔が赤くなる。


「だ、だって、そのほうが、お互い時間が効率よく使えるでしょ!」


 リラは必死に言い訳をする。


 結局、二人で入ると言う計画は、どちらからともなくお流れになった。リラの押しの強さに負け、二人はじゃんけんでお風呂の順番を決めることになった。


「じゃーんけーん……ぽん!」


 結果は、リラの勝ちだった。


「よっしゃー! これで、あたしが先ね!」


 リラはガッツポーズをした。


「うん。でも、さっき……二人で入るのもアリ……って言ってなかった?」


 ミナがそう言うと、リラは再び顔を赤くした。


「それは……作戦会議だから。いろんなアイデアを検討しなければいけないの! そのアイデアの一つだった、ってだけであって!」


 リラは慌ててそう言い訳をすると、脱衣所へと駆け込んでいった。


 それから数分後、脱衣所から出てきたリラは、頬を赤らめていた。


「どうしたの、お風呂入ったにしては早すぎない、リラちゃん?」


 ミナが聞くと、リラは満面の笑みで答えた。


「ミナが準備してくれた入浴剤、すごく良い香りだわ! 嗅いだだけで今日の作戦は、大成功ね!」


 リラはそう言って、ミナの腕に抱き着く。


「そう? よかった」


 ミナはそう言って、リラの濡れた髪をタオルで拭いてあげた。


「あのね、ミナ」


「なに?」


「やっぱり、一緒にお風呂はいろう……その湯船の中で作戦会議すれば、いくらでも議題が進行するし…………それに、それに」


 リラは上目遣いで、ミナにお願いをした。


「もう……わがままだなぁ」


 ミナはそう言いながらも、優しい笑顔で頷いた。


「わかった。すぐ行くよ」


 そう言って、ミナが脱衣所へ向かおうとすると、リラが後ろから、ミナの服の裾を掴んだ。


「別に一緒にお風呂に入りたいんじゃないのよ……その方が会議を進められるだけであって…………」


 リラはそう言って、ミナの大きな背中に顔をうずめた。


「うん……分かってる、分かってる」


 ミナはそう言って、リラの手をそっと握った。


 その夜、二人きりの風呂場には、湯気とともに、二人の穏やかな時間が流れていた。

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