第4話 邂逅 その1
「ひまだなあ……。」
シェルターのある建物の入り口で、小さく丸まった生き物が一人。
もちまるに引っ張られて泳ぐのは新鮮で楽しかった。魚も見た。
もっと泳ぎたかったけど、風邪をひくからとみんなに止められてしまった。
もっと遊びたかったけど、替えの服がなかったから、シェルターに急ぐことになった。
ちょっと残念だけど、自分のせいだから仕方ない。
そういうわけで、今は大人しくみんなの帰りを待っている。
みんなは今、物資を運び出すためにシェルター内に入っている。地下に何層も続くシェルターは、マトがカスタムメイドしたプログラムで厳重にロックされた分厚い多重扉に守られ、その先の部屋は真空になっている。だからトキコは入れない。そこには、イデアルバイオ処理が施された上で真空保存された永年賞味期限の食料や、服またその素材となる生地や羊毛、洗剤などの日用品、果てはゲームなどなど、とにかくいろんなものが保存されているらしい。
そんなところで宝探しなんて羨ましい!
14歳のトキコからしたら、みんながそんなに楽しい場所にいるのに!自分一人が!入り口で待ちぼうけを食っているなんて!とても耐えられる状況ではない。それでも裸で走り出さないだけ、トキコは分別のあるほうだろう。ボディーガードのもちまるは、どこかへふらふら飛んで行ってしまった。きっと暇で、何か楽しいものを見つけにいったのだ、くそう。
百歩譲ってシェルター内には入れないにしても、周囲の探索くらいしたかった。遠目には折れた柱のようだった地上部の建物も、まだかなり高層階まで残っている。探検し甲斐がありそうだ。体がうずうずするが、何も着ていないので迂闊に立ち上がることさえできない。マトなんて、逆に安全でいい、なんて言っていた。そんなこと言ってないで、早く服を持って来てよ!
「まだかなあ……。」
顔をあげたそのときだった。
近くを何かが動く気配がした。
もちまるにしては動きが素早い。鳥?それとも動物?まさか、ロボット!?何かいるならドローンの警報が鳴り、みんなに知らせるはずだが、その様子はない。
でも、絶対に何かいる!
トキコは神経を尖らせ、周囲を確認しながら少し後ずさった。文字通り丸腰のトキコには何があってもなす術がない。心臓の鼓動が早くなる。
しかし、しばらくしても、周囲に変化はなかった。
どこかへ行ってしまったのか、それとも気のせいだったのか。何だったんだろう。
鼓動が落ち着き、今度は好奇心が出てきた。少しだけ周りを見てみたくなり、警戒しながらも、毛布に包まったまま立ち上がろうとした。
その瞬間だった。
「そんなに警戒しないで。何もしないわ。」
はっきりと聞こえた、自分のものではない声。立ち上がりかけたトキコは腰が砕け、再びその場にへたり込む。ラディナでもドラークでもマトでもない声。もちろん鳥でも動物でもあるはずがない。
突然のことに身がすくみ、体が金縛りにあったかのように動かない。叫び声さえ出なかった。困惑と混乱。どうしよう、という言葉だけが頭の中をぐるぐると乱反射する。
「どこ……?」
浅い呼吸の中、やっとのことで出てきた掠れて弱々しい声。返事はすぐに帰ってきた。
「上。」
トキコが上を向くと同時に、声の主が頭上から飛び降りる。音も立てずに目の前に現れたその人物に、トキコの目は釘付けになった。
その子は、紛れもなく、人間の女の子だった。
───
「なんで裸なのよ?」
しばらくの間のあと、少女が口を開いた。
最初の質問としてはかなりへんてこだ。ちょっと訝しむような目で見られているのも恥ずかしい。何も着ていない、なんて状況じゃあ仕方ないんだろうけど。
「あ、えっと……湖に落ちちゃって、それで……」
さっきより呼吸がしやすくなった。声も出る。
目の前の相手は自分と同じくらいの女の子だ。猛獣でも狂ったロボットでもない。それに、悪い人には見えない。トキコは数回瞬きをし、こちらを見ている少女を見つめ返す。
肩より少し長い黒髪。目鼻立ちの整ったきれいな顔。焦げ茶色の大きな瞳。少し日に焼けてきたトキコとは対照的な、透き通るように白い肌。動きやすそうな半袖の白いシャツには、トキコの知らない文字が記号のように描かれている。スラっと伸びた足。デニムのホットパンツに青いスニーカー。
身長はトキコと同じくらいだろうか。腰に手を当て、こちらを観察するような顔つき、きっとトキコも同じような顔をしているのだろう。
少なくとも、この少女は私に危害を加えるために近づいたわけではなさそうだ。もしそうなら、この状況、とっくに襲っているだろう。徐々に緊張が解けてきた反面、目の前の少女に興味が湧いてくる。
「……あなたは……誰?」
トキコの質問に、少女は少し考えて答えた。
「うーん……。あなたが今幸せなら、私はあなたの恩人なのかもしれないし、そうじゃなければ、眠りを妨げたお節介かもしれないな。でも、見たところ心配なさそうでよかったよ。そのうち会えるだろうから、続きはまた今度。そろそろあなたの仲間が帰ってきそうだし。」
そう言うと、少女は軽やかに建物二階の壊れた窓に飛び乗った。トキコの視線を感じたのか、少女が振り返り、再び二人の目が合う。少女が思い出したように口を開いた。
「そうだ、そこで浮いてるドローン、壊しちゃった。ごめんね。でも、あんなの飛ばしてたら危ないよ。『私はここにいます』って言ってるようなものだもの。」
そして、最後に、トキコは意外な一言を聞く。
「大きくなったね。」
そう言い残して、少女は音もなく去っていった。
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