#14「モップがオーガ消して意識消失」
「じゃあ、明日の朝いつダンジョンに潜るか決めましょう」
「……なら俺の行きつけの大衆酒場はどうだ?朝からやってるし、…メシもうまい」
エルフは一瞬きょとんとした後、くすっと笑って頷く。
「……ふふ、いいわね。場所は?」
「広場を抜けて南の路地、パン屋の隣だ。でかいジョッキの看板が目印」
「わかった。パンの匂いをたどれば迷わなさそうね」
俺は返事を飲み込み、ただ頷いた。
胸の奥に嫌な予感なを抱えたままどうにも出来ず、その夜は結局、まともに眠れなかった。
そして翌朝。
いつもの大衆酒場。
酒場といっても朝は食堂みたいなもんで、パンとスープの匂いが立ち込め、冒険者や労働者でかなり席が埋まっている。
俺は一番奥の席でパンをちぎりながら、妙に落ち着かない心臓をなだめていた。
やがて、入り口の扉が開き――
金色の髪が朝日に反射する。エルフが軽やかな足取りでこちらに歩いてきた。
「待たせた?」
「いや…別に待っては…」
と、返事を言いかけた瞬間。
エルフは何事か考え込んだ後、意を決したように俺の隣へと座った。
しかも距離が近い。
肩と肩が触れそうなレベルの近さだ。
「お、おい!?席、向かい空いてるだろ!?」
「い、いいじゃない!!…隣の方が…話しやすいし…」
赤くなりながらも言い切られ、俺は思わず固まる。
いやいや、この距離感はおかしいだろ。
「い、いや……普通、こういうのは向かいに座るもんだろ!?」
「私はこっちがいいの。ほら、いいでしょ?…ダメ…?」
上目づかいに真剣な顔で言われ、俺は思わず固まった。
(……なんだ?別に向かいが空いてるのにわざわざ横に……これ、エルフ特有の文化とかか?)
パンをちぎりながら首をひねる俺の視界の端で、向かいの席の冒険者二人がニヤニヤ笑っている。
(なんだあいつら。なにをにやにやしてるんだ……)
俺は咳払いをして話を切り替えた。
「……ま、いいけどな。狭いけど、別に相談出来ればどっちでも」
「………うん……」
俺は隣に座る彼女の横顔をちらりと見る。
赤くなった顔はどことなく満足そうだ。
(……いや、ほんとに何でわざわざ隣なんだ?普通は向かいじゃないのか?)
俺がパンをもそもそ噛んでいると、エルフはやけに落ち着かない様子で、ちらちら俺の顔を見てきた。
「……ねえ…」
「ん?」
「……ダンジョンよ…明日の朝、出発しましょう」
パンを飲み込みかけて、思わずむせそうになる。
「はぁ!?いきなりだな!」
「いきなりじゃないわ。昨日、ちゃんとお願いしたでしょう?」
真剣な眼差しでぐっと詰め寄られ、俺は完全に言葉を詰まらせた。
その横顔には、冗談も甘えもなく、ただ本気の光だけが宿っている。
「……ぐっ……」
(……くそっ、断ったら絶対“呪いの札”とか貼られるパターンだろコレ!!)
「……わかったよ。明日の朝、行こう」
エルフはふっと緊張を解いたように、小さく微笑んだ。
俺はパンをかじりながら、胸の奥で嫌な予感がごりごりと肥大していくのを止められなかった。
翌朝、町の広場に集合することにした。
俺は――いつもの冒険者服姿。
深緑のチュニックにブラウンのマント、腰には小さな道具袋、背中にはルミナス。
エルフを待っているあいだ
「よう!!“
と、以前カッコいい通り名を付けてくれた冒険者に声をかけられる。
これから来るエルフのことを考えるとなんとなく居心地が悪い。
ほどなくしてエルフが現れた。
だが持ち物が何もない。腰には剣すらぶら下がってない。
「おいおい……丸腰かよ!?俺より戦力にならないだろ!」
俺が思わず突っ込むと、彼女は無言で手をかざす。
次の瞬間、空中に光の揺らめきが走り、そこからすらりと一本の剣が現れた。
「……アイテムボックスよ」
俺は目を剥いた。
周囲の冒険者も「おぉ……」とどよめく。
「……びっくりさせるなよ!最初から言っとけ!」
「別に隠してたわけじゃないわ。ただ見せびらかす気もないだけ」
エルフは涼しい顔。
俺は背中がむず痒い。
周りの冒険者は「アイテムボックス持ちだぞ!?」とざわつき、ますます視線が集まってくる。
「……ったく、丸腰かと思ったじゃないか」
「心配性ね。――ほら、行きましょう」
彼女がすたすた歩き出す。俺も仕方なく後を追った。
気づけば、ざわめきと視線を背負ったまま、俺たちはそのままダンジョンの石造りの入口へ――。
第一階層。
湿った石壁の隙間から、ぬるりと青い塊が這い出してきた。
スライム――冒険者の入門モンスター。
だが、エルフの細身の剣が一閃すると、空気が裂けるような音と共に一瞬で蒸発した。
第二階層。
ガタガタと不気味な音を立て、骨の兵士が二体、通路を塞いだ。
こちらに剣を振りかざすより早く、風の魔法が吹き荒れ、骨の破片が四散する。
……俺はただ、その場で突っ立って見ていただけ。完全に観客だ。
第三階層――。
湿った地面を踏みしめ、俺とエルフは慎重に進んでいた。
ここまではスライムだのスケルトンだの、雑魚モンスターばかりで拍子抜けしていたのだが……。
「……この辺りはまだ安全なはずよ」
「ふーん……そうか。だったら少しは肩の力を――」
その瞬間。
通路の奥から、地鳴りのような振動が響いた。
「……っ!?」
「な、なんだ……地震か?」
石壁の影を突き破るように、巨大な腕が現れる。
次の瞬間、通路のど真ん中に“それ”は現れた。
灰色の肌に、牛みたいに太い首。
握られた棍棒は、下級モンスターをまとめて薙ぎ払えるサイズ。
俺たちの進路を塞ぐように立ちはだかり、ギラギラと赤い目を光らせていた。
「……オーガ……!?嘘でしょ、こんな浅層に出るはずないのに……!」
エルフの声が震える。
俺は目を見開いたまま、喉がひゅっと鳴った。
(オーガ……?なんだよそいつ!?知らないぞ俺は!!なんだあの化け物は!)
オーガは唸り声を上げ、通路を棍棒で叩き割った。
背後の道も、石塊で塞がれていく。
「……出口が……!」
「……ッ、閉じ込められた……!!」
俺の背筋を冷や汗が伝った。
完全に――逃げ場はない。
オーガが吠えた。
鼓膜を破りかねない轟音とともに、奴の巨体が突進してくる。
「ッ――来る!」
エルフが素早く何かを唱え風の刃を放つ。
だが、分厚い筋肉に弾かれ、風の刃は浅く傷をつけただけ。
オーガは怯むどころか、ますます血走った目で突進を加速させてくる。
「危ないッ……!」
俺は反射的にエルフを突き飛ばす。
――ガァンッ!!
巨大な棍棒が振り下ろされ、地面を直撃する。
その衝撃はすさまじく、余波だけで吹き飛び、背中から壁に叩きつけられた。
「がはっ……!!」
口から血が滲み、視界が赤く染まる。
「キョ、キョウマ!!」
エルフが駆け寄ろうとするが、オーガが間に割り込み、容赦なく棍棒を振り下ろしてくる。
必死で剣を抜き、受け止めるが――勢いに負け後ろに飛び下がる。
剣を振るうも、オーガはまるで怯まない。
逆にエルフの体ごと吹き飛ばそうと棍棒を薙ぎ払ってくる。
「くッ……ッ!これ以上……!」
俺は地面に横たわり、かろうじて目を開けた。
ぼやけた視界の中――浮かび上がったルミナスが微かに光を帯びている。
(……ルミナス…なんだよ……こんな時に、光って……)
ルミナスが、光り輝き、熱を放った。
必死に起き上がりルミナス握った瞬間、暖かい光が全身に巡り、少し力が戻ったような気がした。
俺はふらつく足で前に躍り出た。
「エルフ……下がれ……!」
ルミナスを構えるなんて洒落た動作じゃない。
ただ“モップを突き出した”だけだ。
ベチィッ。
金色に輝くふさがオーガに当たった瞬間――世界が反転した。
白光が溢れ、耳をつんざく悲鳴が響く。
オーガがまるで“汚れを拭き取られる”みたいに、巨体が光の粒子へと削ぎ落とされていく。
「……っ!?こんな……」
エルフの瞳が見開かれる。
俺自身も信じられない。
握っているのはモップだ。
ただの掃除道具。
「……光の浄化……キョウマ……やっぱり、あなたが……」
エルフの声が震えて耳に届く。
けれど、その意味を考える余裕はもうなかった。
ぐらり、と足元が崩れる。
全身から力が抜け、握っていたルミナスすら支えられない。
視界の端が暗く滲んでいく。
酒場の灯りでもない、月明かりでもない――
まるで地下深くの闇そのものが、俺を呑み込もうとしていた。
「……っ、あ……」
声を出そうとしても、喉はひゅうと鳴るばかり。
光の粒子に包まれる残滓を最後に、世界が静かに閉じていく。
――こうして、俺の意識は闇に落ちた。
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