#27「騒然の城塞都市――フィー、別れの出立」
――祭壇を覆っていた赤黒い呪紋がすべて砕け散った瞬間、空気が一変した。
明かりが落ちた舞台のように静けさが広がり、残響の中で壁が音を立てて崩れ始める。
そして――まるで終演の合図みたいに、石の壁が裂けて道が開けた。
その先は、守りの石碑の地下に通じていた。
……ついに、この章は終焉を迎える。
役者気取りの俺と、痛いくらい真っ直ぐなヒロイン。
拍手のない劇場で、幕だけが静かに閉じた。
後日、人々が口々に同じことを囁いていた。
「――魔族の祭壇が見つかった――」
城塞都市は、その話題で持ちきりだった。
「教会が隠していたに違いない」だの、「神殿騎士の誰かが裏切ってる」だの、尾ひれまでついて噂は膨れ上がっていく。
顔をしかめて囁き合う市民の群れを横目に、俺はただ歩みを進めた。
祭壇がどうとか、教会の陰謀がどうとか……正直興味がない。
気になったのは、フィーの顔色がやけに冴えないことくらいだ。
いつもの調子で笑ってはいるが、声に張りがなく、歩くたびに小さく息を吐いている。
だから、しばらくは休むことにした。
都市がどれだけ騒がしかろうと、俺たちには静かな宿の部屋がある。
外のざわめきを背に、休息を取ることにした――。
宿に腰を落ち着けて数日。
外の騒ぎは相変わらずだったが、扉を閉めてしまえば静かなものだった。
なぜか俺の部屋でフィーは椅子に腰かけたまま窓を見ていた。
……普段ならやかましいくらい話しかけてくるのに、今日は妙に静かだ。
「……どうした。急に黙り込んで」
「い、いえ! なんでもありません!」
作り笑いはしてるが、心ここにあらずって顔だった。
俺は深追いしない。舞台裏の事情なんざ、観客が詮索するもんじゃない。
そんな時間がしばらく続いた後、フィーが急に顔を上げた。
「……私、教会に戻ります」
「は?」
唐突すぎて、思わず間抜けな声が出た。
「理由を聞いてもいいか」
「……あなたの隣に、自信を持って立ちたいんです」
「……」
「過去の過ちは清算します。だから――」
真っ直ぐな瞳に射抜かれて、俺はぽかんとした。
何を言ってるのか正直わからない。
……まあ、またこいつなりに“痛い舞台”を思いついたんだろう。
「好きにしろ。幕間に小道具を揃えるのも役者の仕事だ」
そう口にした瞬間、不意に頬にやわらかな感触が押しあてられた。
一瞬の温もりと、かすかな吐息。
すぐに離れていったが、そこだけ熱が残る。
「……おい」
「えへへ……初めて、あげちゃいました」
耳まで真っ赤にして、照れ隠しみたいに笑うフィー。
俺はただ頭をかきながら視線をそらした。
舞台は終わったはずなのに――胸の奥で、まだ余韻が続いている気がした。
ルミナスがふさふさと揺れ、まるで拍手でもしているように見えた。
翌日――。
街路に鉄輪の音が響き、馬車の前に人々が集まっていた。
出立の準備は整っているというのに、フィーはずっと顔を伏せたまま俺の手を離さなかった。
小さな手のひらが、驚くほど強く俺の指を握りしめている。
「……」
俺は何も言わずに立っていた。ただ、その震えだけが伝わってきた。
やがて、御者が合図を送る。
時刻だ。
フィーは唇を噛みしめるようにして顔を上げた。
潤んだ瞳の奥に、決意が宿っている。
「……待っていて下さい、キョーマさん。必ず、また会いに行きます。全部、終わらせて……また会いにきます。だから、その時は――」
そこで言葉が途切れた。
声は震えていたが、握る手だけは離そうとしなかった。
御者が手綱を鳴らし、馬のいななきが響く。
それでもフィーは言葉を紡げず、ただ俺の手を握ったまま立ち尽くしていた。
(……最後まで舞台じみた台詞だな)
心の中でそう呟きながら、俺はそっと手をほどく。
フィーの小さな肩が震えたが、次の瞬間にはきっぱりと背を向け、馬車に乗り込んでいった。
車輪が音を立てて転がり始める。
遠ざかる気配に目を細め、ただ立ち尽くす。
俺の前には石畳の冷たさだけが残った。
白い雪片が、ひらひらと静かに降りてくる。
次に幕が開くとき、あの痛いヒロインはどんな顔で立つのか――ほんの少しだけ、気になる。
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