MAGICー小さな春の魔法
燈の遠音(あかりのとおね)
第 1 章 嫌われる理由
冬の朝、病院の待合室は、暖房が効いているのにどこか冷えていた。壁際の長椅子に座ると、すぐ隣に、見覚えのある横顔があった。
白いマスクの上からでもわかるほど、目元の印象が強い人だった。
受付が名前を呼ぶ。
彼女は小さく返事をして、立ち上がる。
その背中を目で追いながら、僕は名前を覚えてしまった。
それから何度も、ほぼ毎日のように同じ時間に顔を合わせた。廊下ですれ違っても、待合室で隣になっても、彼女は本から目を上げない。
それでも話しかければ、必ず返事は返ってくる。
愛想は良くないけれど、決して無視はしない――そんな人だった。
ある日、診察帰りの廊下で思い切って声をかけた。
「あの……僕と、ご飯行きませんか?」
「無理」
別の日、エレベーター前で。
「じゃあ、映画とか……」
「興味ない」
さらに別の日。駐車場で偶然会って。
「……好きです」
「キモい」
いつも淡々と、それでいて必ず何かは返してくる。
普通なら、そこで諦める。
でも、なぜか僕はそうしなかった。
「じゃあ、また明日」
そう言って背を向けると、彼女が一瞬だけ振り返った。ほんの刹那、その目にわずかな揺れを見た気がした。
彼はそれからも、ひどい言葉を浴びせられた。
けれど、彼女は決して「死ね」とは言わなかった。
僕は知っている。
彼女の、時には呆れるほど意地の悪いところも。
それでも、ふと悲しそうに笑う瞬間がある。
その一瞬が、たまらなく好きだった。
彼女が人を遠ざける理由を、このときの僕はまだ知らなかった。
――いや、本当は、初めからなんとなく分かっていたのかもしれない。
それでも、離れようとは思わなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます